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名札警察チェイスチェイス-名札無き疾走-  作者: あきら810%
第一章 名札、嘲笑、そして酩酊
10/12

#10 断層と牙

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 放課後のグラウンドに、奇妙な風が吹いていた。

 体育館裏から聞こえるざらついた音は、まるで砂が擦れ合うようでもあり、金属が軋むようでもあった。

 直木は、その音を追って走っていた。

 胸の奥で、何かがざわめく。誠実監査局の名札が自動的に点滅する――"対超常干渉行動許可"。


 曲がり角を抜けた瞬間、視界が歪んだ。

 そこには、仇岡がいた。

 だが、それはもはや仇岡ではなかった。

 彼の背中から、黒い『糸』のようなものが数十本も伸び、空気を震わせていた。まるで神経をむき出しにした生物のように。

 その中心、彼の眼は、深海の底で光る生物のように青白く輝いていた。


「……なお、き……?」

 かろうじて人間の声がそこにあった。だが次の瞬間、その口が"裂けた"。

 耳鳴りのような金属音とともに、校舎の壁が波打ち、現実がひび割れていく。

 それは"空間の断層"――誠実監査局が最も警戒していた現象だった。


 直木は左胸の名札を払う。

 が青く光り、「EX-レイヤー認証――星痕コード起動」。

 次の瞬間、彼の手の甲に薄い光膜が展開し、形を変えた。

 刀でも銃でもない、光を纏った“現実干渉器”。


「……悪いな、仇岡。お前を止める」


 床が裂ける。黒い糸が襲い掛かる。

 直木は跳ねた。

 壁を蹴り、空中で反転、干渉器を構える。

 衝撃波。風圧。音が追いつかないほどの一瞬。

 だが黒い糸は、意思を持つ蛇のように絡みつき、逆に彼の腕を締め上げた。


 ――思考侵食。

 脳内に仇岡の“声”が直接流れ込んでくる。

 「なあ直木……俺たちはさ、いったい誰に管理されてるんだろうな……」


 直木は息を呑む。

 その言葉には、確かに“仇岡本人”の感情が混じっていた。

 救いたい。だが止めなければ――。


「仇岡ァァァッ!!!」

 直木は名札の干渉機能を解放する。

 光が奔流となって走り、断層を裂いた。

 空間が白く閃き、世界が一瞬だけ静止する。


 そして――

 光が消えたとき、仇岡は膝をついていた。

 その背から伸びていた黒い糸は、霧のように消えゆく。


 だが、直木の手もまた、震えていた。

 掌に残るのは、黒い痕跡。

 "異相の因子"が、今度は彼の中に侵入し始めていた。


 空に鐘の音が響く。

 それは放課後の終わりを告げるチャイムではなかった。

 誠実監査局の緊急通知――「次段階発生」。


 直木は、空を仰いだ。

 グラウンドの空は、夕焼けではなく、どす黒く染まりつつあった。

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