第63話:歩を刻む想い
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱した後、キャラバンのメンバーとして行動し、交易都市ノクティアを目指す。
そんな中、盗賊団ブラックペリルの奇襲により、一行は魔具『メネスの瞳』を奪われ、フィンを攫われた。
「……これで、俺のどうしようもない物語は、ひとまず終わりだ」
静まり返った天幕の中で、エレカが口を開いた。
「カルネリア村で、あなたとダラスが言い争っているのを見かけたわ。あれは……メネスの瞳の件だったのね」
マルバスは頭をかきながら苦笑する。
「……ああ、そうだ。あいつは二人きりになるたびに、取引を持ちかけてきたが、それを断っていた」
ネロが納得したように小さく頷いた。
「父上の形見であり、バルトグランデ家にとって秘宝……そんなもの、簡単に手放せるわけがありませんよね」
マルバスは首を振り、言葉を継いだ。
「ネロの言う通りだが、魔具が惜しかっただけではない。私は……恐れていたのだ」
レオスが眉をひそめる。
「恐れていた?」
「ダラスは、『メネスの瞳』をアテネ様に使おうとしていると言っていた。だが、もしまた白目を剥き、死にかけるようなことが起きれば……次は助からないかもしれない」
声を落とし、彼はさらに告げる。
「伝承にはこうある。『記憶を真に欲する者にしか力は及ばない』と。だが、私にはアテネ様が過去を求めているようには見えなかった。客と価格交渉し、金勘定に熱心で、楽しげに笑う姿こそ、本来のアテネ様なのではないか、と……」
ロアスが口を開いた。
「昨日、アテネと話した。彼女がどこまで本音を語ったのかは分からない。だが、『過去を知るのが怖い』と、そう言っていた」
マルバスは頭を抱え、呻くように呟いた。
「だから渡せなかったのだ……そんなアテネ様に、あれを使うなど到底できなかった」
レオスは顔を背け、苛立ちを隠さず吐き出す。
「……気持ちはわかる。だが、潔く渡していたら――仲間を危険に晒すことも、フィンが攫われることもなかった。違ぇか?」
深く頭を下げるマルバスの姿があった。
「レオス君の言う通りだ。俺の選択が甘かった。本当に申し訳ない」
レオスは舌打ちし、肩を揺らした。
「……謝れって言ってるわけじゃねぇ。ただ……ちくしょう」
苛立ちの行き場を失う少年の姿に、天幕の空気は重く沈む。
やがて、ネロが慎重に口を開いた。
「整理したいんだけど……今わかっている限りでは、ブラックペリルという組織はペラーナさんという、団長の妹さんが率いていたんだよね。だとしたら、彼女が何かしらの行動で悪事と見なされ、自警団に追われて処刑された……そういうことになる」
マルバスは首を振る。
「ペラーナが悪事を働くとは思えない。必ず裏があるはずだ」
ロアスがふと思い出したようにマルバスに告げる。
「その妹と直接関係があるかはわからないが……。
気になったことがある」
「なんだ、兄弟」
「アテネから聞いた話だ。これから向かうノクティアには『栄砂団』という強力な自衛組織があると聞く。聞き違いでなければ、一年前に就任した団長の名が『グラファル』というらしい……。さっきアンタの過去話に出た名と一致するな」
マルバスが目を見開く。
「……なんだと。ファラス近衛兵団にいたグラファルか……同一人物であれば、ファラスのその後について、なにか聞けるかもしれんな」
エレカも思い出すようにして言葉を継いだ。
「確かに、ファラス家の今については謎が多いわね。
公の場で話題に上る家ではないけれど……本当に、その名を耳にしなくなったもの」
しばし沈黙が落ちる。
やがて、ロアスが切り出した。
「これからのことを考えたい。
キャラバンはすぐに出発できそうか?
負傷者も多数だ。停泊するのなら……俺はキャラバンを降りてでもノクティアに向かう」
マルバスはきっぱりと答えた。
「いや、フィン嬢ちゃんのこともある。
怪我人の手当ては最優先するが、停泊はしない。
もし、ここで停泊すれば、また別の賊や魔物に襲われかねん。
幸い、馬車は無傷だ。予定通り三日後、ノクティア関門街まで送り届けてやる」
レオスが腕を組み、息を吐いた。
「そこに着いたら、俺とロアスでフィンを探す。
ブラックペリルの居場所を突き止めてな。
……アンタらは?」
マルバスは目を閉じ、一度だけ深く息をついた。
「フィンの件は胸が痛む。だが、俺は団長だ。今はキャラバンを率い、ノクティア関門街に滞在するのが務めだ。団員の治療と休養を取りつつ、少しばかり商売もするつもりだ」
彼は小さく息を呑み、言葉を足した。
「個人的なことだが、ブラックペリルの情報も探るつもりだ。兄として何もしてやれなかった償いに……アイツの周りで何が起きたのか、知っておきたい。
……グラファルと話す機会がもし得られるなら、ファラス家についても聞いてみたい。何か掴めたら、共有する。気が向いたら顔を出してくれ」
エレカは複雑そうな表情を浮かべながらも、言葉を選んだ。
「私もフィンちゃんのことは気になるけど、ノクティア支部の魔術師ギルドから召集を受けているの。それに、怪我人の看病も手伝いたい。だから、情報を得られたら皆に伝えるわ」
ネロは二人に目を向け、にやりと笑った。
「レオス君、ロアス君。ボクは冒険者ギルドに顔を出さなきゃならないんだ。手掛かりを探すなら、そこに来るといい」
ロアスが首を傾げる。
「ギルド……?」
「冒険者たちが集まって、依頼を受けたり情報を回したりする組織さ。怪しい連中の噂も流れやすい。要は、酒場兼役所みたいなもんと思ってくれればいい」
ネロは簡潔に答えた。
レオスが手を叩く。
「なるほどな! ロアス、まずはそこに寄ろうぜ」
「ま、着いたら詳しく紹介してあげるよ」
ネロが続け、場の空気は少しだけ和らいだ。
天幕の外には、嵐の残り香がまだ漂っている。
だが、その荒れ果てた空気の下で、キャラバンはすでに進発の支度を整えつつあった。
キャラバンの旅路はいよいよ終着へと近づく。
その先に待つのは、交易都市ノクティア。
ロアスは拳を握りしめる。
昨日、アテネが俺に告げた言葉。
――私……怖いんですの。過去を知ってしまったら、今の自分が壊れてしまう気がするから。だから、記憶なんてなくていいって、ずっと思ってきましたわ。今持っている記憶ですら、無くしてしまいたいくらいに――
あれは俺を足止めするための嘘なのか。だが、彼女がブラックペリルの団長と知ってもなお、ただの嘘とは思えない。
さらに、攫われたフィン。
――この方たちの悩み、困難……それらを解決し、救います!――
本当に彼ら……アテネたちを救えるのか?
死んでしまったら意味がない。フィンを必ず取り戻す。
そして、『メネスの瞳』。
それは、俺の記憶すら取り戻すことができるのか……。
アテネへの疑念、フィン救出の誓い、そして記憶を取り戻せるかという期待。
様々な想いが混ぜこぜになる。
風が砂を運び、鈴音に混じって鳴り響く。
それは、新たなる戦いの幕開けを告げるものだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。
皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。




