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最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第四章 〜交易の街〜「ノクティア編」
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第80話:追跡者

〜前回までのあらすじ〜

 記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。

 ロアス一行は、攫われたフィンの手掛かりを追い、魔術師協会の報告会に出席していた。しかし突如として現れたのは、盗賊団ブラックペリル。彼らは魔導殿を襲撃し、魔力結晶を奪い去って逃亡する。混乱の中、魔導殿の中からロアスの姿は消えていた――。

 魔導殿の外。

 大空を滑る影が、ノクティアの街を取り囲む城壁の上に降り立つ。巨大な魔獣――ワイバーンだった。

 その背には、奪った巨大な魔力結晶を抱えたウォドンを初め、ブラックペリルの面々が揃っていた。


「これだけありゃ、充分だろ」

 ウォドンが豪快に笑う。


「いやぁ、愉快な一時でしたネ〜」

 リカールが軽口を放つ。


「ふん。己の血統にあぐらをかくだけの魔術師なぞ、混乱させれば終いよ」

 クラウスは無表情のまま抱える人形ペラにも頭を頷かせる。


「あーあ、鴉ちゃんたちが減っちゃったー!」

 リリィは頬を膨らませ、不満げに足を蹴った。


 アテネが振り返る。

「流石に魔術師ギルド連中を敵に回すのは賭けでしたけれど、なんとかなりましたわね」

 その声に、ダラスは返答をしなかった。


 城壁を進む一行を、物陰から三つの影が覗く。

 エルメルスとレシア、そして――フィン。


「おかえり〜」

 レシアが手を振る。

「ここまでは手筈通りですね」

 エルメルスは嬉しそうに告げた。


 だがダラスの表情だけは硬い。背後を振り返り、低く呟く。

「……いや。一人、巻けなかった」


――ガン……ガン……ガン……


 耳を澄ますと、城壁の下の方から一定リズムで壁を打つような音。

「ンン? なんデスカ? この音は……」

 リカールは耳に手を当てる。

 その質問に答えられる者はいない。

 その音は、次第に大きくなっていく。


――ガンッ、ガンッ、ガンッ!


「まさか……何かが壁を登ってきてんじゃねぇか?」

 ウォドンが言ったその瞬間、風が強く吹き、砂煙が渦を巻いた――影が城壁の下から飛び出てくる。


 ロアスだった。


 息ひとつ乱さず、無言で立つ男。彼の手先は傷だらけだった。表情は静かで、しかしその眼差しには鋭い光が宿る。


 城壁の上に人が辿り着けるはずがない。常識が、ブラックペリルの顔ぶれを一瞬硬直させた。


「ロアスさん!」

 フィンの声が破る。手には手錠のような拘束具がある。鎖はハープを小脇に抱えた金髪の少女――エルメルスの手元へと繋がれていた。


 ロアスの目がほんの僅かに見開く。

「……フィン。無事か」


「はい! 私は何もされていません。ロアスさんもご無事でよかったです!」


「ここ、城壁の上だぞ? まさか、素手で登ってきたのか!? そもそも、いつからつけられていたんだ!?」

 クラウスが驚愕の余り疑問を並べる。視線が一斉にロアスへ集まる。


 風が揺れ、ロアスの前に一人の影が出てくる。

 深い紫のロングヘア、整った冷ややかな顔立ち――それは、見覚えのある顔だった。


「……アテネか」


 ロアスがその名を漏らす。相変わらずの美貌――だがその姿は、キャラバンで見た商人のそれではない。機能性を重視した露出の多い服装。ショートパンツに巻かれた革ベルトには様々な小物が揺れる。

