第70話:盗みを働く者たち
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。
彼らは交易都市ノクティアへの道中で盗賊団ブラックペリルの奇襲を受けフィンが攫われてしまう。冒険者ギルドで情報を仕入れ、冒険者を雇った一行は、奴らの手掛かりを握るノクティアの教会を目指すことにした。
ロアス一行らが示されたのは、表面が風化した古い石造りの建物だった。
軋む階段を三階まで上がると、そこには六、七名の少年少女が身を寄せていた。年端もいかぬ子が何人も混じっている。部屋の隅には、財布や飾り物、銀貨や指輪のような金目の品が無造作に積まれていた。
ロアスが前に進み出ると、子供たちは一斉に身を縮めた。
「通行証を返してもらう」
その声は淡々としていたが、切実さがにじんでいる。
リーダー格の少年が、通行証を盗ったらしい子に鋭く詰め寄った。
「おい、お前、尾行されてたんじゃねえのか?」
「え、そんなはずは……」
小さな声が震える。
リーダーは舌打ちしてから渋々と声を張る。
「……仕方ねぇ。その人たちに返せ」
震える手で子が通行証を差し出す。
「……ご、ごめんなさい。返します」
ロアスは受け取り、その場に立ち尽くす子供たちをしばらく黙って見つめていた。言葉は落ち着いていたが、どこか重い。
「随分あっさりだな」
レオスが拍子抜けした声を漏らす。
マインが口を挟んだ。
「他の盗品は? それは返さなくていいの?」
ロアスは首を横に振る。
「俺たちの物さえ戻ればいい。他人の裁きは、俺たちの役目じゃない」
一行は言葉少なに三階を後にした。
⸻
だが一階へ降りようとしたとき、薄暗い広間に立ちふさがる影があった。木の棒や短剣を構えた子供たちが、下り口を塞いでいる。
「大人は信用できねぇ! 叩きのめしてやる!」
彼らの叫びと同時に突進が始まった。
だが、相手は十代にも満たない子らだ。肉体派の冒険者たちに敵うわけがない。
マインが槍先で武器を弾き飛ばし、レオスが素早く回り込んで組み伏せる。メルザーは刀で突進を受け止め、ネロは素手で棒をへし折った。最後にロアスは直立不動のまま、彼らを制した。
「……貴様ら、いい加減にしろ」
ロアスの圧に押され、子供たちは次々と武器を落とし、堰を切ったように泣き出した。
「……!?」
突然の涙に、ロアスは一瞬たじろいだ。
「な、なんなんじゃ? この童共は」
メルザーは一先ず刀を背中にしまった。
⸻
ロアス達は、泣き止むのをただ黙って待ってきたが、痺れを切らしたレオスが啖呵を切った。
「チッ、泣いてちゃわからねぇよ」
その言葉に怯えながらも、小さな声で呟いた。
「お金がない、から……」
その言葉にマインが反応する。
「お金がない? キミたち家族はいないの?」
子供たちは泣き出しそうになりながらも答える。
「……もう、いない」
レオスは苛立った感情を抑えようと深呼吸をし、子供たちの目線に合わせ声をかけた。
「どういうことだよ。事情があるなら話してみろよ。お前らノクティアの市民じゃねぇのかよ」
子供たちは震える声で事情を語り始めた。
「ノクティアに住んでた……。でも、あの盗賊団……ブラックペリルが……ママとパパを殺したんだ。僕たちの″じゅうみんぜい″っていうのが払えなくなったとかで。だから僕たちは街にいられなくなって……」
言い慣れぬ単語を噛むようにして、ひとりの子が懸命に説明する。
「僕もそんな風に言われた。栄砂団がブラックペリルを撃退してくれるって信じてたのに、僕らはブラックペリルに襲われたんだ」
そのまま別の子が続ける。
「他のみんなも、同じようなもんだよ」
ネロは怪訝そうな表情で子供たちを見つめる。
「ノクティアの税ってそんなに高いんだ」
すると、リーダーの少年が口をひきしめ、重い声で言った。
「けど、変なんだ。うちの親父は最後まで税金は払ってたんだ。それなのにある日、栄砂団の兵士が来て、″裏切り者″って言って連れていったんだ。それっきり帰ってこなかった」
「私の家もそう。後からだけど、危険思想を持った人物だっていう理由で処刑されたって聞かされた」
声は震え、目は潤んでいる。
子供たちの証言はところどころ食い違い、断片的で齟齬がある。だが共通しているのは――
″ブラックペリル″か″栄砂団″によって家族を失ったという点だった。
(ノクティアの英雄……。前情報とここで聞く内容が一致しない……この街で一体何が起こっている?)
