第77話:魔導殿への直行便
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。
彼らは交易都市ノクティアへ向かう途中、盗賊団ブラックペリルの奇襲を受け、フィンが攫われてしまう。
街で情報を集めたロアス一行は、雇った冒険者と共にブラックペリルの手掛かりを追い、六門評議会の代表者に会いに行く――
翌朝。
ロアスたちは、まだ朝靄の残るノクティアの大通りを歩いていた。
街はすでに活気づき、行商人や荷車が行き交う。けれど、ギルド区画だけは妙に静かだった。
「……静かすぎるな」
レオスが眉をひそめる。
マインが頷いた。
「うん。昨日の冒険者ギルドとは、まるで空気が違う」
石造りの階段を上り、古びた鉄扉の前に立つ。
そこには、金属と魔術刻印の混じる巨大なプレートが掲げられていた。
《ノクティア魔術師ギルド本部》
扉を押すと、微かなオゾンの匂いとともに、ぼんやりと蒼白い光が漏れ出した。
円形のホール、宙に浮かぶ本棚、壁を這う光の魔法陣――
どこもかしこも、研究と実験の匂いで満ちていた。
しかし、肝心の人影はまばらだ。
「……なんか、留守みたいですね」
ネロが小声で言うと、奥の机から白衣姿の女性が顔を上げた。
目の下には深いクマ、髪は寝癖で四方に跳ねている。
「ん……誰?」
「あの、こちら冒険者ギルドから――」
「研究依頼なら締め切り過ぎた。新素材の提供なら奥の窓口。用がないなら静かに」
そう言い捨てて、再び机に突っ伏した。
マインが眉を寄せる。
「……駄目だこりゃ」
「他の人に聞いてみよう」
ロアスが周囲を見回すと、隅にいた事務官らしき青年が書類をまとめていた。
彼は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ええ、ギルドの者は今、ほとんど留守なんですよ」
「留守?」
「今日はなんだったかな……。定例の“魔術学会”……いや、それは昨日でしたね。
ああ、そうそう、今日は魔術師協会主催の“緊急報告会”です。もう二日も寝てないんで日にち感覚がなくなりましてね。
ともかく、今残ってるのは、私含め、研究室に籠もりっきりの人たちくらいですよ」
レオスが頬をかく。
「タイミング悪いな……」
その時――
ホールの奥から、何やら慌ただしい足音が響いてきた。
「おや? まだギルド長たちがいらっしゃるようですね」
二つの人影がバタバタと向かってくる。
「――ジークリード君、キミ、発表資料まだ整理してないのかい!?」
「先生が今朝になって“構成を変える”なんて言い出すからですよ……。間に合うわけないでしょう!」
現れたのは、昨日砂門亭で見かけたあの奇妙な二人だった。
ギルド長フェルヒトと、その助手ノイエッタ。
「おいおい、まさか、万が一にも学会に間に合わないなんてことはないよね? ボク、これ以上会長に怒られるのはごめんだよ」
「知りませんよ。こんな時に関係のない魔具の研究をしているのが悪いんじゃないですか……」
二人の掛け合いに、一行は思わず苦笑する。
その瞬間、フェルヒトがこちらに気づいた。
「おや、昨日の、今朝方の諸君じゃないか!」
「覚えてたんですか……」
「そりゃもちろんさ。記憶のないキミィ! 君みたいな珍しい魔力波を放つ人はそうはいないからねぇえ!」
ノイエッタが眉間を押さえる。
「先生、時間がありません。報告会が――」
「分かってる分かってる。でも彼ら、わざわざ朝一で来てくれたんだろ? 話くらい聞くってのが筋じゃないかな」
ロアスが口を開きかけるが、ノイエッタがぴしゃりと制した。
