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最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第二章 〜無法のスラム〜「ウェイシェム編」
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第5話:暴力が支配するスラム街

〜前回のあらすじ〜

記憶を失い、目覚めた男・ロアス。

そんな中、″神子″と呼ばれる少女と、力を求める男との出会い…!

ロアスの記憶を求め、目指すは国の中心、聖都アルセディア!今、運命の旅が始まる!!

 森を抜けた三人は、しばらく小道を進んでいた。小川が流れる丘の上、空は高く澄んでいる。


 沈黙の中、先に口を開いたのはフィンだった。


「このまま東の街道を抜けて、聖都アルセディアを目指そう。聖堂に行けば、ロアスさんの記憶についても何か手がかりがあるかもしれないし……」


 彼女の視線はロアスに向けられていたが、当の本人は無表情に空を仰いでいるだけだった。


 すると、レオスが鼻で笑った。


「悪いが、それは危なすぎるな。お前、その顔…、もといその異形の角のこと考えたことあるか?」


 ロアスの顔を一瞥し、レオスは淡々と続ける。


「この辺の村人や兵士どもは、奇抜な奴を見るとすぐ“魔物”だの“呪われた者”だの騒ぐ。まして聖都付近は騎士団の監視が厳しい。途中で止められたら面倒なことになる」


「……」


 ロアスはやはり反応しない。ただ、軽く視線をレオスに投げただけだった。


「フード付きのマントを買うとしても……」

 フィンが逡巡するように言いかけたところで、レオスが指を立てて遮る。


「ああ、それもある。もう一つ、俺の顔もまずい」


「……え?」


「この辺の村は、昔ちょっと荒らしたことがあってな。山賊として。まぁ、何人かぶん殴ったくらいだが、自警団に顔が割れてる。聖都まで真っすぐ向かえば、そのあたりを通る羽目になる」


「あなた、何をやってたの……?」


 フィンは呆れたように言うが、レオスはその言葉を無視して、腕を広げながら続けた。


「だから俺の提案はこうだ。

 北東に逸れて、《ウェイシェム》を通る。そこから回り道して聖都を目指す。真っ直ぐ東に向かうわけじゃねぇから、少し遠回りにはなるが、騎士団や自警団とも鉢合わせない」


「……ウェイシェム? あの、犯罪都市って呼ばれてる……? 村の人たちはよく私に言い聞かしていました。例えなにがあっても、あの街に近寄ってはならないって」


「よく知ってるじゃねえか。確かに“お利口で素直な子”には行かせられねぇ場所かもな。あそこは法も秩序も信仰もない。あるのは暴力だけだ」


 レオスの声が、どこか懐かしむように沈んだ。


「俺の故郷だ。」


「だから、そんなひねくれた考え方に…」


 フィンは、呆れと戸惑いを混ぜた声で呟き、どこか憐れむようにレオスを見た。


「余計なお世話だ! ……いや、ちげえな。そうじゃなくて……だから俺は、そこの地理にも詳しいし、何より……あそこには情報がある。旅人、傭兵、密売人、追われ者。いろんな連中が行き交ってる。ロアスの過去も、もしかしたら何か掴めるかもしれん」


「だからって、そんなところにわざわざ入るなんて……! ねぇ、ロアス、あなたも嫌だと思いますよね?」


 フィンは助けを求めるようにロアスを見上げる。だがロアスは反応せず、ただじっとフィンを見つめた。


「暴力が法の街だぜ。そいつの力を持ってすれば、むしろ嫌がる理由なんてなにもねぇだろ」

 

