表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名札警察チェイスチェイス-名札無き疾走-  作者: あきら810%
第一章 名札、嘲笑、そして酩酊
9/12

#9 共鳴

良ければブックマーク&高評価お願いします!!

 朝の空気は澄んでいた。それでも直木には、どこか重く濁った匂いがした。通学路の子供たちが並んで歩いている。笑っている。声を上げている。

 だが、その笑い声の調子が、どこか、揃いすぎている気がした。

 同じテンポ、同じ抑揚。まるでひとつの合唱のように。


 校門をくぐると、門柱の下に白い紙が貼られていた。

 黒いペンでこう書かれている。


 『誠実であれ』


 単純な標語のようでいて、筆跡が異常に均質だった。まるで、複数人が同時に同じ筆を動かしたような歪みのない筆跡。

 職員室に入ると、同僚の教師たちも何事もなかったかのように出勤していた。

 ただ、全員の名札が新しく光っている。


 「おはようございます、直木先生」

 振り向くと、里葉がいた。その笑顔には微かな違和感があった。彼女は、完璧な角度で口元を上げている。機械のような均一な笑顔。

 「……おはようございます」

 直木はわずかに目を逸らした。


 ――何かが始まっている。


 1時間目の授業。

 生徒たちは静かにノートを取っていた。乱雑さが消えている。黒板に書かれる文字を、全員がまったく同じ速度で写している。消しゴムの音さえ、拍子を合わせたように規則的だった。

 「ええと……ここは、各自の考えで答えていいぞ」

 直木がそう言うと、クラス全員が同時に顔を上げた。その瞳が一斉にこちらを向く。そして、全員が同じタイミングで答えた。

 「誠実、です。」

 声が重なり、反響した。教室が、一瞬、音の渦に包まれる。

 全員の口調が完全に一致していた。

 誰一人として遅れも、揺れもない。


 背筋に冷たいものが走る。

 これは"しつけ"でも"偶然"でもない。

 何かが、意図的にこの同調を作り出している。まるで、彼らの中にある同一のコードが、指令を発しているように。

 直木は呼吸を整え、冷静を装った。

 「……そうか。誠実、だな。」


 直木は仇岡の席をちらりと見た。空の机の上、そこに、昨日なかったものがあった。


 金属製の名札。

 表には「仇岡夕陽」。

 だが裏には、黒いマーカーで太く書かれた言葉があった。


 『われわれは誠実である』


 その"われわれ"の部分が、まるで液体のように滲んでいた。

 インクが流れているのではない。文字が動いている。

 ゆっくりと、何かを形作ろうとしている。


 生徒の一人が立ち上がった。

 無表情のまま、低く言う。

 「先生、もう一人、増えます。」


 次の瞬間、教室のドアが開いた。

 立っていたのは――仇岡だった。

 制服を着て、いつものように笑っている。

 しかし、その胸には名札が二枚、重なっていた。


 直木は無意識に後ずさる。

 仇岡が一歩、踏み出す。

 その足音に合わせて、クラス全員が一斉に立ち上がる。

 机が擦れる音が、波のように重なり合う。


 「われわれは誠実である」


 声が、空間を震わせた。

 校舎全体が共鳴し、蛍光灯がチカチカと点滅する。

 窓ガラスが低く唸り、教壇のチョークが勝手に転がり落ちた。


 直木はとっさに、胸ポケットから通信端末を取り出した。

 「……こちら直木。感染、確認。被害範囲――クラス全体だ。」


 ノイズの向こうで、女の声が応答する。

 「了解、直木先生。里葉をそちらへ送ります。絶対に動かないで。」


 その声を聞いた瞬間、教室の扉がゆっくり開いた。

 入ってきたのは、里葉先生だった。


 だが、彼女の胸にも――二枚の名札が輝いていた。

良ければブックマーク&高評価お願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