表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第四章 〜交易の街〜「ノクティア編」
77/85

第74話:蒼穹亭に吹く風

〜前回までのあらすじ〜

 記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。

 彼らは交易都市ノクティアへ向かう途中、盗賊団ブラックペリルの奇襲を受け、フィンが攫われてしまう。

 街で情報を集めたロアス一行は、雇った冒険者と共にブラックペリルの手掛かりを追い、六門評議会の代表者に会いに行く――

 夕暮れの風が、鐘楼の影を長く伸ばしていた。

 街を包む喧騒は次第に夜のざわめきに変わり、露店の灯が一つ、また一つと灯りはじめる。

 焼き串の香ばしい匂い、笑い声、物乞いのすすり泣き――すべてがノクティアという街の現実を映していた。


 ロアスたちは中央通りを進む。石畳に揺れる橙の光を踏みしめ、遠くに見える屋根を仰ぐ。


「あれが……《蒼穹亭》じゃよ」

 メルザーが指さした先には、堂々たる三階建ての建物。


 昼は依頼掲示と喧騒に満ち、夜は飲み騒ぐ声と演奏が響く――冒険者たちの城、混沌と情熱の象徴だ。


「ほらね、外からしてうるさいでしょ」

 マインがため息をつく。


 ロアスは扉の前で足を止めた。

 (第一声は何と言えばいい……)

 ふとフィンとの何気ないやりとりを思い出す。

 『人と会った時、朝はおはよう。昼は、こんにちは。夜はこんばんは。というのですよ』


 (夜だから『こんばんは』……で、いいよな?)