「今は無理です。正午に昼休憩がありますから、その時に――」
だが、フェルヒトが先に口を挟む。
「おお、いいね! じゃあ昼にジークリード君も交えて飯でも食いながら話そう!」
「……いえ、私は昼に説明資料の整頓を――」
「そんなの後でいいじゃないか。たまには胃にモノを入れないと頭に栄養が行かないぞ!」
ノイエッタがあきれたようにため息をつく。
「先生、こんなにタスクが処理待ちになっているのは、あなたのその“後でいい”が積み重なってるせいです」
その応酬に、マインとメルザーが顔を見合わせ、レオスが肩をすくめた。
「……なんか、冒険者ギルドよりカオスだな」
フェルヒトはそんな一行に手を振って言った。
「どうせなら、会に出席すると良い。会長は今回の報告会、″魔術師以外に公表するな″なんて言うんだけどね、その考え、僕は納得いってないんだよね!」
「ちょ、先生!? そんなこと言ったって、外部参加は禁止ですってば! ギルド規約に――」
「大丈夫大丈夫、彼らが聞いた情報を外部に漏らさなきゃいいんだよ。外で待たせるのも退屈させちゃうでしょ? あ、外部に漏れたのバレちゃうと、ボクもキミたちもタダじゃ済まないから、そこはよろしくねぇ!」
ノイエッタが完全に頭を抱える。
「はぁ……私は知りませんよ。会長に見つかったら、全部“先生の独断”ということにしますからね」
「うん。じゃ、決まりだ!」
フェルヒトは笑顔でロアスたちにウィンクした。
「さあ諸君――“ノクティア魔導殿”へ、いざ行かん!」
学会の始まりを告げる鐘が、ノクティアの空に高く鳴り響く。フェルヒトがギルドの扉を開け放ち、一行に告げた。
「よし、じゃあ皆さん、風魔術でバフするよ! あ、転ぶとかなり、非常に危険だからバランスは、ちゃんと保ってね!」
「は?」とレオスが目を瞬かせるより早く、ノイエッタが口を挟む。
「先生、ノクティア市内は確か――三階級以上の魔術行使は認められない区域だったはずです。それに加えて、彼らが転倒等の負傷をした場合、我々では責任を取り兼ねますが……」
「わかったわかった! 皆さん、ジークリード君が、“なるべく周囲にバレないで、怪我しないで来てね”って言ってるよ!」
「要約、間違ってます……」
だがフェルヒトは聞いちゃいない。
白衣の裾を翻し、杖を高く掲げた。
『大地を貫く重みよ、我らが身を軽やかにせよ――《重力転換》!』
宙に浮かんだロアスたちの身体が、ふわりと安定して空中に保たれる。
マインは思わず手を広げ、足をばたつかせながらも、「お、おお……身体が軽い!?」と声を漏らす。
レオスは腰を押さえつつ、目を白黒させ、「なんだこれ……!」と息を呑む。
ネロは興奮したように目を輝かせ、「す、すごい……魔法の力で空中に保持してる……!」と呟いた。
そして、メルザーは無言のまま必死にバランスを取る。
『風よ、我が前に舞い来たれ――《突風降臨》!』
空気が一瞬、押し潰されるかのように重くなり――床の魔法陣が眩い閃光を放った。
爆ぜる風がホール全体を渦巻き、ロアスたちは思わず身構える。
足元の渦が靴底を軽々と浮かせ、吹き荒れる嵐の中へと押し込む。
マインの髪が顔に絡み、咄嗟に手で押さえる。
レオスは必死に手すりを掴むも、思わず声を上げる。
「うわっ、こ、こんなの聞いてねぇぞ!」
ネロは楽しげに笑う。
「これは……ちょっと楽しいかも!」
メルザーは何とか体勢を保とうと必死だった。
「お、おい、若いの! もっと年寄りを労わらんかーーい!」
そんな叫びも風に飲まれる。
フェルヒトは笑っていた。
