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最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第四章 〜交易の街〜「ノクティア編」
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第68話:砂門亭に響く杯

〜前回までのあらすじ〜

 記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。

 彼らはウェイシェムを後にし、キャラバンと共に交易都市ノクティアを目指すが、その道中で盗賊団ブラックペリルの奇襲を受ける。

 ロアスとレオスは、攫われたフィンを救うため、ノクティアの関門街でブラックペリルの跡を追うのだった。

 夜の喧噪がまだ残る酒場で、ロアス一行はマインとメルザーに勧められるまま、宿泊の手続きを済ませた。

 この関門街の冒険者ギルド″砂門亭″は酒場と宿が一体になっており、依頼を終えた者がそのまま腰を下ろし、酔いつぶれれば部屋に運ばれる――そんな雑多で泥臭い便利さが、この場所の魅力だった。


「ほらほら、交流会よ! 飲むわよ!」

 マインが威勢よくジョッキを掲げ、メルザーも髭を揺らして大声を上げる。

「何が交流会じゃ。飲みたいだけじゃろ。

 ま、そりゃワシもじゃがな! 若い衆、乾杯じゃ!」


 カラン、とジョッキがぶつかる。


「で、ネロってどこの支部だっけ?」

 レオスが身を乗り出す。


「僕は渡り歩きだね。定住してる支部はないんだ。行った先で登録を更新して、受けられる依頼を請け負うって感じで」

 ネロは少し気恥ずかしそうに答えた。


「へぇ、根無し草タイプか。それはそれで自由で羨ましいもんじゃの」

 メルザーが豪快に笑い、酒をあおる。

「ワシらみたいに、この関門街支部で腰を落ち着けちまうと、もう砂漠と喧嘩しながら死ぬのがオチじゃからな」


「私はここの常連みたいなもんよ。依頼は山ほどあるし、更新料も安くはないけど……ま、悪くない街だと思う」

 マインが肩を竦める。

「そういえば、レオスくんは今まで何してたの?

 もう覚えてないかもだけど、アタシがあの街を出て行った後、君たち、アタシを追っかけていつか皆で冒険者をやるって言ってたのよ」


 そこで、レオスが静かに口を開いた。

「……ああ、覚えてたさ。俺は、あのあと南の街であいつら――レイヤ、ナディたちと冒険者をしていた。レイヤと俺はB等級、ナディや他のパーティメンバーはA等級まで登り詰めたんだ。でも三年程前、ちょっと色々あって……俺は除籍手続きをして冒険者をやめた」


「それって……」

 さっきの話では、そいつらは死んだはず――。

 そう思って口を開こうとしたロアスだが、ネロに無言の視線を感じ、口を噤むことにした。

 酒場のざわめきが一瞬遠のいたような気がした。

「色々って……?」

 マインは聞いたが、レオスは言うかどうかを迷った上で回答した。

「まぁ、この依頼が終わったらちゃんと話すさ……」

「……」

 ロアスは黙って杯を見つめていた。人の感情や繋がりというのはまだよくわからない。ただ、相手の身内の死を伝えるには言いようのない勇気が必要であること。それはこの場に座っているレオスの姿からロアスは学びとれた。言葉にならない場の雰囲気を感じたのだ。