 重い扉を押し開ける。


 カランッ、カランッ。

 ベルの音がやけに大げさに鳴り響いた。


 酒場の熱気と騒々しい声が、一瞬で止む。

 武装した冒険者たちが、入口を振り返った。


「テメェ、誰だ? 一般客か? 今日はもう閉店だぜ」

 肩に剣を掛け、不機嫌そうに睨む男。肌には派手な龍の刺青。

 テーブルには散らばる銀貨と、数字やマークの刻まれたカード。


「とっとと失せな」


 すると別の男が、マインとメルザーに気づいて声を張った。

「おい、門外もんがいの女とジジィがいるぜ! 何しに来たんだよ」


「門外?」

 ネロがつぶやく。

 メルザーが小声で補足した。

「砂門亭のことじゃよ。あいつら、そう呼んで下に見とるんじゃ」


 マインが一歩前へ出る。

「ダルゴ。ギルド長は?」


「あぁ? 門外の雑魚が気安く話しかけんなよ」


 後方でニヤニヤしていた連中が笑い出す。

「ギルド長ならいねぇよー!」

「マインちゃん、また尻触らせてよー!」


 酒場全体が、腕っぷしと傲慢さで満ちていた――ここが、《蒼穹亭》。

 力と実力、酒と賭け事、虚勢と欲望が渦巻く、高ランク冒険者たちの巣窟。


 ダルゴが立ち上がる。髪は油で固め、腕には無数の古傷。そして、肩には龍の刺青。

 酒の匂いを漂わせながら、金貨の袋を卓に叩きつける。


「へっ、マインよぉ、久しぶりじゃねぇか。

 今日はどんな雑用で来た? まさか依頼取りに来たんじゃねぇだろうな」


 笑い声が広がり、ジョッキが掲げられる。


「砂門亭の連中が本部に来てるってよ!」

「珍しいな。おいダルゴ、酒でも賭けるか? 俺は“すぐ逃げる”に一票!」

「ははっ、俺は“泣き出す”に一票だ!」


 どっと笑いが湧いた。悪意そのものの空気が酒場を満たす。


 マインが小さく息を吸い、肩を張る。

「いい加減にしなさい。アーヴィンギルド長にビビってるくせに、いない今だけイキがって……恥ずかしくないの?」


「おっと、怖ぇ怖ぇ」

 ダルゴが両手を広げておどける。

「イキがってる? ちげぇな。アーヴィンのオッサンは“仕事”で留守だ。

 今夜は俺がギルド長代行ってわけだ」


「なら、本当のギルド長はいつ戻る」

 ロアスの低く重い声。笑い声が止み、空気が張りつめた。


 無言のまま、ロアスはダルゴを見据える。

 その瞳に宿る冷たい光――それだけで場の空気が変わった。


「……てめぇ、何だその目は」

 ダルゴが歯を食いしばる。

門外もんがいのクズが偉そうに睨みやがって……」


 ロアスが一歩、また一歩と近づく。

 椅子に座るダルゴを自然と見下ろす形になり、

 背後の冒険者たちが思わず身を引いた。


 空気が軋み、どこかで誰かが唾を飲む音。

 酒と血の匂いが混じり合う。


「……おい、ダルゴ。大丈夫か? なんかコイツ、おっかなくねぇか」

「は? ただの門外の新入りかなんかだろ。馬鹿にされたまま引き下がれっかよ」


 ダルゴは椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。

「その目……気に入らねぇな」


 ざわり、と周囲が動く。

 武器に手を伸ばす者、賭け金をせり上げる者。

 熱と狂気が一気に酒場に広がった。


「おい! 蒼穹亭と門外で五対五の模擬戦やろうぜ!」

「おっ、面白ぇ! 誰が出るんだ!?」


 野次と歓声が入り混じり、

 《蒼穹亭》は一夜の闘技場と化していく。


 マインはメルザーと目を合わせ、肩をすくめた。

「……やっぱり蒼穹亭は好きになれないわ」

「この歳でガキのお守りは辛いのぉ……」


 ダルゴが挑発的な笑みを浮かべ、ロアスに視線を向ける。

「よーし、決まりだ! 選ばせてやる。お前ら、木刀か真剣か……どうする?」


(どうやら、コイツ等を黙らせなければ、ギルド長に会うことはできないようだな)


