第6話:暴虐の再来
ロアスは記憶を求め旅を始める。
村の少女フィン、戦士レオスと話し合った結果、
選んだ行き先は、法も秩序もない犯罪都市。
腐臭漂う闇の街へと足を踏み入れた!!
やがて、街の中心部へと近づくと、雰囲気はさらに一変した。
広場らしき場所では、焼け焦げた屋台が並び、喧騒と怒号が交差している。
「この辺りが中心地……情報屋や密売人、殺し屋なんかも出入りしてる。まずは顔役に近づくな。そいつらに目をつけられたら詰みだ」
レオスが言う“顔役”──それがゾディを指すことは明らかだった。
フィンはますます不安そうに顔を曇らせ、ロアスの袖を小さく掴む。だがロアスは、ただ前を見据えたまま歩みを止めない。
──そのときだった。
通りの奥から、重たい音が響いた。
鉄を引きずるような音。何かが砕けるような音。そして、野太い怒声。
「邪魔なんだよ、クソがァァッ!!」
叫びと同時に、粉塵が舞い上がる。
ロアスが無言のまま音の方へ足を向けた。
レオスが、その背中に反射的に手を伸ばしかけ──そこで凍りついた。
耳に届いたあの声。
腹の奥に残る、聞きたくもない記憶のこだま。
(まさか……)
彼の足が止まる。
フィンが、不安げにロアスの後を追う。
泥濘の路地を抜けた先、瓦礫だらけの広場に、それはいた。
──巨人。否、怪物。
分厚い黒鉄の鎧に覆われた巨体。
スキンヘッドの頭は、まるで血に濡れた石のように光り、その顔は──人間とは思えない。潰れた鼻、引き裂かれたような口、歯列は獣のように乱れていた。
握られた大槌は、地面にめり込み、砕けた路石の破片が周囲に散っていた。
それは、ただ立っているだけで、空気を圧迫する存在だった。
叫び声を上げていた老人が倒れており、少女がその体を抱えて泣いている。
「ガタガタうるせぇ。オレの道を塞ぐからだァ」
「死にたくなきゃ、這ってどけ……できなきゃ、砕く」
その声──まさしくあの声だった。
レオスの背筋を、冷たいものが走る。
(エレゴレラ……)
名前を口にするまでもない。
かつて、まだウェイシェムの底辺にいた頃。
何度も、何度も、殴られ、潰され、笑われた。
どれだけ反抗しても、返ってくるのは鉄拳と大槌だけ。
「弱い奴が文句を言うな」がルールだった。
そうだ──あの時代の象徴。
力こそすべて。暴力が支配する地獄。
(クソ……ここでまた、あいつと……!?)
レオスの手が震えた。
だが、ロアスは構わず歩を進める。まるで“あれ”を恐れていないかのように。
そんなロアスに、エレゴレラの目が向いた。
巨大な鼻が広がり、動物のように匂いを嗅ぐような仕草。
そして、不気味に口角を吊り上げる。
「なんだァ、お前……気に食わねぇ目しやがって。どこの王様気取りだ、テメェ……」
地を踏み鳴らすだけで、空気が揺れる。
「この街で、オレよりデカい面して歩いていい奴は、誰もいねぇんだよ!!」
肩に担いだ大槌が、ギィ、と音を立てる。
ただの威嚇ではない。
次の瞬間、闘気が渦巻いた。
ロアスの金の瞳が、それを見据えていた。
だが、恐怖ではなかった。
ただ、観察するように、静かに、真っ直ぐに。
(この男……何者だ? この重苦しい圧力、これは″闘気″というのか……)
レオスの中で、悪夢がよみがえる。
──俺がここにいたのは、生まれてから14歳までの間だ。
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暗く、汚れた通り。
誰も助けてくれない。誰も信じられない。
ただ、一つの影が笑っていた。
「ブヒヒヒヒヒッ、また来たかレオス坊やァ!
骨が砕けるまでやんねぇと学ばねぇなァ!」
――ドグンッ!
大槌が振り下ろされる。地面が揺れ、視界がひしゃげる。
口から血があふれ、指が泥の中に沈んでいく。
(……もうやめろ。やめてくれ……)
見て見ぬふりの通行人。
せせら笑う娼婦。
その中心で、エレゴレラはまるで王のように嗤っていた。
(──こんな世界、二度と戻ってたまるか)
──次の瞬間、エレゴレラの叫びと共に、大槌が振り下ろされた。
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視界が現実に戻る。
レオスは、ロアスの横に立ち静かに伝える。
「お前に教えといてやる。男にはな、生き残るための戦いとテメェの信念を守るための戦いがあるんだ」
レオスはゆっくりと前に出た。その身体はわずかに震えていた。
「で、この戦いは後者だ。その場合、外野からの手出しは無用だ。そこで見ておいてくれ」
後方にいたフィンは、不安そうにレオスとロアスを見つめていた。
「…わかった」
ロアスはそれだけ言うとフィンの横まで退いた。
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