#11 境界
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誠実監査局・第三区分研究棟。地下三階の隔離医務区画は、常に低温に保たれている。白い蛍光灯の光の中、仇岡はベッドに横たわっていた。点滴の管が腕に刺さり、脳波計が淡く点滅している。
だが、数値は安定していなかった。周期的に波形が乱れ、時折、ノイズのような電子音が室内に響く。まるで「脳そのものが電波を発している」ようだった。
「……あの子、まだ目を覚まさないんですか」
直木の声には焦りが混じっていた。
医療部隊主任・笹尾が無表情のまま答える。
「覚醒はしている。だが――こちら側に"いない"。脳活動の一部が、別の層に接続されている。意識の断層だ」
モニターに映る仇岡の脳波。その一部はノイズではなく、外部干渉信号のパターンを示していた。
誠実監査局の解析端末には、こう記されている。
《対象:仇岡夕陽。異相接触レベル=E→B級に上昇》
直木は拳を握りしめた。あの夜、彼が発動した干渉による強制安定化処理は、確かに異相体の実体化を抑えた。
だがその"代償"として、仇岡の意識は完全に裂かれたのだ。
――つまり、「救った」のではなく、「切り離した」にすぎない。
重い扉が開く。入ってきたのは監査局長、桐島篤臣。
黒のスーツに、銀縁の眼鏡。その眼差しは冷たい鋼のようだった。
「直木爆士。報告を読んだ」
低い声が響く。
直木は姿勢を正し、敬礼する。
「――命令違反だ」
その言葉は冷水のように落ちた。
「現場での干渉は、A級認可者のみ。
君の権限では、あの規模の断層安定化を起動することはできない。
それをやったということは……自動制限を解除したな?」
直木は沈黙した。
桐島は歩み寄り、机の上に報告書を叩きつける。
「君の"力"は確かに有効だった。だが結果を見ろ。対象は安定していない。むしろ異相因子が局内に流出している。今この瞬間も、医務課の4名が感染検査を受けているんだ!!」
空気が張り詰めた。桐島の声は、怒りではなく"恐怖"を含んでいた。
それほどまでに、この異相体の事例は異常だった。
「同じ手段はもう使えん。干渉の出力に、異相が学習を始めている。次に同じ処理を行えば、逆侵食が起きるだろう」
「じゃあ……俺はどうすれば……」
「――考えるな、命令を待て。それが監査局の兵だ」
冷たい言葉。だが、直木の胸の奥には別の火が灯っていた。
仇岡を失いたくなかった。
彼を『実験体』として見捨てることなど、絶対にできなかった。
その夜、研究棟を出た直木は、ひとり屋上に立った。
街の灯が遠く霞み、夜風が肌を刺す。
胸の名札が微かに震える。
差出人不明。だが、そのメッセージにはこう書かれていた。
「局のやり方に従うな。異相は内部にいる」
直木は顔を上げた。
その瞬間、遠くの空が揺らいだ。
黒い波のような『影』が、街のビルの上を這っていく。
――境界が、また一つ、流出した。
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