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名札警察チェイスチェイス-名札無き疾走-  作者: あきら810%
第一章 名札、嘲笑、そして酩酊
3/12

#3 雨の夜を駆ける誠実

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 夜の街は、雨に沈んでいた。街灯が滲み、濡れたアスファルトの上で、白線が歪む。その中を。二つの影が、交差するように走っていた。

 一つは、ローラースケート。

 もう一つは、ヘリコプター。


 滑走する仇岡夕陽は、黒いコートをはためかせ、雨粒を切り裂いて進む。足元のローラースケートは、異様な光を放っていた。タイヤの内部で何かが点滅している。

 「くそっ……またその小賢しいローラースケートか!!」

 直木爆士は、ヘリの後部ハッチから身を乗り出した。暴風が髪を乱し、コートを翻す。その胸には、びしょ濡れになった名札が、なおも光を返していた。

「先生!!危険です!!」

 操縦桿を握る里葉が叫ぶ。彼女の額にも汗が滲む。計器は震え、警告ランプが赤く瞬いた。

「これ以上高度を下げたら、プロペラが街灯に……!!」

「構わんッ!!」

 直木は叫ぶ。

「俺たちが見失えば、誠実が死ぬ!!」

 風圧の中で、彼の瞳は鋭く光っていた。その眼光が捉えたのは、ビルの隙間を縫う仇岡の姿。まるで夜そのものを滑っているかのようなスピードだった。


「追えるか!?」

「……やってみせます!!」

 里葉がスロットルを押し込み、ヘリが唸る。ローターが爆風を撒き散らし、雨の粒が霧となって空へ舞った。

 爆音。雷鳴。都市の反響。すべてが一つの戦場の鼓動のように混じり合う。

 仇岡が振り返った。その顔には、嘲りが浮かんでいる。

「名札に縛られてる奴らは哀れっすね〜。俺はもう、自由だ!!」

「自由?お前が言うそれは、逃避だ!!!」

 直木の声が夜空に響く。風がそれを引き裂き、雨がその音を押し流す。ヘリが高度を下げ、ついに街路樹の影をかすめる。

 仇岡が突然、体をひねった。次の瞬間、路地裏の斜面を利用し、跳ね上がるように宙へ舞った。スローモーションのように、その姿がヘリの目前に現れる。雨粒が弾け、ネオンが砕けた。

「直木先生、今です!!」

「……ああ!!」

 直木はロープを掴み、飛び降りた。空と地の狭間で、誠実が燃え上がる。風を切り、腕を伸ばす。

 仇岡のコートを掴もうとした瞬間、スケートのホイールが爆ぜた。閃光。爆音。そして、二人の体が絡み合いながら、ビルの屋上に転がり落ちた。


 鈍い衝撃音。鉄製のフェンスが軋む。息を整える間もなく、仇岡が体を起こす。

「……しつこいんだよ、直木先生」

「それがッ、誠実だ!!」

 拳が飛ぶ。雨粒とともに、拳と拳がぶつかり合う。乾いた音が、夜に散った。仇岡の頬をかすめる。ビルの上、稲光が夜を裂く。

 ヘリからロープが垂れた。里葉の声がスピーカー越しに響く。

「直木先生、もうやめて!!もう十分です!!」

 だが、直木は振り向かない。仇岡の胸ぐらを掴み、名札のない襟元を見つめる。

「お前が本当に自由になりたいなら……名札を、着けろ!!」

「……は?」

「名札は、縛りじゃない。証だ。己が何者であるかを示す、唯一の誠実だ!!」

 雨が、二人の間に降り注ぐ。仇岡の瞳が、わずかに揺れた。その瞳に映るのは、直木の胸の、濡れた名札。

 沈黙。

 風が止み、雨音だけが残る。

 次の瞬間、仇岡はヘリの光に照らされながら、そっと(こうべ)を垂れた。


 そして、静かに夜が明けた。

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