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名札警察チェイスチェイス-名札無き疾走-  作者: あきら810%
第一章 名札、嘲笑、そして酩酊
2/12

#2 酩酊と追跡と滑走

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 暖簾が濡れ、煙が滲む。

 居酒屋『ねぐら』は、秋の雨を吸い込みながら淡く灯っていた。

 直木 爆士はその扉を押し開け、ほっと息をついた。フェラーリを降りた瞬間から、冷えた体が再び火照りだすような感覚がある。

「お疲れさま、直木先生。どうしました、悪い夢でも見ましたか?」

 カウンターの奥から、里葉先生が笑った。目尻にかすかに皺を刻むその笑顔は、穏やかで、それでいてどこか哀しげだった。

「……夢どころか、現実の方が悪夢ですよ」

 直木は苦く笑い、熱燗を頼んだ。徳利から湯気が昇り、木の香を纏った湯呑に注がれていく。二人の間に、仕事帰り特有の静寂があった。

 しかし、その静寂を破ったのは、あまりにも耳障りな声であった。

「大将、スーパードライください!!」

 まるで脳髄を擦るようなその声に、直木の手が止まる。湯呑が震え、湯気が揺れた。

「……まさか」

 ゆっくりと振り向く。あの忌々しい黒雲のようなアフロが、カウンター席の隅で揺れていた。

 仇岡夕陽。

 なぜ中学生が居酒屋にいる。なぜ、名札をつけていない。直木は立ち上がった。

「貴様、何故此処にいる!!」

 周囲の客が驚き、ざわめく。だが仇岡は、いつものように半笑いで肩をすくめた。

「先生、偶然っすよ~。偶然、ここが安くて美味いって聞いたんで」

「未成年が居酒屋に入るのはそもそも駄目だ!!それに名札を着けぬとは何事だ!!」

 声が雷鳴のように響く。里葉先生が慌てて間に入る。

「ま、待ってください直木先生!!今日はもう飲みましょう、ね?」

「いや、だめだ、里葉先生。これは教育の問題じゃない。誠実の問題だ!!」

 そう言い放つと、直木は店を飛び出した。仇岡も舌打ちをして、まるで待っていたかのように立ち上がり、走り出す。

 再び雨が降り始めていた。


 直木はフェラーリへ飛び乗り、エンジンをかける。

「逃がすものか……!!」

 タイヤが水飛沫を上げ、夜の道路を裂く。街灯が線を描き、フェラーリの赤が流星のように駆け抜けた。

 だが、あの悪夢の再現が訪れる。仇岡は、ローラースケートを履いていた。雨の坂道を滑走するその姿は、まるで罪なき悪魔のようだ。

「またその姑息な手か!!」

 直木はハンドルを握りしめる。燃料メーターが、赤く点滅していた。


 ガソリンが、切れる。


 通信機を取り出し、叫んだ。

「こちら直木!!仇岡追跡中、支援を要請する!!」

 少しのノイズの後、静かな女性の声が返る。

「了解しました、直木先生。ヘリを回します。無茶はしないで」

 その声に安堵し、そして熱が再び燃え上がる。


 遠くから、ローター音が響いた。

 雨雲を裂き、黒い機体が現れる。軍用ヘリ『AH64 アパッチ』。

 ハッチが開き、ロープが垂れる。

 直木はフェラーリを急停止させ、窓から身を乗り出した。

「名札を着けぬ者、逃げても無駄だ!!」

 彼はロープを掴み、宙に舞った。風が唸り、雨が斬る。下には光るアスファルト、前方には滑走する仇岡。ヘリの中で待つのは、操縦桿を握る里葉先生。

「まったく……あなたって人は」

「誠実のためなら、命も惜しくない!!」

 夜空を裂くサーチライトが、仇岡の背を照らす。直木爆士の胸の名札は、冷たい雨に濡れながらも、確かに輝いていた。

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