第69話:関門前での取引
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。
彼らはウェイシェムを後にし、キャラバンと共に交易都市ノクティアを目指すが、その道中で盗賊団ブラックペリルの奇襲を受ける。
ロアスとレオスは、攫われたフィンを救うため、ノクティアの関門街でブラックペリルの跡を追うのだった。
冒険者ギルド“砂門亭”の二階の部屋で一泊したロアス一行。朝の光が窓から差し込み、木製の床板を淡く照らしている。階下からは、朝食を済ませた客の笑い声と、ドルマンの甲高い声が混ざり合い、二階まで響いていた。
階段を降りてきた五人に、ドルマンが手を振る。
「おはようございます。ロアスちゃんたち、こちらが関所通行証ね。依頼達成のための関所通過に必要だから、忘れないでよ。それと、聖杯教団のノクティア教会の司祭、サレフ・エルダールへの紹介状も用意したわ」
ロアスが手を伸ばし通行証を受け取る。
「……助かる」
すると、カウンターの空席からフードを羽織った細身の男がふわりと立ち上がった。胡散臭い笑みを浮かべ、揺れるように近づいてくる。
「ぬふふふふふぅん。アナタですねぇえ? ″記憶のない最強男″は」
「なんだ貴様は」
ロアスは自然と身構えた。
「あら、ごめんなさ〜い。たまたま聖都からアルちゃんが来ててね。少しだけロアスちゃんのお話をしてたのよ」
ドルマンは肩をすくめ、くすくすと笑った。
ネロが目を見開く。
「こ、この人、見たことある! もしかして魔術師協会の副会長!?」
「ええ、そうとも、そうですとも。更に魔術師ギルド統括もしている、アルベルト・フェルヒトと申します」
ぺこりと深く一礼する。隣では、長い緑髪を腰まで垂らした女性が素早く席を立ち、無表情で礼をする。
「砂門亭の皆様、初めまして。同じく、魔術師協会のノイエッタ・ジークリードと申します」
前髪の隙間から透き通った円形状のイヤリングが覗き、冷徹な視線がロアスに突き刺さる。
アルベルトはわなわなと手を動かし、目を輝かせながらロアスを凝視する。
「しかし……実に、本当に興味深い。是非とも、是が非にでも君のことを調べ尽くしたいのだが予定がな……うーむむむ。まぁ、いいや!君、今日私の研究室に来なさ――ボヘっ!」
その瞬間、背後から分厚い魔術書の角がアルベルトの頭に直撃。
「そんなわけにはいきませんよ。我が国の各地域から上級魔術師をノクティアに緊急招集しています。すっぽかす訳にはいきません」
冷徹な声で制したのは、ノイエッタ・ジークリードだった。二十代前半の若さながら、鋭い視線と力強い腕に容赦はない。周囲の客も一瞬、息を飲む。
「いやはや、ジークリード君。あんな瑣末な件、君だけで進めてくれ――ゴヘッ」
再び魔術書で殴られ、アルベルトは声にならないうめき声を上げる。
「バカ言わないでください。魔術師界に大きな影響を与える件です。私のような若造ではなく、ギルド長たる貴方からきちんと説明していただかないと収集がつきません」
ノイエッタがすっとギルド長の耳を無造作につまみ、容赦なく引き寄せる
「いた、いたたたた。わ、わかった。では髪の毛、彼の頭髪だけでも回収させてくれ」
ノイエッタの氷のような顔が嫌悪感に満ちた表情を見せる。
「気持ちが悪い……。これ以上の粗相は、会長に報告しますよ?」
アルベルトは必死に腰を引き、手をもじもじさせながら、声を上ずらせる。
「じゃあ、ジークリード君、せめて、彼の体液が染み込んだ布切れで――ブヘッ!」
再び分厚い魔術書の角で軽く叩かれ、思わず小さな悲鳴を上げる。
ノイエッタの鋭い視線がアルベルトを捉える。眉一つ動かさず、目線だけで周囲の空気を張り詰めさせる。
「貴方様は協会を代表してノクティアに来ています。立場をわきまえてください」
ノイエッタは、アルベルトを軽く押すようにして立たせる。肩に触れることすらためらわず、氷の壁のように微動だにしない。
「ロアスくん! キミの身体、今度しっかり調べさせてねぇえ!」
そのままノイエッタに促され、アルベルトは扉の外へ押し出される。ふわりと後ろへ飛ばされるかのような、コミカルな立ち姿である。
一行の視線は自然と二人に注がれる。ロアスは眉をひそめ、ネロは少し笑みをこぼす。マインとレオスは顔を見合わせて苦笑し、メルザーも顎を撫でながら目を細めた。
「ノイエちゃん、アナタも大変ね」
ドルマンは小声でつぶやく。
「いえ、私などは全然。お気遣い痛み入ります。ハルベック様、朝食ご馳走様でした。それでは」
ノイエッタは軽く一礼し、静かに砂門亭を去った。ドルマンは二人の背を見送りながら、肩をすくめて苦笑まじりに手を振る。
「……なんだったんだ、あれは」
ロアスは呆気にとられた表情でつぶやく。
「さ、アナタ達の朝食も用意してるわよん! 食べたら出発なさい」
ドルマンが朗らかに声を上げる。テーブルに並ぶ温かな料理の香りが漂い、一行の緊張もほどけていった。
腹を満たしたロアス一行は荷をまとめ、関所へ向けて歩みを進める。こうして、ノクティア本領へと続く新たな一日が始まった。
