第79話:狙われた魔導殿
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。
ロアス一行は、攫われたフィンの手掛かりを追い、魔術師ギルドを訪れていた。思いがけぬ出来事から、彼らは魔術師協会の報告会に出席することになる。しかしその場に、突如として現れたのは――。
粉塵が舞う中、全身に銀の装甲をまとう巨漢――ウォドン・タームが現れる。
その肩には、人一人よりも大きな魔力結晶が担がれていた。
砕け散る瓦礫の中、淡く光るその結晶は、まるで生きているように脈動している。
「あいつは……ブラックペリル!」
レオスが叫ぶ。
その名が響いた瞬間、魔導殿の重厚な空気が一気に切り裂かれた。
ウォドンは歯を剥き、豪快に笑う。
「お? おめぇ、また会ったなぁ!」
次の瞬間――
天井が連鎖的に爆ぜた。
「さぁ、愉しい演目開始の時間ですヨ!」
轟音とともに瓦礫が降り注ぐ中、口元だけ露出する仮面をつけた奇術師風の男――リカールが朗々と声を張り上げる。
その声に重なるように、無数の悲鳴が響いた。
「ブラックペリルじゃと……? なら、敵じゃな!」
メルザーの声とともに素早く構えた弓の弦が鳴る。
放たれた矢が一直線にウォドンの喉を狙った――が、
ガァンッ!
矢はウォドンの抱えた魔力結晶に塞がれ、金属のような音を立てて砕け散った。
粉塵の中、光を弾く破片が宙を舞う。
『閃け――《雷光》!』
ノイエッタの素早く短い詠唱。彼女の杖先から、鋭い雷の矢が光閃く。
『土よ、壁を成せ――《土障壁》!』
姿は見えないが、上空から低く響く声――ダラスの詠唱だ。
地面が唸りを上げ、分厚い土壁が瞬時に隆起した。
――ドンッ!
光の矢が壁に突き立つが、光は掻き消え、煙だけが残る。
フェルヒトは即座に詠唱――
『闇を裂き、原初の力をもって焼け
――《闇裂きの焔》!』
続いてダラスと同じく姿無しに、品のある女性の声が会場に響いた――アテネの声だ。
『闇を纏う氷よ、覆え――《深淵の氷膜》』
フェルヒトの光の柱が放たれる。
――ゴオオオッ! ドガンッ!
ダラスの土壁を吹き飛ばし、アテネの黒氷の膜にも炸裂。
――ゴオオオ……シュウ……
火柱が上がるが、黒い氷片が光を吸い込み、魔術はお互いに霧散した。
「私の魔術を防ぐとは……! 奴らも相当手練の上位魔術師ですね!」
フェルヒトが舌を打つ。
その奥――煙の向こうから、新たな影が飛び出した。
「それっ! 行きますヨー!」
軽やかな声とともに、リカールが宙を滑空する。
手刀が光り、詠唱中の魔術師の腕を次々とはじく。
暴発した魔術が、近くの仲間を巻き込み爆ぜた。
「やめろ! 詠唱を止め――ぐあっ!」
戦闘慣れしていない術師たちは混乱に陥り、辺りは爆風、閃光、悲鳴に包まれる。
リカールは耳に手を当て、うっとりと笑った。
「ん〜、この歓声! 楽しんでいただけてるようで何よりデース!」
宙から糸を吊されたように黒い衣服を纏った白髪の男――クラウスが現れる。
「糸は張られた……あとは、踊り狂うのみ!」
「身体が……勝手に……!?」
彼の指先がひらりと舞うたび、自らの意思と関係なく、勝手に四肢が動く。仲間へ杖を向ける者も現れた。
「私が皆さんの四肢に糸を張り付けまシタ!
|さぁ、共に踊りましょう(ク・ル・バル・コマンス)!」
「――《四肢操糸》」
複数の魔術師――意識のない身体すらも糸に引かれたように起き上がる。
意思とは関係なく動き出すその姿に、悲鳴が上がる。
混乱はもはや戦闘ではなく災厄だった。
「なにが……起こってる……!」
呆然とする術師たち。
「皆さん、落ち着いてください! これがブラックペリルの戦法です!