「いやあ、魔術学会に遅刻なんて前代未聞だからね! 僕の名誉のためにも、ちょっとだけ加速するよ!」
フェルヒトが杖をひと振りすると、床の魔法陣が一気に光を放った。
「ちょっと、という抽象的表現は、個人差が生じ、先生の感覚は常人のそれと乖離があああああ――」
ノイエッタの講釈が終わる前に、風が爆ぜた。
――瞬間、視界が弾け飛ぶ。
ロアスたちは、まるで空を飛ぶように、ノクティアの街を一直線に駆け抜けた。
風が頬を裂き、建物の屋根をかすめ、空を切り裂くような加速。
人々が振り返り、帽子や布が宙に舞う。
だが、誰もその正体を見定める前に、風はもう通り過ぎていた。
「ひっ……!? なんか飛んでる!?」「あれ……鳥?」「いや人!?」
通りの悲鳴が、遠くに流れていく。
フェルヒトは先頭を飛びながら振り返る。
「ほらほら、皆さん、あと少しで着くよ! 落ちたら多分、死ぬけど!」
「怖いこと、言うなぁあああああ!!」
レオスの絶叫は風圧にちぎれ、どこか遠くへ飛んでいった。
やがて、街の中心部にそびえる塔が見えてくる。
尖塔の先端には、魔導結晶が陽光を反射して煌めいていた。
その下、結界の輝きが学会場の存在を示している。
「皆さんの減速魔法のこと考えてます? あ、多分もう遅いですけど」
ノイエッタが諦めたように呟く。
「いやー、折角だからちょっと試してみたいことがあるんだよねぇえ」
目的地付近に到着すると、フェルヒトとノイエッタは自身の無詠唱による魔術でピタリと止まった。一方、ロアスたちはというと、先行していたロアスが下敷きになり、半ば落下するように地面へ突っ込んだ。
――ドンッ!!
床に散らばる風の符が弾け、ロアスたち五名が派手に転がる。
埃と書類が宙に舞い上がり、呆然とした静寂が落ちた。
そんなロアスにフェルヒトが満面の笑みで誇らしげに人差し指を立てる。
「ロアス君と言ったかな!? 僕の目には狂いがなかったよぉお! この衝撃で傷一つ付いていない。一目見た時から、皮膚や肉体が魔法生物のそれに似ていると思い、まず一つ仮説を立てんだ! まず、魔法生物には――」
「……先生、とりあえず、皆さんに謝罪して、さっさと会場に入ってください」
ノイエッタは派手に倒れたロアス一行を起こしながら、冷たい声で言った。
ロアスは半ば呆然とし、他四名は痛がりながら立ち上がる。そんな中、レオスは腰を抑えながらつぶやく。
「いてててて……この野郎、相当イカれてやがるぜ」
それに対し、大きく頷くノイエッタ。
「はい。同感です」
そしてそのまま周囲を見渡し、続けて告げる。
「先生、念のため報告しておきますと、今の一分で物的損害二件、軽傷ですが人的被害四件です」
「うん、想定の範囲内だ! そっちの実験も成功だねぇえ!」
そう言いながら、フェルヒトは崩れた髪を払い、静かに前を向いた。
その視線の先――そこに、魔術師ギルド公認の大規模施設、″ノクティア魔導殿″がそびえていた。
ロアスたちは入口前で立ち止まり、息を呑む。
魔導殿は石と魔法結晶が組み合わさった巨大な構造をもち、塔の尖端からは虹色の光が降り注ぐ。外壁を覆う紋様は光を反射し、まるで生きているかのように脈打っていた。
円形ホールの内部では、浮遊する魔導陣や無数の結晶が青白く輝き、空気そのものが光と魔力で震えている。
壇上を囲む各国の魔術師たちは、刻々と変化する光の渦の中に浮かび、報告会の開始を告げる神秘的な光が天井から差し込んでいた。
その光に照らされ、ロアスたちの目は見開かれた。
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