第7話:過去の清算
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そして現れたのは──
レオスを過去虐げてきた暴虐の巨人・エレゴレラであった
「おい、化け物。……久しぶりだな」
レオスがそういう言うと、エレゴレラが動きを止めた。ぎし、と首が動き、ゆっくりと振り返る。
しばらくの沈黙──だが、その瞳が、微かに細まった。
「……あァ? 誰だテメェ……。その銀髪……。ああ、思い出した。昔、無くしたと思ってた俺のサンドバックじゃねぇか」
大男は口角を吊り上げた。
「レオス、トルナディス。お前らは兄弟共々、俺に歯が立たなかったよなぁ」
レオスは静かに──2メートルの大剣を地に立て、柄を握った。
「ああ、そうだな。あん時は世話になったな最後ボロボロにされてから……6年くらいは経ったな」
ぶわりと風が吹いた。
レオスの体から、濁流のような闘気が吹き出す。
それは、かつて小突かれていた少年のものではない。
怒りも恐怖も呑み込んだその気迫は、信念だけを芯に宿した、まさに闘う者の咆哮だった。
己を鍛えに鍛え上げた、確かな力。
そしてその身体から、見えぬ奔流のような気が吹き上がる。それは後に“闘気”と呼ばれる力の萌芽だった。
「ッ……!」
エレゴレラが大槌を振り上げる!
──ズドン!
地が割れるような衝撃音。粉塵が舞い、視界が真っ白に染まる。
その中を、ただ一人、レオスが跳び込んだ──
巨体を利用して回り込み、大剣を振りかぶる。
ギンッ!
鉄と鉄がぶつかり合う音。
だが今度は──レオスの力が上回っていた。
衝撃でエレゴレラの巨体が半歩、のけぞる。
観衆の間にざわめきが走る。
「お!?何……で……!?」
「こっちの台詞だよ」
レオスは、静かに笑った。
「お前は何も変わってない。街で力を振り回してるだけ。……変わったのは、俺だ」
踏み込み。
大剣の斬撃。
それは、速度も威力も、少年時代のレオスの比ではなかった。
渾身の一撃が、エレゴレラの肩を裂く。
黒鉄の鎧が割れ、血飛沫が上がる。
「ぐ、あァァァァッ!!」
よろめき、膝をつくエレゴレラ。
レオスは、なおも剣を構えていたが──
……次の一撃は、振るわなかった。
「殺しはしねぇ。昔のお返しだよ」
そう言って、背を向ける。
「お前がこのまま、何も変わらないままなら──今度は殺す」
その言葉には、かつてと違う確かな威厳があった。
「テメ…いつのまに“闘気”を……!?」
「あ?なんだそりゃ?」
レオスは本気で首を傾げる。
エレゴレラは、血の混じった唾を吐き捨てながら、レオスの背を睨みつける。
「でもな、レオスゥ〜……てめぇ……調子に乗ってんじゃねぇ……!」
黒く光る瞳に、怒りと戸惑いが入り混じる。
鼻を鳴らし、大槌の柄を地面に叩きつける。
「ブヒヒッ……おめぇがそんな強くなってんなんて知らなくて、油断しちまったぜ〜……!」
唇が裂けるほどに口角を吊り上げると、身体を強張らせた。空気が震える。
「弱すぎるテメェには、見せたことはなかったな……」
ゴギッ、と音を立てて肩を回し、オーラが漆黒に染まっていく。
「俺の極めた《闘気術》ッ! 展開するぜぇ……!」
叫んだ瞬間、足元に黒紫の術式が走る。
「邪気衝陣ッ!!」
エレゴレラの体から、もやのような負の気が広がっていく。
「この技はなァ……“負のオーラ”を纏い、武器を打ち合ったもんの“闘志”や“精神”を削ぐッ!」
重々しく語るその間も、大槌からじわじわと邪気が滲み出ていた。レオスはそれを正面から睨み据える。
「……説明ご苦労さんだ」
「ハッ、冗談言ってられるのも今のうちだァ!」
エレゴレラが大槌を構え、闘気の圧力が広がっていく。
「言っとくが、周囲五メートル以内にいる奴は……徐々に精神を“削られて”いくぞォッ!」
実際、遠巻きに見ていたフィンが足元をふらつかせた。
「うっ……あ、頭が……っ!」
フィンはしゃがみ込み、額を押さえていた。
「フィン…」
ロアスは反射的にフィンを抱き上げ、2、3mほど、後ろに退いた。
レオスもまた、こめかみを押さえるようにして呻いた。
「ぐっ…………こんな……ッ!」
エレゴレラが狂喜の声をあげる。
「へっへっへぇ……多少強くなったところでよォ……! てめぇは一生、俺に勝てねぇんだよォッ!!」
怒声とともに、大槌が天高く振り上げられる。
「死ねぇぇッ!! レオスゥゥ!!」
――その瞬間。
レオスの姿が、目にも留まらぬ速さで間合いを詰めていた。
「な──!?」
大槌が振り下ろされる寸前、レオスの大剣が逆袈裟に閃く。
「──オラァッ!」
ズバァァァァァァァッッ!!
巨体のエレゴレラが、その場に膝を突く。
真正面から、鈍い音とともに血飛沫が噴き上がった。
「お、おぉぉ……ぁぁ……ぐっ……は……」
よろけるように一歩、二歩と後ずさり……やがて、地に崩れ落ちた。
レオスは一歩踏み出し、地に伏したその巨体を見下ろして、冷ややかに吐き捨てた。
「……頭を抱えたのはな……」
静かに剣を肩に担ぎ直す。
「“てめぇごとき”が、今の俺に勝てると思ってるその愚かさと──テメェの悪臭に、だ。クソ豚野郎」
風が吹いた。黒紫の闘気は、何かを見失ったように霧散した。
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※7/23 ″闘気″についての文言微調整