 ロアスは片腕を伸ばし、視線で空気を変える。

「なら、素手だ」

 低い声が酒場の喧噪を押し潰す。


 ダルゴの顔が歪む。

「お? 殴り合いか? 顔がわからなくなるまでボコボコにしてやるよ!」


「いや、お前等は真剣でも何でも好きにすればいい」

「は?」

「俺は素手。そして、一人でやる。お前等は束で好きなだけかかって来い」


 歓声にも似た嘲笑と拍手が上がる。挑発の音だ。「ヒューッ!」「カックイイ!」


「調子乗ってんな。おい、模擬戦部屋を空けろ」

 ダルゴが剣を床に叩きつけ立ち上がる。


「ダ、ダルゴさん。良いんすかね? あの部屋勝手に使っちゃあ……」


「うるせぇ、朝までに片付けときゃバレねぇ。俺の言う通りにしとけ!」

「は、はい」


 顎でついてこいと指示をしながら奥の部屋に入っていく。

 周囲も武器を手に取り賭け金をせり上げる。


「ロアスさん、やめて! あの連中、全員B等級以上。ダルゴは蒼穹亭イチのA等級よ!」


「そ、そうじゃぞロアス殿、さすがにこれはヤバいぞ。ワシ等も加勢――!」

 メルザーとマインが身体を張って止めようとするが、レオスがその二人の肩を掴んで制した。

「ちょ、どうしたのレオス?」

 焦る二人に、レオスは口元を歪め、肩をすくめた。

「ま、大丈夫だ。アイツに任せとけ」


 そのまま気にせず酒場の奥へと歩みを進めるロアス。

 模擬戦部屋は――血と鉄と汗の匂いが混じる、戦いの残滓に満ちていた。

 剣傷だらけの板壁にこびりついた血痕が残り、藁人形と擦り切れた木剣が無造作に寄せられた、古びた稽古場の趣だった。

 そこにぞろぞろと八人ほどの冒険者がロアスを取り囲む。その後方から残りの冒険者等と、レオス、ネロ、マイン、メルザーは見守る。


 ダルゴが剣を抜き放ち、瞳孔を見開き、親指で喉を掻き切る仕草をしながら叫ぶ。

「へへ、血祭りにしてやる!」


 ダルゴが飛び出す。

 ――刃が閃いた。


 最初の一撃は予想よりも速い。鋼の風がロアスの頬をかすめる。

 続いて群れを成して襲いかかる男たち。普通なら捌けるはずがない――だが、その「普通」は数秒で崩れた。


 ロアスは片手で刃を受け止め、受け流す。

 衝撃は彼の腕を伝って消え、逆に相手の体勢を崩す。

 そのまま的確に顎を、鼻っ面を、拳で、肘で叩きつける。

「――ギャッ!」「――グエッ!」

 次々とノックアウトしていく。

 鈍い衝突音。床板が軋む。


「はぁ? どうなってんだ……」


 誰かが呟いた。

 歓声が一瞬、凍る。


 ロアスの動きは、まるで“重心そのもの”が敵を操っているかのようだった。

 一歩動くたび、刃の軌道が逸れ、力が抜けていく。

 素手でありながら、その拳は鎧を叩き潰し、体ごと床へ沈めた。

「ヤバ……あれ、生身かよ?」


「喰らえッ! ――《餓狼双剣斬がろうそうけんざん》!!」

 ダルゴの咆哮が響いた。

 両手の剣が獣の牙のように交差し、弧を描く。

 踏み込みと同時、二本の刃が唸りを上げて襲いかかる――速い。

 その軌跡は目で追えぬほどだった。


 ロアスは一瞬、瞳を細める。

 (剣、見失った――)


 次の瞬間、甲高い衝突音が響いた。

 素手と剣が正面からぶつかった音だ。

 辛うじて刃を受け止めたロアス。その腕を伝い、筋肉の奥まで震わせる。

 押し込まれた床板が軋み、足元の埃が舞う。


 「死ねぇッ!」

 ダルゴが吠え、もう一振りの刃が頭上から振り下ろされる。

 双剣の軌跡が狼の牙のように重なり――迫る。


(見えた)


 しかし、その瞬間。

 ロアスの手が動いた。

 片腕で斬撃を受け流し、指先で柄をはじく。

 鈍い金属音とともに剣が宙を舞った。

 視線がそれを追った刹那――


 もう一方の拳が、閃光のように走る。

 鈍い衝撃。

 ロアスの拳がダルゴの肋を貫き、空気を吐き出させる。


「ぐ、がはっ……!」

 膝が崩れ、ダルゴの体が床を打つ。

 双剣のうち一本が、乾いた音を立てて転がった。


 沈黙。

 それが、やがてざわめきに変わった。

「何が起こった……」「今素手で真剣を受け止めたぞ……!」「マグレだろ!?」


 戸惑いながらも襲いかかる冒険者たち。

 ロアスは投げ、掴み、地面に叩きつける。

 刃を振るう腕をねじり、関節を極め、床に沈める。

 血飛沫はわずか。だが呻き声だけが、部屋に散らばっていった。


「ロアスさんって……何者!?」とマインから驚愕の声。

「ほんと、それ……」ネロは頭を抱える。だが声は歓声に飲み込まれた。


 一体、二体──五体。

 倒れ伏す男たちの間を、ロアスは歩く。息一つ乱さず。

 残ったのは、ダルゴとわずかな取り巻きだけだった。


「て、テメェ……!」

 ダルゴは顔を歪め、剣を握りしめる。

 だがその手は震えていた。

 ロアスが一歩、また一歩と近づく。

 踏みしめる音だけが響く。


「下っ端倒したくらいで……調子に乗るな」

 しかし、声は震えていた。自分の体が言うことを聞かない。ロアスの視線が、まるで獣に見据えられたように感じた。


「俺はこれからが、本気だ!」

 叫びとともに飛びかかるダルゴ。

 ロアスはその刃を躱し、柄を掴み、逆手にひねって奪い取る。

 その勢いのまま、ダルゴの肩を掴み、床へ叩きつけた。


 鈍い衝撃。

 ダルゴは呻き、動かなくなる。


 酒場が爆発したように沸いた。

 歓声、賭け金の叫び、罵声、どよめき――すべてが渦巻く中、ロアスは静かに立ち上がる。

 ただ一度、倒れたダルゴを見下ろす。

 その目に宿るのは、怒りでも嘲りでもない。

 “警告”だった。

 ――次は容赦しない、と。


 そのとき。

 酒場の扉が開く。


「――おい」


 扉が軋み、冷気のような声が流れ込んだ。

「ア、アーヴィンギルド長……!」

 その名を呼ぶ声に、誰もが凍りつく。


「よ、予定より随分お早いご帰還で……」


 模擬戦部屋で倒れ込む冒険者たちを一瞥し、口を開く。


「……状況を、説明してもらおうか」


 場の熱は一瞬で引いていた。

 ダルゴの取り巻きが蒼白になり、観衆は息を潜める。

 ロアスの静けさとは異なる威圧感がその場を支配していた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。

皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