第67話:酒場で交わす契約
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、自らの記憶を探す旅に出た。
彼らはウェイシェムを後にし、キャラバンと共に交易都市ノクティアを目指すが、その道中で盗賊団ブラックペリルの奇襲を受ける。
ロアスとレオスは、攫われたフィンを救うため、ノクティアの関門街でブラックペリルの跡を追うのだった。
「チッ、あの野郎……どういうわけかロアスの強さを見抜いていやがったな」
黒騎士の影が消えた扉を睨みつけながら、レオスは舌打ちをする。
酒場のざわめきは戻りつつあったが、その胸の奥にはまだ冷たい針が刺さったような緊張が残っていた。
「もう、ヒヤヒヤさせんな!」
マインが小さく肩をすくめて笑い飛ばす。
ネロは真面目な声でレオスに釘を刺した。
「レオスくん。ああいう相手には軽々しく挑まない方がいいよ。命がいくつあっても足りない」
「けっ、なにがS級だ。誰が下郎だ。カッコつけやがって……いつか、絶対見返してやる!」
レオスは拳を握りしめ、悔しそうに歯を食いしばった。
「ふん。いけすかぬやつなのはワシも同感じゃ」
メルザーも大きく頷く。
そのやりとりを見ていたマインが、ジョッキを揺らしてくすりと笑った。
「でも、あれが冒険者の憧れる存在。性格はともかく、あの実力と迫力は本物よ。女子人気があるのもわかるわ」
メルザーは呆れたように頭を振る。
「まったく、戦場でどう姑息な真似してるやらわからん若造に、女子が夢中とは……世も末じゃ」
その横で、ネロがロアスに視線を向ける。
「あの黒騎士が一目置くってことは……ロアスさん。あなた、やっぱり相当なんだね」
ロアスは小さく肩をすくめた。
「……あんなのに目を付けられても、素直に喜べんな」
(しかし……奴は俺の力をどこまで感じ取った? 俺自身わからんというのに)
レオスが口を尖らせて言い放つ。
「黒騎士がどんだけ強ぇか知らねぇけどよ。ロアスより強いってことはまずねぇ。こいつの強さは桁外れだからな」
「ほぉ、それは頼もしいことじゃ。是非ともワシらと一仕事して欲しいもんじゃの」
メルザーが笑い、ジョッキを掲げた。
その時、ドルマンが奥から戻ってきて、わざとらしく咳払いをした。
「おやまぁ、すっかり盛り上がってるじゃないの。で? アンタらは酒も頼まず、ここでただ井戸端会議ってわけ?」
ロアスが何か言いかけるのを、レオスが手で制した。
「ロアス、急がば回れだ。まずはここの流儀に従うんだよ。酒を飲みながら情報を掴むのが筋ってもんだ」
「むぅ……そういうものか」
「その通りっ!」
メルザーが給仕に大声で呼びかける。
「おーい、メアちゃん! こっちに酒を追加で持ってきてくれぃ!」
「はーい、ただいまお持ちしまーす!」
元気そうなメアの声が遠くの席から飛んできた。
「……黒騎士への依頼の話はもういいのか?」
ロアスの単純な疑問にドルマンは軽く答えた。
「そんなこと考えなくていいの。さ、あんたらは自分たちのことだけ考えてちょうだい」
ジョッキが配られ、乾いた音を立ててぶつかり合う。
笑いが戻る中、束の間、自己紹介も兼ね話に花を咲かせる。
冒険者ギルドの簡単な説明。
マインとメルザーの説明。
そんな中、ドルマンは皿を拭きながら、ちらりとロアス一行を横目に見た。
「……で、あんたら。本題はなに? ただ飲みに来たわけじゃないんでしょ」
ロアスは低く答えた。
「ある連中の情報を探している。盗賊団――ブラックペリルだ。奴らに攫われた仲間を取り戻しに行く」
その名を出した瞬間、メルザーが眉をひそめ、マインの手が止まる。
ドルマンの口角が、わずかに上がった。
「へぇ……面白いわね。実は最近、関所の周辺で妙な噂が飛び交っててねぇ」
布巾を軽く振りながら、彼は声を落とす。
「特別に教えてあげるわ。ネロちゃんやマインちゃんの顔に免じてね――あいつら、ノクティアの《本領》に潜ってるらしい」