 それは、“盗賊団の長”としての本性を隠そうともしない姿だった。


「ロアス、こんなところまで追ってきたんですのね。今まで騙していて申し訳なく思いますわ」

「俺はお前に騙されていたとは思っていない。ただ……フィンを返してくれ。それだけだ」


 フィンが口を挟む。

「ロアスさん、私は大丈夫です! ダラスさんから聞きました。ここにいる皆さんは、グラファルという男に記憶を改竄された被害者たちなんです!」


「記憶を改竄、だと?」


「グラファルの改竄の力から解放されるには、『メネスの瞳』と私の力、そして、魔力結晶が必要だったんです」


「俺らが″記憶を改竄″されてるって話、ダラスが言ってるだけで皆半信半疑なんだがな……」

 ウォドンは肩をすくめてる。


 アテネの表情が陰る。過去を覗く覚悟を問うように。

「でも、それが本当でしたら、私の記憶も……取り戻せるかもしれませんわ」


 ダラスは堪えるように頭を垂れた。

「あと、一晩……。いや、半日だけでいい。今日の夜十の刻、この場所でフィンを返す。だから頼む、この場は見逃してくれないか」

 そして、両手と頭を地につけ、懇願する。そんなダラスの姿に、面々は息を飲む。


「なんでコイツにそこまで……?」とクラウスが漏らす。

「全員で黙らせちまえばいいんじゃない?」とレシアは短剣を構える。


 ウォドンが手を上げて制す。

「レシアさん、ダラスがここまでやる理由があるんスよ。仕掛けるなら考えた方がいいっす」


 ロアスはダラスを見下ろす。

(信じていいのか。記憶の改竄――俺の記憶喪失とは関係があるのか……)

 思考が渦巻く。


「一つ聞きたいことがあるんだが――」


 口を開いた瞬間、リリィが苛立ちを爆発させた。

「もう! あの野郎、こっちが下手に出てるからって偉そうに!」


 リリィは鞭を鋭く一閃、ワイバーンの背を叩いた。

「ワイバちゃん、あいつ落として!」


 ワイバーンは両翼を広げ、巨大な突風を巻き起こす。

「馬鹿、やめろ!」ダラスが咄嗟によける。


 ロアスは吹き飛ばされるが、常人離れした脚力で片足を城壁に突き刺し、めり込ませて踏ん張る。


 ワイバーンの巨体が直線を描いて突進してくる。

「リリィさん! 城壁が崩れたら市民に被害が!」

 フィンの声も届かない。ワイバーンはその首を振り下ろし、ロアスを噛み砕こうとしてきた。


 その瞬間、ロアスは城壁を強く蹴り、跳ぶ。


「ふんっ!」


 踏み上げた足がその顎を直撃する。ワイバーンは上空へ投げ出され、弧を描いて体勢を立て直そうとするが、空力を失って失速する。


「なっ……嘘でしょ!? ワイバちゃんを蹴り飛ばしたっての!?」

 リリィの声が震える。


 ロアスは城壁にふわりと着地する。粉塵が足元から拡がる。呼吸は静かで、瞳は獲物を見据える獣のものだ。


 ワイバーンが甲高く咆哮し、急降下してくる。速度は常識の範囲を超える。


「ロアス、避けて!!」

 フィンの叫びは届かない。ロアスにはその警告が不要だった。


 ――一瞬の間合いののち。


 ロアスは正面から踏み込む。飛竜の影に飛び込み、拳を振り抜く。


「……っ!」


 脚が地を砕き、拳が空気を裂く。ワイバーンの突進と拳が正面から激突する。


――バキッ、ゴキャッ!


