#9 共鳴
良ければブックマーク&高評価お願いします!!
朝の空気は澄んでいた。それでも直木には、どこか重く濁った匂いがした。通学路の子供たちが並んで歩いている。笑っている。声を上げている。
だが、その笑い声の調子が、どこか、揃いすぎている気がした。
同じテンポ、同じ抑揚。まるでひとつの合唱のように。
校門をくぐると、門柱の下に白い紙が貼られていた。
黒いペンでこう書かれている。
『誠実であれ』
単純な標語のようでいて、筆跡が異常に均質だった。まるで、複数人が同時に同じ筆を動かしたような歪みのない筆跡。
職員室に入ると、同僚の教師たちも何事もなかったかのように出勤していた。
ただ、全員の名札が新しく光っている。
「おはようございます、直木先生」
振り向くと、里葉がいた。その笑顔には微かな違和感があった。彼女は、完璧な角度で口元を上げている。機械のような均一な笑顔。
「……おはようございます」
直木はわずかに目を逸らした。
――何かが始まっている。
1時間目の授業。
生徒たちは静かにノートを取っていた。乱雑さが消えている。黒板に書かれる文字を、全員がまったく同じ速度で写している。消しゴムの音さえ、拍子を合わせたように規則的だった。
「ええと……ここは、各自の考えで答えていいぞ」
直木がそう言うと、クラス全員が同時に顔を上げた。その瞳が一斉にこちらを向く。そして、全員が同じタイミングで答えた。
「誠実、です。」
声が重なり、反響した。教室が、一瞬、音の渦に包まれる。
全員の口調が完全に一致していた。
誰一人として遅れも、揺れもない。
背筋に冷たいものが走る。
これは"しつけ"でも"偶然"でもない。
何かが、意図的にこの同調を作り出している。まるで、彼らの中にある同一のコードが、指令を発しているように。
直木は呼吸を整え、冷静を装った。
「……そうか。誠実、だな。」
直木は仇岡の席をちらりと見た。空の机の上、そこに、昨日なかったものがあった。
金属製の名札。
表には「仇岡夕陽」。
だが裏には、黒いマーカーで太く書かれた言葉があった。
『われわれは誠実である』
その"われわれ"の部分が、まるで液体のように滲んでいた。
インクが流れているのではない。文字が動いている。
ゆっくりと、何かを形作ろうとしている。
生徒の一人が立ち上がった。
無表情のまま、低く言う。
「先生、もう一人、増えます。」
次の瞬間、教室のドアが開いた。
立っていたのは――仇岡だった。
制服を着て、いつものように笑っている。
しかし、その胸には名札が二枚、重なっていた。
直木は無意識に後ずさる。
仇岡が一歩、踏み出す。
その足音に合わせて、クラス全員が一斉に立ち上がる。
机が擦れる音が、波のように重なり合う。
「われわれは誠実である」
声が、空間を震わせた。
校舎全体が共鳴し、蛍光灯がチカチカと点滅する。
窓ガラスが低く唸り、教壇のチョークが勝手に転がり落ちた。
直木はとっさに、胸ポケットから通信端末を取り出した。
「……こちら直木。感染、確認。被害範囲――クラス全体だ。」
ノイズの向こうで、女の声が応答する。
「了解、直木先生。里葉をそちらへ送ります。絶対に動かないで。」
その声を聞いた瞬間、教室の扉がゆっくり開いた。
入ってきたのは、里葉先生だった。
だが、彼女の胸にも――二枚の名札が輝いていた。
良ければブックマーク&高評価お願いします!!




