第76話:記憶を喰らう影
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。
彼らは交易都市ノクティアへ向かう途中、盗賊団ブラックペリルの奇襲を受け、フィンが攫われてしまう。
街で情報を集めたロアス一行は、雇った冒険者と共にブラックペリルの手掛かりを追い、六門評議会の代表者に会いに行く――
ロアスは抑えた声ながら、一語一語を研ぎ澄ますように今までの経緯を紡いだ。その過程で、サレフ司祭の『ブラックペリルの背後には栄砂団がいる』という告発。そして、栄砂団の目的は『ノクティアの掌握』だという情報を伝える。
「サレフ司祭は命を顧みず、次の六門評議会でそれを告発するつもりだ」
アーヴィンは、黙してその言葉を聞いていた。
その表情からは感情が読み取りにくい。
白髪がわずかに混じる髪を無造作に撫でつけ、重心は微動だにしない。
その佇まいは、ただ立っているだけで場の空気を支配していた。
横から、マインとメルザーが不足する情報を補い、ネロは緊張気味にうつむく。
レオスは腕を組み、アーヴィンを見定めるように睨んでいた。
「……なるほど。それで評議会の場で、サレフ殿が六門の座を降ろす提案をグラファルからされた時、逆にサレフ殿が栄砂団失脚の案を提示する。
他の代表者と協力し、カウンターを打つつもりか」
「そうだ。同意を得られようと得られまいと、司祭サレフは次の六門評議会で動く。
なら、俺はその決意を他の代表にも伝えなければならない。攫われたフィンの居場所を追うついでだがな」
アーヴィンは腕を組み、短く息を吐いた。
「……悪いが、ブラックペリルの居場所については心当たりがない。
何度か奴らに関する依頼を受けたが、その時はいつも奴らが襲撃をする前に予告状を出した時だった。
“次はどこの魔具を頂戴する”――そんな調子だ。
まるでショーを楽しむかのようだった。
討伐依頼も、警備依頼も……どれも失敗だ。運悪く命を落とした奴もいる」
ネロが息を呑む。
「予告状……。来ると分かっていても捕まえられないんですか。ボクらが襲撃を受けた時はそんな風ではなかったのに」
「奴らにとって、窃盗は単なる“舞台”なんだろう。
オーディエンスを集め、自分たちの力を誇示するためのな」
レオスが苦く呟く。
「……奴ら、戦闘慣れしてる。しかも動きが統率されすぎてる。
盗賊団の体じゃない」
アーヴィンは顎を引き、目を細める。
その視線は鋭く、氷のように冷たかった。
「そうだ。で、その裏に“栄砂団”が見え隠れする。
俺たちが討伐に失敗しても、奴らはすぐ駆けつけて“追い払う”。
時には激戦の末、盗まれた品を取り返すこともある。
結果――市民の印象はどうなる?」
ネロが小さく息を呑んだ。
「……冒険者よりも、栄砂団の方が頼りになる……と」
「その通りだ」
アーヴィンは短く頷き、拳を軽く机に当てた。
その音が、静まり返った室内に重く響く。
「“冒険者は粗暴で信用できない”。
“栄砂団は統率が取れていて紳士的だ”。
……そんな風潮が、ノクティア全体に広がっている」
マインが悔しそうに唇を噛む。
「つまり、ブラックペリルが高価な物を盗むたび、栄砂団が追い返す。
この一連の流れが――仕組まれている?」
「その可能性は高い。サレフ司祭の推論は恐らく的を射てる。
奴らは表向き“治安組織”、裏では“情報操作”をしている。
ブラックペリルは、ただの駒だ」
沈黙。
ロアスは腕を組み、静かにアーヴィンを見た。
その眼差しの奥に、怒りではなく冷たい決意が宿る。
「……栄砂団グラファル。何か企んでやがるな」
「表向きは一組織の団長。だが、今や実質的な街の支配者だ。
俺たちギルドと違い、奴らには軍資金も人脈もある。
最近じゃ討伐業まで手を出してきやがった。
俺たちの専売特許を奪おうって腹だろう」
アーヴィンは椅子の背にもたれ、目を閉じた。
しばしの沈黙ののち、低く続けた。
「……正直、ノクティアの冒険者ギルドも潮時かと俺自身思っていた。
“いっそ栄砂団に統合してしまえ”という周囲の声も多い。
だが――お前の話が本当なら、それは奴らの狙いそのものだ」
ロアスが静かに頷く。
「だからこそ、止めねばならない」
「……まったくだ」
アーヴィンは深く頷き、机に拳を置いた。
その目にはわずかな光が戻っていた。
「俺もグラファルの出自について調べたことがある。それで分かった範囲で教えてやる。役に立つかは知らんがな」
場の空気が静まり返る。
アーヴィンはゆっくりと息を吸い、低く言葉を続けた。
「八年前――王都で“ファラス一族失踪事件”というものがあった」
ロアスがわずかに眉を動かした。
マルバスがかつて仕えていた貴族の名だ。
その名を聞いた瞬間、ロアスもレオスもネロも、同時に顔を見合わせた。
「その時、王都にいたファラスという貴族家が、ある日を境に“存在ごと”消えた。
家族も使用人、その配下や近衛兵までもがすべて消えた。関わっていたはずの近しい人間――商人や隣国の貴族からは、ファラス家に関する記憶すべてが失われていた。
まるで最初から、そんな家などなかったかのようにな」
マインが小さく息を呑む。
「存在ごと……ですか? そんなこと、あり得るの……?」
「あり得ないだろう。普通ならな」
アーヴィンは苦々しく唇を歪めた。
「だが、その時、近衛騎士として“ファラス家に仕えていた男”がいた。……グラファルだ」