 乾いた破砕音。ワイバーンの首が激しくのけぞり、巨体は慣性を失い、城壁の外へ崩れ落ちる。血飛沫が風に乗って散る。


「ギャアアアアアッ!!」

 飛竜の断末魔が谷へと呑まれていく。目撃者たちは声を失った。


 だがロアスは容赦ない。飛竜が落ちるのを確認するより先に、地上へと向き直る。


 リリィは拳大の箱を放り投げる。

「あんたねぇ、許さないんだからっ! 《縮魔檻シュルマーカステン》――おいで、ウルフ!」


 箱は膨らみ、檻が展開する。五匹のウルフが箱口から飛び出した。


「箱……呼び出した魔物を操れる魔具フェルマか……?」

 ロアスは目を細め、初めて見る道具を分析する。


「はぁ? 違うわよ。これは生命力と引き換えに“服従”させた魔物を出し入れできるだけの檻。″友達″を手懐けてるのは私の実力っわけ!」


「リリィ! やめろ、手を出すな!」

 ダラスの叫びはウルフを一瞬戸惑わせるが、リリィは鞭で指示を送る。


 城壁の上に、牙を剥いた五つの影。獣の臭気が風に乗る。


「舐められんのはイヤ! 食い破れ!!」

 リリィの号令にウルフたちが跳躍する。


 だがロアスは動じない。たった一歩、踏み込み、右腕を横薙ぎに払うだけで――


「どけ」


 先頭のウルフが体勢を崩し、そのまま城壁の外へ転落した。


「なっ……一撃で……!?」 リリィの声が震える。


 二匹目は横からの噛みつきに反応して、ロアスは右足を一閃。骨の裂ける音を伴い、獣は地に沈む。


 三匹目と四匹目の連携を察したロアスは、軽く瞼を伏せ、呼吸を整える。

 一瞬の踏み込みで吹き飛ばし、残る一匹は空中から振り下ろす一撃で戦闘不能にされる。


 石畳に響く音が静まる。粉塵の中、五匹のウルフはいずれも戦闘不能となった。

 場には息を呑む沈黙が降り、ブラックペリルの面々はただ茫然と立ち尽くす。


「……嘘よ。ウルフの群れを、一人で――」

 リリィは一歩後退する。ブラックペリルの面々も面を強張らせる。ワイバーンを素手で撃ち落とし、さらにウルフを瞬時に無力化する男に、誰もが動揺していた。


 ロアスは粉塵の中からゆっくりと歩み出す。背後に、気配なき殺意が滑る。


――シュッ。


 背後から三つの銀色の閃光が放たれた。短剣だ。


 ロアスは振り返り、両手を伸ばして二振りを掴み取り、残る一本は首筋をかすめる。皮膚を伝うのは紫黒い液体。


「あは。ざんね〜ん。それは一滴で生物を昏倒させる猛毒よ。一日くらい生死を彷徨っててくれる〜?」

 レシアは勝ち誇った笑みで囁く。


 だがロアスは、掴んだ短剣を手刀のように軽く放り投げ、誰もいないはずの空間を見据える。


「ほう。気配はあるのに、目では見えない……。

 視認できなくなる魔具フェルマもあるのか」

 それだけつぶやくと、何事もなかったかのように、ダラスに視線を戻す。

 表情は平然、口元にわずかな皮肉が滲むだけだ。皮膚には毒の反応も、痺れも、熱も一切ない。


「……ダラス。さっきの話だが、一つだけ確認したい」


「ん? あれ……毒の配合ミスったかな?

 いや、でもぉ……なんで!?」


 レシアは声を震わせる。喉がふるえ、勝ち誇りが消えかけている。


 リリィは唇を噛み締め、鞭を強く握る。怯えが見えるが、負けを認める顔ではない。

「くっ、アタシたちを、舐めないでよッ!」


 リリィが再び箱に手を伸ばすその時――


「やめなさい、リリィ!!」

 アテネが強く怒鳴った。その声は、仲間を案ずる団長のものだった。


 リリィの手が止まる。

「お、お姉様……」


 アテネは押し殺した声で告げる。

「もう……十分ですわ。ロアスはウェイシェムのゾディを単身で討ったほどの強者です。これ以上は、無駄ですわ」


 場に静寂が落ちる。ロアスは拳を下ろし、じっとブラックペリルを見据えた。フィンは胸の前で手を合わせ、小さく祈る。

「……もう、誰も傷つきませんように」


 ダラスがゆっくりと問う。

「ロアス……確認したいことって、何だ?」


 ロアスは深く息を吐き、砂混じりの風の中で静かに言葉を落とした。


「……失った記憶を探してるって話、したよな。お前たちの“グラファル”を解いたあとでいい。全部終わったら──その力を俺にも試してくれ」


 砂煙が舞い、沈黙がひと呼吸だけ城壁を包む。焦燥と恐怖が混ざる空気の中、ウォドンは目を細めた。


「なるほど……確かにロアスは記憶を求めて旅をしていると言ったな。いいだろう。定刻、フィンを返す時に試してやる。ただし勘違いするな」


 ダラスは真剣な眼差しで続ける。


「この魔具フェルマが作用するのは“魔術干渉によって記憶を失った者”だけだ。理由が不明なままでは、戻る保証はどこにもない」


「ああ。それで充分だ」


 短いが迷いのない返答。その瞬間──


 バチィッ!


 空気が裂ける音と共に魔術の奔流が城壁全体を伝い、その場の全員を感電させる。


「ぐっ」「きゃっ」「なんだ」「動けねぇ……」


 ロアスを除く全員が苦悶の声を漏らす。その頭上から、嘲るような笑い声が落ちてきた。


「ぬふふふふ、ぶははははッ! ──見ぃつけましたよぉ、この“盗人”どもぉ」


 空を舞う人影がゆらりと降りてくる。派手で独特なコートが風をはらみ、青白い光が身体を包んでいた。


「魔術師ギルド長──アルベルト・フェルヒト……!」


 ダラスは奥歯を噛み締め、低く吐き捨てる。


「ロアスくん。奴らを、盗人共を足止めしてくださり、ありがとうございます!

 さて、大人しくお縄についてもらいましょうか」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。

皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。

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