「まあまあ!」

 ネロが空気を変えるように笑ってジョッキを掲げる。

「とりあえず今は飲もう! せっかくの出会いなんだから!」


 ロアスはジョッキを掲げながら、胸に引っかかっていた疑問を口にした。

「聞くが……さっきから“Bだの”“Aだの”とはなんなんだ?」


「ああ、ロアスはまだ知らんのか」

 メルザーが豪快に笑って説明を始める。

「冒険者には等級があっての。依頼の達成率やら報酬額、依頼人からの評判なんかで上下する。強さだけじゃなく、信頼も必要ってわけじゃ」


「順番は下からE・D・C・B・A・Sだな」

 マインが指折り数える。

「EとDは駆け出し。命を落とす方が早いなんて言われるくらい危なっかしい。

 Cになれば一人前扱い。冒険者人口としてはこの辺が一番多いんじゃないかしらね。

 Bは熟練者。この辺からは信頼と実績がついてくるわね。地域の緊急事態でギルドの招集をされることもあるわ。

 Aは国内でも有数の実力者で、貴族や政府から直接依頼が来ることもある」


「そして、最上位がS等級」

 ネロが口を挟んだ。

「国境を越えて活動できる特権を持ち、歴史に名を残すような事件にも関わる。いわば冒険者の伝説さ」


「……伝説、ね」

 ロアスは呟き、奥の部屋をちらりと見やった。先ほど黒鎧の男が入っていった扉だ。


 その時だった。

 重々しい金属音と共に扉が開き、黒騎士が姿を現した。


 酒場のざわめきが一瞬、凍りつく。

 彼の歩みに合わせ、空気が厳かに張り詰めていった。


「ハルベック」

 低く抑えた声が、場の喧噪を断ち切った。

「俺は明日にでも出立し、依頼人を連れて国を出る。馬車の手配と、出入国の許可証を用意しておけ」


「そう言うと思ってもう手配してるわよん」

 カウンターの奥で、ドルマンが涼しい顔で書類の束を持ち上げる。


 黒騎士の背後には、一人の男が控えていた。

 砂埃に汚れた外套の下から覗く衣服は、上質な絹地に金糸の刺繍が施された高価なもの。明らかに貴族の身なりだ。

 男は周囲に一礼し、言葉もなく黒騎士の後ろに従っている。


 黒騎士は書類を無造作に袋へ押し込み、そのまま出口へと歩を進める。そんな後ろ姿に手をひらひらと振り見送るドルマンのオヤジ。


「気を付けて行ってらっしゃいね〜」


 扉の前で、不意に足を止めた。

 隻眼の瞳がロアスを一瞥する。


 胸がざわつくような視線だった。

 怒りでも憎しみでもない。ただ、そこに在るだけで人を突き落とすような重さ。ロアスは思わず拳を握った。


 次の瞬間には扉を開け、その姿は宿屋から消えていった。


 残された静寂を、レオスの低い声が破る。

「……けっ、S等級様はお忙しいこったな」


 その皮肉に、緊張していた空気がわずかにほどけ、酒場のざわめきがゆっくりと戻っていった。


「黒騎士が直接依頼を受けるってことは、やっぱりあの依頼人も只者じゃないってことだよね」


 ネロが感心したように言うと、マインも笑いながらジョッキを掲げた。

「まったく、ちょっと近くにいただけで心臓が跳ねるわよ!」


 メルザーは豪快に顎を撫で、にやりと笑う。

「ワシも昔はあんな冒険者を憧れたんもんじゃて。……今は違うがの」


「……お前たちの等級はどうなんだ?」

 ロアスが疑問を口にすると、メルザーが話し出した。


「ワシの場合は、実力は″A″なんじゃがのう……。年行って気づいたんじゃわい。毎日酒を飲んで長生きするには、B〜Cくらいの依頼を続けるのが丁度良い。じゃから、ワシはあえてB等級にいるんじゃ」


「そうなのか」

 ロアスは納得したように頷く。そこにぼそっとマインが付け加える。

「な〜に負け惜しみ言ってんのよ。毎年Aに昇級できなくて愚痴こぼしてんじゃない」


「ご、ごほん。あれはのう……嘘じゃ」

 赤面して言うメルザー。


「はぁ!? 見苦しいわよ、このジジィ!」

 マインがツッコむ。


 場がどっと笑いに包まれる。

 ロアスも思わず口元を緩めた。


「ま、かくいうアタシもB等級よ。アタシの場合、十年続けてこんなもんね」


 ロアスは思わず口元を緩めた。

「……等級ってのは、個人の強さ以外にも関係するのか?」


 そんな質問にネロが答える。

「腕前だけでなく、依頼の達成率や依頼人からの評価も大きく影響します。だから……恥じない働きをしないと」


 その真面目な言葉に、空気が少しだけ引き締まった。マインはネロに質問する。

「ネロくんは若いのに確かもうB等級よね?」


「そうですね。一応」

 少し遠慮しながら言うネロ。


「若いのに大したもんね!」

 マインはネロの背中を叩く。


 そんなネロはレオスを見て感心したように言う。

「はは、でもレオスくんの方がまだ全然若いのに、三年前すでにB等級だなんで、大したもんだよ」


「え?」と一同が驚く。


「ネロ、お前何歳?」

 レオスは驚きながら質問する。


「あ、僕24歳だよ。確かレオスくんは21歳だっけ?」

 ネロはあっけらかんと言う。

 

