第71話:平和を護る栄砂団
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。
彼らは交易都市ノクティアへの道中で盗賊団ブラックペリルの奇襲を受けフィンが攫われてしまう。冒険者ギルドで情報を仕入れ、冒険者を雇った一行は、奴らの手掛かりを握るノクティアの教会を目指すことにした。
ロアスたちが朝一番に訪れた関所へ、再び戻ってきたのは昼過ぎのことだった。
関所から続く列は、朝よりもさらに長く伸びている。熱を帯びたざわめきがあたりを包み、砂埃が空気を濁らせていた。
彼らは列の最後尾に加わり、ようやく一息つく。
しばらくすると、遠くから歓声が沸き起こった。
「栄砂団の凱旋だ!」
「賊討伐から帰ってきたぞ!」
割れんばかりの声に群衆はどよめき、黄色い嬌声さえ混じる。
道の中央を檻を積んだ馬車が進んでくる。鉄格子の中では山賊が縄に縛られ呻き声を上げ、その後ろから堂々と騎馬の兵が連なっていた。――この街ノクティアを守る自衛組織、栄砂団である。
人々は脇へ押しやられ、彼らの行列だけが関所を素通りして城門の奥へ進んでいく。
先頭には涼やかな笑みを浮かべた女剣士。腰の剣を軽く叩きながら、群衆に手を振った。
「フリージア様だ!」
「お美しい……!」
怪訝そうに集団を見つめるロアスとレオスへ、マインが囁く。
「あれがフリージア・ヴァルハイト。魔術も剣術も卓越した文武両道、栄砂団二枚看板の一人よ」
その隣には巨躯の狼獣人。明るい笑みを浮かべ、豪快に手を振っている。
「隊長ー! ドーベン隊長だ!」
「おかえりなさーい!」
メルザーが補足する。
「もう一人の二枚看板、ドーベン・ルグリフ。亜人種ルガンの追跡隊長にして、市民からも人気の高い豪傑じゃ」
「亜人種……ルガン?」とロアスがつぶやく。
「亜人種にはエルフ族やドワーフ族など、人間以外の血を宿す種族が含まれる。その中に獣人族がおり、さらに細分されておる。猫ならフェリン、兎ならラパン、そして狼がルガンじゃ」
メルザーは続ける。
「だが、亜人は文化も歴史も人と違いすぎて、人間との共存は難しいとされてきた」
ロアスは毛並みに覆われた巨躯をまじまじと見やる。砂門亭で投げかけられた黒騎士の言葉が脳裏をよぎった。
『……貴様。ただの人間には見えん。何者だ』
(もしかすると、俺は亜人の一種なのか……?)
そのとき、周囲から市民の声が飛ぶ。
「グラファル様は亜人族差別を撤廃なさろうとしている!」
「迫害されていたドーベン様を救ったのはグラファル様だ!」
「清く公平な政治を敷かれる、真の指導者だぞ!」
熱狂に満ちた声は崇拝に近く、ロアスたちは圧倒される。
そして最後尾に現れたのは、金糸を施した鎧に身を包み、聖人のような微笑みを湛える男。
「グラファル様だ!」
「万歳! 栄砂団万歳!」
住人が誇らしげに告げる。
「あの方こそグラファル・アルステイン。二年前の就任以来、悪政を正し、賊を討伐し、治安を取り戻した英雄!」
市民の喝采が最高潮に達したその時――。
「殺せぇっ!」
何本かの弓矢がグラファルへと放たれる。
キン、キィンッ!