上位魔術師の方であれば、魔術を練れば振り払えます!」
エレカは負傷者を手当てしながら叫ぶ。
「くそ、なんでこんなところに奴らが……!」
ネロは闘気を纏い、降りかかる瓦礫を拳で弾き飛ばした。
「さぁさ、此度はショートタイム! そろそろ、最後の締めデース!」
リカールが宣言したその時、外から無数の羽ばたく音が鳴る。
窓を突き破り、鴉の群れが雪崩れ込んできた。
「なんだ、コイツら――邪魔だ!」
魔術師たちが応戦する。
「《氷針雨》!」
「《火炎球》!」
「《風圧刃》!」
無数の魔術が空を焦がし、雷光が鴉たちを幾らか焼き払うが、その数は尋常ではない。
だが煙が晴れたとき、ブラックペリルはすでに撤収の準備が整っていた。
――天空を切り裂く風。
――そして、瓦礫が落ちる音。
天井の裂け目から、ブラックペリルのメンバー――ウォドン、ダラス、アテネ、先頭にリリィを背に乗せ、巨大な影が舞い上がる。
それは″ワイバーン″――鱗は深い瑠璃色、翼の先端には炎のように赤く輝く羽が散りばめられ、陽光を受けてキラキラと反射する。クラウスはその魔獣に吊されていた。
「ワイバちゃん、さっさと行くよ〜。鴉ちゃんたちも撤収!」
リリィの合図で、ワイバーンは急上昇。翼を広げて風を切り、建物の間を滑るように旋回しながら飛び抜ける。羽ばたきごとに周囲の空気が渦巻き、風圧で瓦礫が巻き上がった。
空の上では、彼女の楽しげな声とワイバーン、鴉の羽ばたきが、戦場の混乱を彩る華やかな旋律となる。
「逃さんぞ! これでも喰らえええい!」
メルザーは一度に三本の弓を飛び去る影に正確に連射する。
だが、鴉の群れに阻まれ、思うように届かない。
何本かはワイバーンに突き刺さるも、その翼を止めるには至らなかった。
その瞬間、フェルヒトの声が響いた。
「全員、皆々様、動揺しないでください!
侵入者は撤退済み。深追いは辞めましょう。まずは人命最優先で!
ジークリード君、状況報告を」
ノイエッタはこの場においても淡々と、冷静にフェルヒトの言葉に対応した。
「既に集計中。――初期報告です。
死者無し。重傷者七名、軽傷者多数。
魔術暴発による構造損壊三カ所。一部の魔力結晶の窃盗被害を確認。
総合すると、侵入者の主目的は魔力結晶の窃盗、その他は逃走を目的とした目眩ましと推測されます」
「うん、そうだね。僕もそう思うよ。
一先ず、会の内容がほぼ終了していたのは不幸中の幸いだね。
引き続き確認作業お願いできるかな?」
「承知しました。損壊箇所は封鎖、魔術治癒班を配置。
魔力の残滓が強い区域は立ち入り禁止に。――フェルヒト様、指揮権を一時的に私にお任せいただけますか」
ノイエッタは血のついた裾を払いながら、すでに現場を見渡していた。
その手には、簡易魔術陣で構築された記録板。瓦礫の配置や魔力痕を瞬時に記録していく。
「おや……この場を任せてしまって、いいのかい?」
「ええ。だってフェルヒト様、報告会の時から、ずっとあの亜人のこと、気になっていますよね」
「え?」と驚くフェルヒトに、すかさず続けるノイエッタ。
「良いですよ。向かわれてください。
この辺の対応と、協会と市への報告は、私が無難に済ませておきますので」
「……本当に、まったくもって……若いのに優秀だね、君は。ありがとね」
フェルヒトが呟くと、ノイエッタは淡々と答える。
「そういうのは結構です。気持ち悪いので」
バッサリ切り捨てるノイエッタに、フェルヒトは眉をひそめた。
「これは私のためです。あなたの好奇心が、私の知識欲を満たすので。
それに、私も彼のこと気になります。なので、面倒ですが、この辺の後処理、対応しますよ」
フェルヒトは頭を抱えながら彼女に言葉を投げた。
「はは、いいね。いいですとも!
君の知識欲を満たすためにも、僕は彼を追って研究するよ」
するとフェルヒトは、ここに来た時の魔術を詠唱し、あっという間に魔導殿から姿を消した。
レオスが瓦礫の上に立ち、辺りを見渡す。
「くそ、アイツらを追っかけねぇと……」
魔術師たちは負傷者が多く、場は騒然としていた。
マイン、メルザーも辺りを見渡し、ネロとエレカは治療と救助を優先している。
だが一人、この場において見つからない者がいた。
「あれ、ロアスは……?」
その問いに、答えられる者はこの中にはいなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。
皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。




