表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第四章 〜交易の街〜「ノクティア編」
84/85

第81話:従者ダラス、決意の夜

〜前回までのあらすじ〜

 記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。

 ロアス一行は、攫われたフィンの手掛かりを追い、魔術師協会の報告会に出席していた。しかし突如として現れたのは、盗賊団ブラックペリル。彼らは魔導殿を襲撃し、魔力結晶を奪い去って逃亡する。追跡するロアスと、フェルヒト。やがて、ブラックペリルに追いつく。

 ダラスは二人の男を見据えていた。

 アルベルト・フェルヒト。そして、ロアス。

 よりにもよって、俺たちより圧倒的な格上が、二人同時に現れるとは――冗談じゃない。


 だが、立ち止まるわけにはいかない。

 死ぬことも、諦めることも許されない。

 俺の日常が壊れたあの夜、アテネ……いや、アテネ様を救い出すと誓った。まだ、それが終わっていない。


 一つの貴族家が歴史から消えたあの日から――



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 物心ついた時から、俺の世界は王都にあるファラスという貴族一家の中にあった。

 両親は従者で、俺も従者として生きる道しかないと、疑問すら抱かずに育った。

 礼儀、家事、馬の扱い、読み書き——従者に必要な全てが“当たり前”として与えられ、俺は淡々と吸収していった。


 当主セリオス様と奥方リディア様は、とても温かく、俺たち従者にも気遣いを惜しまなかった。

 母が病で倒れた時でも、休暇を与えてくださり、父や私にも気をかけてくれるような方だった。


 ファラス家には二人の御子息がいた。

 四つ上のアルデン様、そして一つ下のアテネ様。


 兄妹仲は悪くなかったが、話す時間はほとんどなかった。

 アルデン様は次期当主として過酷な鍛錬に明け暮れ、アテネ様は穏やかに本を読む少女だった。


 俺とアテネ様の距離が初めて近づいたのは、十歳の頃。

 書庫整理を任されるようになり、自然と会話が増えた。


「アテネ様、今日は何の本を読んでるんですか?」


「これですわ。〝まほうしょ〟とやらを──」


「……アテネ様、それ『まじゅつしょ』です」


「まぁ! 細かいことはどうでもよろしくてよ。それより、この『まじゅ……まじちゅ……』、とにかく興味深いのですわ!」


「言えてませんから……」


 呆れながらも、つい笑ってしまう。

 あの頃の会話は、本当に他愛もない。けれど俺にとっては、生まれて初めて“誰かと並んで笑う時間”だった。


 そんな穏やかな日々が二年続いたある日――アルデン様が事故で亡くなった。

 成人の儀の最中、近衛兵の過失によるものだと告げられた。


 アルデン様の訃報に触れた瞬間、胸に刺さったのは悲しみよりも、残されたアテネ様の孤独だった。


「……大丈夫ですか? アテネ様。顔色が優れないようですが」


「ねぇ、ダラス。アルデン兄様が亡くなったのは……私のせいかもしれません」


「なぜ、そう思われるのですか?」


「成人を祝う会食の最中……私は皆様の前でマナーを注意されてしまいましたの。

 止めようとした兵士の方が……誤って兄様を突き飛ばして……」


「――そう、だったのですか」


「ええ。兄様は情勢悪化もあり、最近は口調もきつくなっておりました……。この件で、兵士の方は王都を追放されたそうですの。どうすればよかったのでしょう。兄様を死なせずに済む方法も、兵士の方を追放せずに済む方法も……考えても考えても、答えが出ませんの。