「あー、童顔だ……っすね」

 レオスは取り繕うように言葉を捻り出す。


「いやー、もうタメ語でいいよ。幼くみられがちなのは昔からだからねー」

 ネロは笑顔で応える。


「だ、だよなー。ははは……」と頭をかきながら苦笑するレオス。


「ま、レオスくんがちょい老け顔ってのもあるかもね〜」

 マインは茶化すように言い、メルザーは笑う。


「ちょ、マインさん、大人びてるって言ってくれません?」

 レオスは軽口を返した。


 そんな中、マインはロアスに視線を向ける。

「そういえば、アタシ、まだあなたのこと何も知らないわ。せっかく依頼してくれたんだもの。あなたのこと、教えてくれる?」


「あら、私も聞きたーい」

 ドルマンが割って入り、場を賑やかにする。


「もう仕事はいいの?」

「ちょっとだけならいいのよん。もうあの子だけで入客は回せるからね」

 そう言うと、ドルマンはメアの方を親指で指す。メアは小走り気味に店内を周り、テキパキと後片付けを進めていた。


 ロアスは静かに口を開き、レオスとともに話し始めた。

 ――タルゴポリ村で目覚め、以前の記憶がないこと。

 ――神子とレオスの出会い。

 ――ウェイシェムでの出来事。


 話すたびに、酒場のざわめきの中で、一行の視線がロアスに集まった。


「へー……あの街に未練はなかったけど、まさかウェイシェムがそんなことになってるなんてね……」

 マインは驚きを隠せないでいた。


「少なくても……ウェイシェムの一件は魔術師ギルドと聖杯教会辺りに報告しておくべきじゃな」

 メルザーは顎を撫でながら言う。


 そして、ロアスはそのまま話を続ける。

 ――キャラバンに拾われたこと。

 ――ブラックペリルにフィンを攫われたこと。


「その盗賊団、個々の魔具フェルマの能力を初め、目的がわからないのも恐ろしいわね」

 マインは声を唸らす。


「じゃが、その娘が用済みになった時が心配じゃな。金が目当ての奴らなら『メネスの瞳』とやらを使ったあと奴隷として売り捌くことも考えられるのう」


「奴隷……か」

 幼少期奴隷として売られ酷い目にあったというアテネの話を思い出し、陰を落とすロアス。


 その雰囲気をぶち壊すかのようにドルマンは甲高い声を上げる。


「はいは〜い。一方的に話させるなんて失礼じゃない? ロアスちゃん、お話ありがとうね。アタシはもう仕事に戻るけど、今度はアンタたちが自分の話をしておきなさいよォ」

 ドルマンはマインとメルザーの肩を叩き、その場を後にする。


「そうね。アタシたちのことも話さなきゃ。特にメル爺はどえらい冒険譚あるのよね」


 しばし笑いながら酒を飲む一行。

 その間にも、マインとメルザーは自身の冒険譚を交えて話題を膨らませる。


「昔、砂漠を渡ってたときの話……」

 メルザーが顎髭を揺らして語り始める。

「死にかけた依頼も数知れずじゃ。とにかく、B級ってのは下っ端でもなく英雄でもなく、酒場で愚痴をこぼすにはちょうどいい立場ってわけじゃ」


 マインが笑う。

「B級の依頼は危険なものが多いわ。C級以下の駆け出しには任せられない仕事も多いし……でも、だからこそ面白いのよね」


 レオスは静かに笑い、ネロも感心した顔で聞き入る。

 ロアスはその様子を見ながら、等級が単なる強さの指標ではなく、経験や信頼も含むことを理解し始めた。

 心の奥で焦る気持ちはある――フィンを早く助けなければ――だが、今は仲間を募り、情報を集めるしかない。

 交流を重ね、心を潤す。焦りを抱えながらも、それが今の自分にできることだと、ロアスは静かに思った。


 夜は賑やかで、どこか切なさを含みながら、静かに更けていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。

皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。

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