ロアスは疑問に思った。
マインが子供たちに向かって、気丈に声を張った。
「よし、アタシたちがブラックペリルをとっちめて、真実を暴いてやる!」
子供たちの目がぱっと輝く。
「ほ、本当に?」
だがレオスはすぐに制した。
「おい、マイン。無責任な約束はするな。こういうガキは下手に優しくするとつけ上がる。まずは状況を整理して、安全に動ける手を考えよう」
「えー? でも放っておけないよ。こんな目に遭わせておいて黙ってられるか!」
マインの顔は怒りで紅潮している。
レオスはマインのその表情に亡き彼女の妹レイヤの面影を見て、複雑な心情になる。
(そういや、レイヤもそんな風に面倒事に首を突っ込みたがる性格だったな)
メルザーも歯軋りしながら頷く。
「……ワシも、この違和感は気になるのう。調べる価値はある」
ネロは平静を保ち、話をまとめる。
「まぁ、でもまずは現実的に動こう。ひとまず子供たちをギルドに連れていくんだ。ギルドなら孤児でも荷物持ちや使い走りで食わせるくらいはできる。その後、関所を抜けて司祭様に報告だ。ブラックペリルと栄砂団を追うのはそれからでいい」
「俺はフィンを救い出して聖都へ行くのが先だ。栄砂団の件はその後、余裕があれば――だ」
ロアスは平静を保ちつつ、自分の目的を繰り返した。その表情はぶれなかった。
子供たちはまだ震えていたが、少しだけ安堵の色が差したように見えた。
ロアスたちは彼らを伴い、薄暗い建物を後にして、再びギルドへと向かっていった。
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薄暗い街路を抜け、ロアス一行は子供たちを伴ってギルドへ戻った。建物に入ると、昼下がりの陽光が差し込む広間に、他の冒険者たちが忙しなく動き回っている。
「あら? アンタたち、何か忘れ物……じゃないわね」
一行を迎えたドルマンは、後ろに並ぶ子供たちを見て顔をしかめた。
ロアスたちが簡潔に事情を話すと、ドルマンはため息をつく。
「はぁ……面倒なことを引き受けちゃったのねぇ」
手を腰に当て、眉をひそめて子供たちを見下ろす。その視線には苛立ちと茶目っ気が入り混じっていた。
「で? どうするつもりなのよ、こんな小僧どもをいきなり連れてきちゃって。ここ、孤児院じゃないんだけど」
「ちょっとの間だけよ! 本領に入ったら司祭様か孤児院に話つけておくから!」
マインは言い返すように背筋を伸ばした。
子供たちは緊張と期待が入り混じった表情で広間に足を踏み入れる。他の冒険者たちも立ち止まり、好奇心と驚きの入り混じった視線を向けた。数名がにこやかに声をかけ、軽く手を振る。
ドルマンは腕を組み、ため息をつきつつも笑みを浮かべる。
「……仕方ないわねぇ。荷物持ちや雑用くらいなら、あんたたちでもできるでしょう。それができるならちょっとだけ預かってあげるわ」
マインはしゃがみ込んで子供たちに目線を合わせ、耳打ちのように小声で言った。
「ふふっ、よかったわね! いい子にしてなさいよ。悪いことしたら、あのオカマおじさんに食べられちゃうわよ」
「なにがオカマおじさんよ。失礼しちゃうわ」
子供たちは小さく笑い、少し安心した様子でドルマンのもとへ歩み寄る。
ロアス一行は改めて事情を話した。ブラックペリルに家族を奪われたこと、栄砂団の兵士が不意に現れたこと、街で何が起きているのか知りたいこと。
ドルマンはじっと聞き、眉間に皺を寄せていたが、口を開くと軽やかに言った。
「なるほどねぇ……お話、よくわかったわぁ。実はここ最近、行方不明の捜索依頼が増えてるのよぉ。街のあちこちで、家族が帰ってこないって泣いてる人が多いのぉ」
指で地図をなぞりながら、情報を補足する。
「ノクティアの一部地区では、ブラックペリルの影響下にある場所もあるわぁ。栄砂団の活動は、公式には護衛と撃退ってことになってるけど、街の一部では混乱も見られるのよぉ。アンタたちが見つけた子供たちの話も、どうやらこの流れと繋がりそうねぇ」
「ブラックペリルと栄砂団、消された親の子供たち……その繋がり」
広間では、子供たちが早速雑務に馴染み始めた。水差しを運ぶ者、封筒を配る者、ギルド内の簡単な掃除を手伝う者。それぞれが不慣れながらも、冒険者たちに励まされ、少しずつ堂々と動けるようになっていった。ドルマンも時折口を出しつつ、優しく見守る。
「ふふ、あんたたち、なかなかやるじゃないのぉ」
ロアスは黙って頷き、少し考え込む。街全体の混乱と子供たち、何かつながりがありそうだ。
ギルドの広間で少しの時間を過ごし、子供たちは冒険者たちに迎え入れられ、手伝いや雑務をこなし始めた。ロアス一行は、通行証を手に、再度関所へ向かうのであった。
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