 ロアスがわずかに目を細めた。興味を示したのか、それとも単なる日差しへの反応かはわからない。


「だ、だからこそ心配なんです!記憶も、善も悪もわからないロアスさんが、悪い人たちに唆されてまた…人を殺さないか…」


 レオスは少し面倒くさそうに肩をすくめた。


「まあ…行くなら、一つだけ肝に銘じとけ」


 レオスの声が低くなる。


「“ゾディ”って名前の男がいる。今のウェイシェムを裏から牛耳ってる化け物みたいな奴だ。あいつにだけは絶対に逆らうな。生きて街を出たければな」


 フィンはしばらく沈黙し、ロアスの顔を見、それからレオスの真剣な眼差しを見つめた。


「はぁ……私は嫌ですけど、本当に行く気なんですね。理由は納得しました。……"外"の世界に関しては、レオスさんが一番詳しいですし…従います。」


 フィンはどこか諦めたように、しかし言葉を選びながら、答えた。それを聞き、レオスが笑みを浮かべる。


「ただ、レオスさんが最初にトラブルを起こしましたら、置いていきますからね!」


「へっ!上等だ」


 レオスはニカッと笑った。

 ロアスは、いつものように何も言わず、ただ一歩、先を歩き始めた——かに見えたが、ふと立ち止まり、振り返る。


「質問していいか?」


 唐突な声に、フィンは一瞬きょとんとしてから、目を輝かせた。


「えっ、なに!? なんでも聞いて!」


「……何人か殴ったことがあることで、なんでマズイんだ? あと、レオスは“ひねくれ者”なのか?」


 その場に、しばし沈黙が落ちた。


 フィンは顔をしかめて天を仰ぎ、ため息をついた。


「……もう全部一から説明しなきゃダメな気がしてきました」


 レオスは肩をすくめ、笑いを噛み殺す。


「はは、やっぱ面白ぇな、この化け物は!そうだよな?人を殴るなんて何の問題もねぇよな!」


「……レオスさんは、ちょっと黙っててくれます?」


 そうして三人は、何もをわからないロアスに説明しながら北東の荒野へと、歩みを進めていった。


〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓


 夕暮れ時。腐った鉄の臭いが風に混じる中、三人はウェイシェム南門の前に立っていた。

 門の両脇には、肩に革を巻いただけの粗暴な男たちが数名。

 いかにも門番の体裁を取っていたが、制服も紋章もない。ただの地元の荒くれ者だ。


「通行料だ。銀貨三枚。なけりゃ引き返せ」


 門番の一人が口を開いたとたん、フィンが「えっ?」と戸惑った顔をする。

 だが、その肩を制すようにレオスが一歩前に出た。


「はいはい、今出すよ。ちょっと待てって」


 気だるげに言いながら、レオスは腰の袋から小さな革袋を取り出す。

 中の銀貨を数枚、片手でコロコロと転がしながら、門番の視線をしっかりと見据えた。


「ほらよ。五枚。通行料と、お前さんの晩飯代ってとこだな」


 にやりと笑いながら、掌の銀貨をゆっくりと門番の前に掲げる。

 門番が無言で手を出すと、わざと時間をかけて、その手のひらに銀貨を一枚ずつ落としていく。


「なあに、ただの旅人さ。余計な詮索はナシってことで、な?」


 門番は一瞬フィンとロアスに視線を流し、不審そうに目を細めたが、

 銀貨の重みを確かめると、鼻を鳴らして脇へ退いた。


「……通れ。中で何されても知らんぞ」


「ありがとよ」


 レオスは軽く肩をすくめて応じ、三人は門の中へと足を踏み入れた。


 そのすぐ隣で、フィンはレオスをじっと見上げていた。

 納得できないといった目で、少し眉をひそめる。


「……そういうの、慣れてるんだね」


「まぁな。世の中、口より金が早いってこともある」


 レオスが気軽に返すと、フィンは小さくため息をついた。

 ロアスは何も言わず、ただそのやりとりを横目に見ていた。


 門をくぐると、急に空気が変わった。

 湿った獣の臭い、鉄錆のにおい、どこからか流れてくる焼け焦げた煙──それらが入り混じり、鼻腔を刺す。


 道という道は泥と汚水でぬかるみ、建物は石と木片を適当に組んだような掘っ立て小屋ばかり。

 小屋の隙間からは獣か子どもか、判別できない声が絶え間なく響いてくる。


 人の目も違った。

 通りを行き交う者たちの誰もが目を合わせようとせず、代わりに手元の武器や荷物を固く握っている。

 やせ細った男が影からこちらをうかがい、すぐさま背を向けて逃げる。女たちは無表情に手を差し出すが、視線はどこか遠くを見ていた。


「……まるで、何かが腐ってるみたい」


 フィンが小声で呟いた。マントの裾を握りしめ、目を伏せる。

 けれど、レオスはその隣であっけらかんと笑っていた。


「そうだな。でもここが“現実”だよ、神子様。

 綺麗事も正義も、この街じゃ食い物にならねぇ。誰も助けてくれねえし、誰も信じちゃいねえ。……だがな」


 レオスはぐるりと首を回し、街の空を見上げた。

 天井のない廃墟のようなこの場所にも、夕日が射している。


「それでも、生きてる奴らは、みんなしぶとく笑ってる。それがウェイシェムの流儀さ」


 ロアスはというと、淡々と歩みを進めていた。

 だが、彼の金の瞳がしばしば建物の陰に光る影をとらえ、かすかに細められていた。

 敵意か、観察か、それとも過去の記憶が反応しているのか──誰にもわからない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。

皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします


〈修正履歴〉

※9/6 「」や場面転換のフォーマット統一

※7/22 文字の重複等修正

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