もっとちゃんと謝れていれば? 笑って受け流していれば? 何か言葉を返せていれば?」


 アテネ様の指先が膝の上でぎゅっと握られていた。小刻みに震えている。


 俺は静かに言葉を紡いだ。


「もしご自分を責めているのなら、それは違います。

 アルデン様も兵士も――あなたを守ろうとしただけです。なら、背負うべきは“罪”ではなく、“想い”です」


「……想い?」


「ええ。アルデン様が望んだのは後悔ではありません。

 笑って、前を向き、あなたらしく生きてほしい――きっと、それだけです」


 アテネ様は唇を噛み、伏せていた視線をゆっくり上げた。


「……私、兄様の代わりになれるでしょうか。いつの日か、この家を守る当主に」


「なれます。少なくとも、俺は信じています。

 あなたが迷う日は支えます。立てない日には肩を貸します。

 だから――どうか一人で泣かないでください」


「……ダラス。あなたがいてくれて、よかった」


「こちらこそ。アテネ様のそばにいられることを、誇りに思っています」


 この日を境に、俺は“従者として”ではなく、“一人の人間として”アテネ様を見つめるようになった。


「アテネ様〜! どちらにいらっしゃいますか!」


 廊下から、慌てた声が聞こえた。


「ペラーナ! 私はここですわ」


「よかった……アテネ様、心配させないでください。泣いておられるのではと……って、ほら、やっぱり泣いてたじゃないですか」


「ふふ、大丈夫よ。ダラスに慰めてもらっていましたの」


「ど、どうも……」


 十歳ほど年上の女性。俺はこの時、少し緊張して言葉が詰まった。


「あら、君、アテネ様のボーイフレンド? 私はペラーナ。アテネ様の護衛よ。よろしくね」


「ぼ、ボーイフレンド!? そ、そんな関係ではありませんっ!」


「ペラーナ、ボーイフレンドとは?」

 小首を傾げるアテネ様。


「ふふ、説明しましょうか」


「や、やめてください!」


 慌てる俺を見て、二人は笑った。

 ――懐かしく、温かい日々だった。


 ——だが、


 その穏やかな日々は、

 一夜にして終わりを迎える。



 アルデン様が亡くなってから二年、俺が十四の年の時だ。

 雷雨で道が濡れ馬車がぬかるみにハマり、帰りが遅れたその日、屋敷は異様な静けさが辺りを支配していた。

 暖炉の火は消え、壁にかかる家紋は薄暗く光る。床には赤黒いシミが点々と広がり、足跡が乱雑に引き摺られていた。


(野党か? いや、まさか。ここは王都だ……。セラフィトラで一番警備が厳重な国だ)

 そんな自問自答をする。


 胸が潰れそうになりながら大広間に駆け込むと、横たわり動かない近衛兵たち、そして三つの動く人影が視界に飛び込んだ。


 紫髪の妖艶な雰囲気の女。そして、グラファルに引きずられるように引っ張られ、現れたアテネ様。

 当時、グラファルはファラス近衛兵団の一員だった。


 俺は書棚の影に身を潜め、息を殺すしかなかった。


「これでファラス家は終わりだ。依頼通りにな」

 グラファルの冷たい声。いつもの忠実で誠実は姿からは想像もできない。


「幾年か仕えた主だったのでしょう? 未練は?」

 妖艶な笑みを浮かべ問う女。


「私を従える器ではなかった。それだけだ」

 グラファルのその目に一切の情はなかった。


「この娘、全部目撃しちゃってたわよね。殺す?」


「いや、イーラディアで高く売り飛ばす。あの国なら足が付きにくいからな」


「それって禍根を残すことにならないかしら?」


「心配か? なら、この小娘にも『こいつ』を使う」


 彼の手には小さな箱。そこには古びた紋様が刻まれている。

 その箱は彼によって高らかに掲げられ、詠唱が響いた。


『――幻牢よ、開門せよ。

 我は絶望を鎖となし、現実より締め出す者。

 虚ろの狭間に真理を流し、迷い子に救済を授けん。 汝の過去は罪、名は虚、絆は影。

 ″お前は幼き日に親も家も失い、孤独の中で生を刻んだ。物心がつく前の記憶は、虚ろに消え去ったのだ″

 ――《真の救済イデア・サルヴァ》』


 その瞬間、アテネ様の瞳から光が消え、意識がなくなった。


「さっきも使ってたわね。その箱、どんな魔具フェルマ?」


「……こいつは端的に言えば″記憶を喰らう魔具フェルマ″。こうやれば復讐心を抱くようなこともなくなる」


(何をやっているんだ……。あいつら……。アテネ様はご無事か!?)


