第73話:サレフ司祭の決意
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。
彼らは交易都市ノクティアへ向かう途中、盗賊団ブラックペリルの奇襲を受け、フィンが攫われてしまう。
冒険者ギルドで情報を集めたロアスたちは、仲間の冒険者を雇い、ブラックペリルの手掛かりを追ってノクティアの教会へと辿り着く。
そこで明かされるのは――栄砂団とブラックペリルの、衝撃的な繋がりだった。
蝋燭の明かりが、静まり返った室内を淡く照らしていた。
書棚には古びた聖典と巻物が積まれ、壁際では風に揺れた幕が、ほの暗い影をゆらめかせている。
マインが一歩前に出て、深く息を吸った。
「司祭様……一つお願いがあります」
「なんでしょう?」
サレフは柔らかく応じる。
「この街の外れで、孤児たちを見つけました。
ブラックペリルと栄砂団に家族を奪われ、街を追われ、盗みを働いていた子たちです。
砂門亭で一時的に保護していますが、長くは置けません。……教会で引き取ってもらえませんか?」
サレフの瞳が揺れた。
「……孤児を? それも、栄砂団に?」
「はい。彼らが“反抗者の家族”として処分されたと、子どもたちは言っていました」
マインの声には、怒りと無力感が滲んでいた。
司祭は静かに目を伏せ、唇を結んだ。
蝋燭の炎が揺らぎ、その横顔を金色に染める。
「やはり……そうでしたか」
「“やはり”?」
マインが問い返す。
「結論から言うと、これ以上孤児を預かることは今はできません。ご期待添えず申し訳ない。
ここ数か月、教会に駆け込む孤児の数が急増しているのです。
そして、栄砂団が“保護”を名目に引き取った子どもたちは、二度と戻ってこない。
彼らがどこへ消えたのか――誰も知らないのです」
ロアスが低く呟いた。
「……奴隷にでもしてるのか?」
「さぁ、それはわかりません。
ですが、英雄の名を盾に、非道なことが行われている可能性は高い。
ただ、教会の財政も限界に近いのです。孤児たちを受け入れることはできますが、彼らを養う資金は……」
「そう……ですよね」
マインが俯く。
サレフはその視線を受け止め、まっすぐに言った。
「だからこそ、私は彼らを失脚させなければならないのです。
今、動かなければ、この街は本当に“グラファルの街”になる」
司祭は立ち上がり、ロアスたちを見渡した。
その瞳には、年老いた男の中に宿る烈火があった。
「三か月に一度行われる“六門評議会”……そこで、私は栄砂団を告発します」
その一言に、ネロが眉を寄せ、マインは息を飲む。
サレフの声は穏やかだったが、そこに一切の迷いはなかった。
「評議会の場で告発……」
メルザーが不安そうな顔になる。「司祭よ、そんなことをすりゃ――栄砂団を完全に敵に回すことに……確実に命を狙われるじゃろう?」
「危険は承知の上です」
サレフはきっぱりと言い切った。
「おい、六門評議会ってのは、なんだ?」
レオスが首を傾げる。
「このノクティアの政治は、六人の代表によって構成される“六門評議会”によって運営されています。
六人――聖杯教会代表の私、栄砂団長、冒険者ギルド長、魔術師ギルド支部長、商人ギルド支部長、そして豪族。
全員が拒否権を持ち、意見が過半数以上で初めて決議が下される」
「……四人以上が賛成すりゃ通るってわけか」
レオスが腕を組む。「三対三に割れたらどうなる?」
「その場合は、市長が裁定を下します。
ですが、市長は――グラファルの傀儡です」
ネロが低く唸った。
「つまり、三対三に持ち込まれた時点で詰みってことだな」
「ええ。そのため、彼を失脚させるには、四人の同意を得なければ勝機はありません。
ですが、豪族はすでに栄砂団の庇護下にあり、直近はグラファルの利のある法案ばかりが通ってしまっています。
豪族以外の三人の代表――商人ギルド、魔術師ギルド、そして冒険者ギルドの皆さんを説得するしかありません」
メルザーが腕を組んだまま問う。
「で、その根回しは、済んでおるのか?」
サレフは苦い顔をして首を振った。
「本来ならそうしたかった。しかし、教徒の保護と調査に追われ、動けませんでした」
「機会を見計らって、次の会で告発しても遅くはないのでは?」
ネロが静かに言う。
司祭の表情が陰を帯びた。
「真実を知り過ぎた信徒たちが、先日ブラックペリルに消された――その件はお話しましたね。
次の会で、私はグラファルの手によって“職務不適格”として解任案を出されるでしょう。
