#3 雨の夜を駆ける誠実
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夜の街は、雨に沈んでいた。街灯が滲み、濡れたアスファルトの上で、白線が歪む。その中を。二つの影が、交差するように走っていた。
一つは、ローラースケート。
もう一つは、ヘリコプター。
滑走する仇岡夕陽は、黒いコートをはためかせ、雨粒を切り裂いて進む。足元のローラースケートは、異様な光を放っていた。タイヤの内部で何かが点滅している。
「くそっ……またその小賢しいローラースケートか!!」
直木爆士は、ヘリの後部ハッチから身を乗り出した。暴風が髪を乱し、コートを翻す。その胸には、びしょ濡れになった名札が、なおも光を返していた。
「先生!!危険です!!」
操縦桿を握る里葉が叫ぶ。彼女の額にも汗が滲む。計器は震え、警告ランプが赤く瞬いた。
「これ以上高度を下げたら、プロペラが街灯に……!!」
「構わんッ!!」
直木は叫ぶ。
「俺たちが見失えば、誠実が死ぬ!!」
風圧の中で、彼の瞳は鋭く光っていた。その眼光が捉えたのは、ビルの隙間を縫う仇岡の姿。まるで夜そのものを滑っているかのようなスピードだった。
「追えるか!?」
「……やってみせます!!」
里葉がスロットルを押し込み、ヘリが唸る。ローターが爆風を撒き散らし、雨の粒が霧となって空へ舞った。
爆音。雷鳴。都市の反響。すべてが一つの戦場の鼓動のように混じり合う。
仇岡が振り返った。その顔には、嘲りが浮かんでいる。
「名札に縛られてる奴らは哀れっすね〜。俺はもう、自由だ!!」
「自由?お前が言うそれは、逃避だ!!!」
直木の声が夜空に響く。風がそれを引き裂き、雨がその音を押し流す。ヘリが高度を下げ、ついに街路樹の影をかすめる。
仇岡が突然、体をひねった。次の瞬間、路地裏の斜面を利用し、跳ね上がるように宙へ舞った。スローモーションのように、その姿がヘリの目前に現れる。雨粒が弾け、ネオンが砕けた。
「直木先生、今です!!」
「……ああ!!」
直木はロープを掴み、飛び降りた。空と地の狭間で、誠実が燃え上がる。風を切り、腕を伸ばす。
仇岡のコートを掴もうとした瞬間、スケートのホイールが爆ぜた。閃光。爆音。そして、二人の体が絡み合いながら、ビルの屋上に転がり落ちた。
鈍い衝撃音。鉄製のフェンスが軋む。息を整える間もなく、仇岡が体を起こす。
「……しつこいんだよ、直木先生」
「それがッ、誠実だ!!」
拳が飛ぶ。雨粒とともに、拳と拳がぶつかり合う。乾いた音が、夜に散った。仇岡の頬をかすめる。ビルの上、稲光が夜を裂く。
ヘリからロープが垂れた。里葉の声がスピーカー越しに響く。
「直木先生、もうやめて!!もう十分です!!」
だが、直木は振り向かない。仇岡の胸ぐらを掴み、名札のない襟元を見つめる。
「お前が本当に自由になりたいなら……名札を、着けろ!!」
「……は?」
「名札は、縛りじゃない。証だ。己が何者であるかを示す、唯一の誠実だ!!」
雨が、二人の間に降り注ぐ。仇岡の瞳が、わずかに揺れた。その瞳に映るのは、直木の胸の、濡れた名札。
沈黙。
風が止み、雨音だけが残る。
次の瞬間、仇岡はヘリの光に照らされながら、そっと頭を垂れた。
そして、静かに夜が明けた。
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