 その顔を見た瞬間、心臓が凍りついた。叫びたい。逃げたい。なのに、足が全く動かない。


 二人は屋敷の地獄絵図を一瞥すらせず、冷えきった足取りで歩み去る。紫髪の女は踵を返し、窓辺の闇に溶けて消えた。グラファルは腕に抱えたアテネ様を乱暴に担いだまま、振り返ることもなく背を向ける。


「……行くぞ。もうここに用はない」

「ええ」


 残されたのは、荒れ果てた屋敷と、まだ温かい血の感触。そして倒れ伏した兵たち。その傍らを躊躇もなく通り過ぎ、二人の背は遠ざかっていく。


(待て……!)


 胸の奥が灼けるように疼いた。脳裏に浮かぶのは、震えながらも笑ってくれた少女の横顔。今にも消えそうな日常を取り戻すため、気づけば俺の体は前へ――


 その瞬間。


「ダラスくん……行ってはダメ……」


 微かな声とともに足首を掴まれた。床に倒れていた近衛兵――ペラーナだった。血に濡れた瞳が、かすかに開いている。体は深く裂かれ、今にも命がこぼれ落ちそうな状態だ。


「君は……生きて……!」


「……私は……奴の魔術の干渉を……〝白魔術〟で逸らしたけど……。……他の兵士たちは……きっともう……」


 この時のペラーナの言葉の意味を、理解できてはいなかった。


「行かせてくれ! アテネ様が連れていかれたんだ! 俺が行かなきゃ――!」


「行けば……確実に死ぬわ……それも犬死にだ……!」


 ペラーナは震える指で俺の足を掴み続けた。血に濡れたその腕は限界のはずなのに、決して離れようとしない。


「今の君が敵う相手では……ない……。あれは……ファラス近衛兵団が束になっても……勝てなかった……」


「でも……!」


「今ではない……。今、まだその時ではないというだけ……。必ず……私たちの手で……すぐアテネ様を救い出しましょう……!」


 掠れた声なのに、不思議なほど強かった。


 悔しさも、怒りも、恐怖も、全部まとめて噛み殺すように歯を食いしばった。俺は自身の服を破り、ペラーナの止血を行う。


 遠ざかる足音。豪雨の唸り。外の闇の向こうへ、アテネ様は奪われていった。

 俺は、ただ震える手を必死に抑えこみ、ペラーナの応急処置を行った。


「取り返せるんだな……! 俺らの手でアテネ様を救えるんだよな!」


「ええ……。救い出しましょう。……私も協力する……。

 そのために、まずは命を大事にしましょう……!」


(必ず……奪い返す。何度でも。何を失っても――)


 胸の奥で、静かに炎が灯る。

 だがこの時の俺はまだ知らなかった。

 あの屋敷で起きたことの本当の意味を。


 セリオス様も、リディア様も。俺の両親も。料理人も侍女も従者も、百を超える命が跡形もなく消えたことを。


 そして、意識を取り戻した近衛兵だけが“正気を失った言葉”を語り、涙を流しながら屋敷を去っていったことを。


 俺はその事実を知った時、より俺の絶望と負の感情は強くなった。

 セリオス様とリディア様は――俺にとって主であり、家族だった。

 しかし、その事実すら、今は悲しむ余裕がなかった。


 この日を境に、従者ダラス・バルーガの穏やかな日常は終わりを告げた。


 あの日、奪われたアテネ様の記憶は、まだ取り戻せていない。


 ――絶対に取り戻す。


 そして、この後、奪われることになるモノもすべて。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。

皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