しかし矢はすべて、ドーベンの剣によってはじき落とされた。
「臭うぜ……群衆に紛れたネズミの臭いがなぁ!」
さらに群衆の中から刃が閃く。賊の残党が紛れ込み、栄砂団へ襲いかかったのだ。悲鳴が走る。
「皆の者、案ずるな! フリージア!」
グラファルの声に応じ、フリージアが剣を抜いた。蒼い刃が閃く。
「ぎゃ!」「うっ!」「ぐわ!」
賊を次々と斬り伏せる。その舞うような剣さばきに群衆は息を呑んだ。
「動かないで」
最後の一人に剣先を突きつけ、彼女は微笑みながら低く呪文を唱える。
その瞬間、フリージアの瞳が淡く光り、そのまま囁くように問う。
「あなたは何者? 仲間がまだいるのなら教えて」
捕らえられた男は目が虚ろになり叫んだ。
「お、俺は復讐者だ……仲間は、この人混みに……アイツと、コイツ……そして、十二番地区にも潜伏している……!」
男に指し示めされた人に視線を向け、フリージアは笑みを溢した。
「ありがとう。正直者の罪は軽くしてあげるわ♪」
フリージアは笑顔でみぞおちに柄を叩き込み、男を昏倒させた。
「くそ、なんでバラすんだよっ……!」
指し示された男達が群衆に紛れて逃げる。だが、ドーベンは嗅覚で即座に察知した。
「逃げても無駄だぜぇ!」
馬を蹴って疾駆し、人混みを縫って賊を捕らえる。豪快に笑いながら縄で縛り上げる姿に、歓声が爆発した。
「フリージア様ぁぁー!」
「ドーベン隊長ぉぉー!」
混乱のただ中、グラファルは群衆を安心させるように朗々と声を響かせる。
「恐れるな。我らが必ず守ろう。――ノクティアは皆の力で築く未来なのだ」
その慈愛に満ちた言葉に、市民は涙を流し、声を合わせる。
「グラファル様万歳! 栄砂団万歳!」
圧倒的な熱狂を前に、ロアスはただ立ち尽くした。
マインが苦笑して肩をすくめる。
「どう? これが栄砂団。あたしたち冒険者には政治はわかんないけど……人気は本物よ」
レオスもネロも言葉を失う。市民の熱狂はもはや信仰に近く、ロアスの胸に言いようのない違和感が広がっていった。
喝采と歓声は、しばらくの間、空を突き抜けるように続いた。
フリージアとドーベンが賊を縛り上げると、群衆は新たな波となって沸き返る。
ようやく一行が城門の奥へと消えていくと、熱狂は名残惜しそうに尾を引き、次第にざわめきへと変わっていった。
だが人々の顔に浮かんだ熱に浮かされた笑みは消えず、今もなお「栄砂団万歳」「グラファル様万歳」と繰り返し口にしていた。
「……なんか、すごいものを見ちまったな」
レオスが小さく漏らす。
ネロは腕を組んだまま、珍しく口数を失っていた。
ロアスは胸の奥に冷えた石を抱えるような違和感を覚え、群衆の顔をもう一度見回す。子供が涙を拭いながら笑っている。老人が手を合わせ祈り続けている。まるで王の帰還ではなく、神の奇跡でも拝んだかのように――。
(……熱狂、というより……信仰に近い)
「おーい、列が動くぞ!」
誰かが声を上げ、ようやく関所の長蛇が前へと進み始める。
⸻
マインがロアスの肩を軽く叩いた。
「やっと、私たちの順番だわ」
ロアスは小さくうなずいたが、まだ考え事をしていた。
この街を支配する栄砂団――人々の信頼は揺るぎなく、英雄譚のように語られる彼ら。
もし、彼らが倒さねばならない敵だったとしたら?
自分の力を振るえば、容易に殺せるだろう。
だがそのとき、この群衆は悲しみに暮れ、そして自分を憎む。
本当に、それを受け止められるのか?
ならばいっそ、街の人間ごと消し去り、ウェイシェムのような廃墟を作り上げるのか?
その時、俺は……どうするのだろう。
正しい判断とはなんだ。
フィンなら……?
列はじりじりと進み、門の巨大な影が彼らを覆う。
衛兵の鋭い視線が前方から注がれ、緊張が高まる。
(……奴らが敵でないのなら、今は考えるだけ無駄だ)
ロアスはそう結論を下し、通行証を取り出した。
検問を進め、関所を抜ける。
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