その名が出た瞬間、空気が一段と重くなった。
「もちろん、奴が直接やったという証拠はない。
だが、もうひとつ――奴と結びつく“ある情報”がある」
アーヴィンは机の上に手を置いたまま、低く言い放つ。
「魔術師ギルドが、グラファルを“禁忌魔術級の魔具保持者”として警戒していた」
マインの瞳が大きく開かれる。
「禁忌魔具……!? まさか、そんなものを――」
「ああ。そしてその能力は“記憶”に関わる力らしい。
詳細は分からんが、記憶を消す魔具――そう考えるのが妥当だろう。ファラス家に起きたことを考えれば、辻褄は合う。
魔術師ギルドが秘密裏に動くほどの危険物だ」
「……記憶を消す、魔具……」
ロアスの胸がわずかにざわめいた。
まるで、その言葉を待っていたかのように――
脳裏にゼラの声が蘇る。
『人の記憶を消すことができる魔具。この先、南東に一月ほど歩いた先にノクティアという交易が盛んな都市があるのだけど、そこを拠点とする盗賊団″ブラックペリル″が持っているらしいわ』
胸の奥が熱くなる。
――遂に、近づいてきた。
自分の“記憶”へと繋がる糸に。
ロアスの金色の瞳に、かすかな希望の光が宿った。
ネロが顔を上げ、鋭く言った。
「……なら、魔術師ギルドに行けば、何か分かるかもしれませんね」
「ああ。あそこには情報屋も研究員も揃っている。
グラファルの足跡を追うなら、まずはそこだ。早い方がいい」
アーヴィンは立ち上がり、ゆっくりと視線を巡らせた。
ロアス、レオス、ネロ、そしてマイン、メルザーへと。
「市長や豪族が傀儡にされていることは察していた。
俺はこれらの情報を得た時、″栄砂団には関わらない″という判断をした。俺のような荒くれは政治に無関心だったが……この書状の司祭の言葉で改めて思い知らされた。
今のノクティアは、知らぬ間に腐りかけている。
――腐っているのなら、根から断ち切るしかない。
だが、自分たちノクティア市民だけでは届かん。……お前らのような“外の力”が要る。
司祭が動こうとした時にお前らが現れるとは……司祭の言う通り、まるで『神の導き』だ」
「評議会では、俺は司祭の味方につく。サレフ殿には昔、ドルマンも世話になったと言っていたしな」
ロアスは黙って立ち上がる。
その瞳に、確かな信頼の光が宿っていた。
――フィンの言葉が脳裏を過る。
『こういう時は、“ありがとう”って言うんですよ』
「……ありがとう。アーヴィン・ギルド長」
「いや、結局俺等ギルドができることは少ない。……マイン、メルザー」
「はい!」「うむ!」
「二人とも――冒険者ギルドの名にかけて、この依頼、必ず果たせ。
魔術師ギルド長なら、ちょうど今ノクティアに戻ってきているはずだ。
奴は多忙を極める人物だ。どこまで通じるかは分からんが、門前払いを食わぬよう、俺からの紹介状を添えてやろう」
そう言って、アーヴィンはわずかに笑った。
重苦しい空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
「……あれ、魔術師ギルド長って、まさか――あのフェルヒトさんですか?」
ネロの言葉に、ロアスは今朝、ドルマンと話していた奇妙な男と、その男を本で殴りつけていた女性の姿を思い出した。
「ああ、朝の変な奴か……」
その言葉に一同も思い出したようだ。
「げ、マトモな会話になるか心配だな……まあ、ノイエッタって女がいればどうにかなるか」
そんな一行に、アーヴィンは首を傾げる。
「そうか? 魔術的研究に関わることでなければ、比較的マトモなんだがな……」
レオスは腕を組み、今朝のことを思い出しながら言葉をひねり出す。
「ロアス自身に興味を持っているようだったからな……終始、変態っぽかったけどな」
アーヴィンは苦笑した。
「俺も“魔術師様”の考えることはまるで分からん。物事なんてのは、なるようにしかならん。考えても仕方ないさ。
――それはそうと、今日はもう遅い。ここに泊まっていけ。部屋を用意させる」
そう言いながら、人数分の鍵を手渡す。
「最初はおっかねぇ野郎かと思いましたが……色々助かります」
レオスが笑顔で礼を言う。
ロアスたちが部屋へ向かおうとした時、背後からアーヴィンの声が響いた。
「――ロアス、と言ったな」
振り返る。
ギルド長の目は鋭くも、どこか温かかった。
「詳しくは聞かねぇが……お前、死と血の臭いが濃すぎる。
死線を潜った者にしか分からんが、人によっちゃ警戒される。気を付けろ」
その瞬間、ロアスは“黒騎士”に警戒された日のことを思い出した。
「ああ、気を付ける」
「それと、もしグラファルと会うことになったら――気をつけろ。
……戦うより、“心を折る”のが得意な奴だ。気を抜くなよ。心を折られた奴は、もう剣を握れねぇ」
ロアスは短く頷き、ただ一言。
「覚えておこう」
静かに扉が閉じた。
蒼穹亭の廊下には、夜風の音だけが残った。
――だが、その静寂の奥で、もう一つの気配が息を潜めていた。
階下へと続く影の中、わずかに揺れる蝋燭の明かりが、壁にひとつの輪郭を映す。
足音も立てず、その影はロアスたちの部屋の方をじっと見つめていた。
低く吐息を洩らすと、静かにその場を離れる。
残されたのは、風に揺れる灯火と、消えかけた蝋燭の匂いだけだった。
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