「……その情報、確かなのか」
ロアスは冷静な口調で言う。
「確かかどうかは知らないさ。聖杯教会がそう睨んでる、って話。ただし栄砂団は完全否定してるけどね。街の“英雄様”だし、ノクティア市民はあっちを信じるだろうさ」
レオスが唸った。
「じゃあ、どっちが信用できるってんだ?」
「情報を信じるかどうかは“人”を見て決めることね。聖杯教団自体どうかは知らないけど、ノクティアの司祭――あれはアタシの旧友だ。奴の言葉なら、アタシは信じる。……どうしても気になるなら、本領に行って直接会ってみれば?」
レオスの顔が険しくなる。
「本領って言ったって通行証がなきゃな……」
「あら、そんなのある程度金を積めば発行してくれるわよ」
ドルマンは簡単に言うが、ロアスが眉をひそめる。
「今は待ち合わせがない……そして、稼いでいる暇もない。明日にでも本領に行ける方法はないか」
そんなロアスたちにマインがすかさず口を開く。
「じゃあさ、あなたたち、ここに依頼書を出しなさいよ。そうすればギルドとして正式に動けるし、私たちも手を貸せる」
「依頼書? どういうことだ?」
ロアスが眉をひそめる。
メルザーが顎髭を撫で、にやりと笑った。
「要するにだな――依頼って形にすりゃ、お前さんたちも堂々と関所を通れるってことよ」
皆の視線が集まり、ドルマンは布巾を放り投げて大きくため息をついた。
「ったく……また面倒ごとを背負い込む気かい。ギルドの名で通行証を切るってのは、それなりに“責任”が伴うんだよ」
だが次の瞬間、口の端をわずかに上げてみせる。
「……まあ、マインちゃんやメルザー、それにネロちゃんが噛んでるなら、まったく無茶ってわけでもないか。いいさ。依頼票を出しなさい」
ドルマンはカウンターから羊皮紙を取り出し、ロアスに突き出した。
「はいはい、依頼票。ここに『ブラックペリルからの人質奪還』って書きな。依頼者欄はアンタらの名前。……依頼は依頼人が正式に金を積むことで成立する。わかる?」
「金……?」
ロアスが眉をひそめる。
「当たり前じゃないの。冒険者ギルドは慈善事業じゃないのよォ? 依頼人が報酬を出して、それをギルドが預かって、成功したら冒険者に払う――それが筋」
「……俺たちに払える金はない」
「すぐにとは言わないわ。ま、お金が揃い次第ここにお金を入れてちょうだいね。で、マインちゃん、メルザー、あんたら依頼もせんとゴロゴロして、最近更新料をちっとも納めてないわよね」
「ぐっ……!」
マインが顔を引きつらせ、メルザーは盛大に咳払いをしてごまかす。
ドルマンはにやりと笑った。
「ちょうどいい機会じゃないの。未納分まとめて清算しときな。ほら、報酬からキッチリ引いてあげる」
「おいおい……俺ら、いいように利用されてないか? なぁ、ロアス?」
レオスがジョッキを置き、思わずぼやく。
マインとメルザーは仕方ないと言わんばかりに腰を上げた。
「仕方ないわね! 一丁働いてやりますか」
「冒険者の世界は持ちつ持たれつじゃ! その依頼受けたるわい」
するとネロは小さく手を挙げる。
「あれ、ボク、ギルドの皆さんのためにお手伝いに来たんですけど、大丈夫ですか?」
ドルマンは満足そうに依頼票を回収しながらネロに言う。
「大丈夫。私たちのことは気にしなくていいわよん。だってその子の連れが誘拐されている方が大事ですもの」
「あ、わかりました。ありがとうございます」
感謝するネロ。そんな二人にロアスもレオスも頭を下げる。
そして、依頼書を確認したドルマンは印を押す。
「はいっ、これで契約成立っと。依頼者はマインとメルザー。実行部隊はアンタら一行。ギルドが通行証を発行してやるから、明日にでも関所は通れるわ。……いいわね?」
「……フィンを救うためだ。仕方ない」
ロアスは小さく息を吐き、頷いた。
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