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砂門亭を出て、関所へと続く関門街に足を踏み入れると、早朝にもかかわらず大通りは人でごった返していた。荷馬車がぎしぎしと軋みを上げながら進み、旅人や冒険者が押し合いへし合いすれ違う。商人たちは声を張り上げ、商品の値を競い合い、そこかしこで口論や笑い声が飛び交っていた。
そんな喧騒のただ中を進んでいたときだった。
ふいにロアスの肩に軽い衝撃が走った。痩せた子供がぶつかり、慌てて頭を下げると、人混みに紛れてあっという間に駆け去っていった。
「……子供か」
ロアスは気にも留めず歩を進めた――だが、その瞬間すでに袋の中身は消えていた。
やがて彼らは関所前に到着した。そこには荷馬車の列が長蛇を成しており、一行もその最後尾へ並ぶ。
レオスが目を細めて声を上げた。
「うひゃー、遠くから見てもすごいと思ったが、実際に近づくと圧巻だな」
「ノクティアはこの地方じゃ大きな交易都市だからね。密入品を防ぐために検査も厳しいのよ」
マインが肩をすくめると、ネロが首を傾げる。
「でも、そんな都市にブラックペリルはどうやって入り込んでるんだろう……?」
雑談を交わす中、ロアスは腰の袋にそっと手をやった。次の瞬間、表情を変えぬまま短く言葉を漏らす。
「……ない。通行証が、ない」
一行はすぐに周囲を見回したが、すでに人波は散り、犯人の影はどこにも見えなかった。
「ちっ、スリかよ! 気づけなかった……」
レオスが悔しげに拳を握る。
そのとき、豪奢な衣装をまとい、扇で口元を隠した女が音もなく近づいてきた。切れ長の目に冷徹な光を宿し、紅を差した唇が艶やかに歪む。
「あら、不用心ね。通行証を盗まれたのでしょう?」
ロアスが眉をひそめる。
「……誰だ」
「ハサーラ・ラパナ。しがない商人ですわ」
女は舞台女優のように裾を摘み、優雅に一礼した。
「これは忠告だけれど、大事なモノって言うのは、誰かに取られちゃわないように常に自身の目に届くところに仕舞わないといけないわよ」
少し小馬鹿にしたように言うラパナ。
その言葉にふとフィンのことをよぎったが、通行証の話だと認識し、気にせず言葉を返す。
「……そのようだな。身を持って知った」
「ふふ、素直でよろしい。でも貴方様は幸運ですよ。私の特質魔術なら、その通行証の在り処を示せます。ただし――」
「ただし?」ロアスが目を細め、低く問い返す。
「契約と対価は必ず頂きます。商人ですから」
ラパナは扇を口元にあて、涼しい笑みを浮かべた。
レオスは眉をひそめ、舌打ちを漏らす。
「……金取るのかよ」
「当然でしょう?」ラパナは即答した。「貴方方にとってそれは大事な物のご様子。それを取り戻すのなら、払うのは仕方のないことではなくて?」
「……今は手持ちがない」ロアスが小さく首を振る。
ラパナの目が細く光り、懐から契約書を取り出す。羊皮紙に金の縁取りが施されたそれは、ただの紙とは思えぬ重みを放っていた。
「出世払い、でもよろしいわよ。機が来ましたら私から取立てに参りますわ。それでよければ――こちらにご署名を」
「機が来たら……?」ロアスは訝しげに眉を寄せた。だがすぐに、視線を伏せて呟く。
「俺は……文字の書き方がわからない」
沈黙が落ちる。レオスが舌打ち混じりに紙を奪い取るようにして、渋々署名した。
「……ったく、仕方ねぇな」
「同じ場所から発行された通行証を貸してくださる? 同じ素材のものを追跡します」
ラパナが白い指先を差し出す。
ネロは自分の通行証を渡した。ラパナはそれを手に、扇をひらりと振る。
「――索材の糸」
すると空気中に光の糸が現れ、蛇のようにうねりながら一点を指し示した。
「通行証は……北西の空き家の三階にありますわ」
ラパナはネロに通行証を両手で丁寧に返す。
「あっちか……」
メルザーはそうつぶやき、顎に手を当てながら目を細める。
「商人さん、ありがとな。行くぞ、皆」
レオスは一目散に飛び出した。
「あ、ちょっと待ってよ」マインは慌ててラパナに向き直り、深々と頭を下げる。
「えーと……ラパナさん、ありがとうございました」
そう言って駆け出すと、ロアスやネロ、メルザーもそれに続く。
残された路地に、ラパナとその側近だけが残った。
「ラパナ様、素性も分からぬ連中の揉め事に首を突っ込んでよろしいのですか?」
側近が小声で問いかける。
するとラパナは喉の奥を鳴らしながら含み笑いをし、瞳に商人らしい光を宿す。
「ふふふ。私ね、さっきの蒔いた種は、きっと大きな実になる気がしますの」
「……それは、何故です?」
「商人としての勘……と言っておきましょう」
ラパナは扇を閉じると、踵を返した。「さ、マノス。我々は関所を抜けますよ」
「は、ラパナ様」
マノスと呼ばれたその男は大きな荷車と共に関所の中へと向かった。
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