三対三に割れれば、私は失脚する。
そうなれば次の席には、グラファルの息がかかった者が座る。そうなれば、本当に手に負えなくなる。……だからこそ、次で動くしかないのです」
重い沈黙が落ちた。
マインが小さく息を呑み、ネロが目を伏せた。
サレフは静かにロアスへと視線を向けた。
「――そこでお願いがあります」
ロアスに各ギルド長宛の三通の書状を手渡した。
「この件を、可能性のある三人の代表に伝えてほしいのです。
私が直接会えば動きを読まれます。ですが、あなた方なら自然に接触できる」
「俺たちが……?」
ロアスが眉を上げた。
「ええ。ブラックペリルを追うのであれば、彼らに情報を乞うのが最善でしょう。
その時、私が語ったことを、それとなく伝えていただきたいのです。
彼らの良心に、まだ“信仰”が残っていると信じています」
そう言いながらサレフは更にロアスに一つの糸を手渡す。
「……これは?」
「私が持っている唯一のブラックペリルの物的手がかりです。これは先日殺められた教徒の遺体に絡まっていた糸です」
「……これは、間違いねぇ。クラウスとかいう野郎が使ってた“人を操る糸”だ。
ドラゴンの鱗を繊維化した、とかぬかしてやがったな」
レオスは砂漠での戦いを思い出す。
「何かの役に立つかもしれません。念の為、あなたたちにお渡ししておきます」
ロアスはしばし沈黙したのち、静かに頷いた。
「……わかった。各ギルドに向かう。ブラックペリルの手掛かりを探しながら、あなたの想いも伝えよう。しかし、俺の目的はあくまでフィンの救出。それが終われば、好きにさせてもらう」
サレフは深く息を吐き、わずかに微笑んだ。
「ありがとうございます。それで構いません。もし私の告発が通らなくても、言葉は議事録として残る。
それを読んだ誰かが、次に立ち上がるかもしれない。
私は――信仰を言葉ではなく、行いで示したいのです」
ロアスは拳を握り、低く呟いた。
「俺は……神なんてものを信じてはいないが、あんたの勇気と決意、それは伝わった」
ネロがロアスに提案をする。
「……司祭様の言葉、胸に刻みます。
さて、宿を探さないと。手始めに、ノクティア冒険者ギルドの本部《蒼穹亭》に行ってみよう。そこなら今晩宿泊もできるし、ギルド長とも話ができるかも」
レオスが眉を上げる。
「冒険者ギルド長って、ドルマンじゃねえのか?」
マインとメルザーは顔を見合わせ、少しぎこちなく微笑んだ。
「違う違う。ドルマンは砂門亭の支部長だ。本部は――蒼穹亭。そこのアーヴィンギルド長が、蒼穹亭、砂門亭の両方の責任者だ」
サレフも微笑み、言葉を添える。
「皆さん少し変わった方々ですが……信念を持った素晴らしい方です。真摯に話せば、きっと力になってくださるでしょう。どうかよろしくお願いします」
マインは苦笑いをする。
「アーヴィンギルド長が厳格で怖いっていうのもあるだけど……アタシ、そもそも蒼穹亭の雰囲気自体、そんな好きじゃないのよね……」
「ワシもじゃ」とメルザーも大きく頷く。
「え、何、なんかあるの?」
ネロはそう言いながら、レオスと共にキョトンとした顔になる。
「うーん、下品で荒っぽい感じ? ま、行ってみればわかるわよ」
「どちらにしても、行くしかないだろう」
ロアスはそう言いながら部屋の外へ通じる扉に手を掛ける。
「司祭、邪魔したな」
「司祭様、色々教えてくれてありがとうございました!」
マインがお辞儀をし、皆が後に続き部屋を出ていく。
蝋燭の炎が、音もなく揺れた。
その光の中で、サレフは深く頷き、祈りの印を結んだ。
「神の導きが、あなた方にありますように」
隠し部屋から出た一行。大きな聖杯が飾られた礼拝堂。ネロは短く目を閉じ、かすかに手を合わせた。
「……少しだけ、祈らせてもらう」
その小さな祈りに、扉の外で見守っていたシスターは柔らかく微笑み、そっと頷く。
「どうかお気をつけて。あなたたちに神のご加護があらんことを」
その後、ロアスたちは蒼穹亭へ向かうため、ノクティアの中央街へと足を踏み出した。
中央街を抜け、広い市街地を歩き続けた。思った以上に街は広く、坂道や広場、行き交う人々に足を止められながら歩いているうちに、いつの間にか空は茜色に染まり、夕暮れの街灯が点き始めていた。
※10/27 台詞を一部追加しました。
→サレフ司祭が孤児を受け入れらないことを明確にした。
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