第60話:命を繋ぐ夜、迎える日の出
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱した後、キャラバンのメンバーとして行動し、交易都市ノクティアを目指す。
そんな中、盗賊団ブラックペリルの奇襲により、一行は魔具『メネスの瞳』を奪われ、フィンを攫われた。
夜の砂漠は静まり返っていた。だがキャラバンの中央だけは、必死の声と呻き声で満ちていた。
七名の団員が腹部を深々と短剣に刺され、血が砂を濡らしている。呻く声、掠れる呼吸。その他にも腕や脚に重傷を負った者は数知れず。
炎を焚いて灯りを確保する者、傷口を布で押さえる者、泣き崩れる者。団員たちがそれぞれに動き、必死に仲間を繋ぎ止めていた。
「……押さえて。縫合は後。まず止血を優先して!」
白魔術師エレカは顔色を蒼白にしながらも、医療班の面々へ的確に指示を飛ばす。彼女自身の魔力は限界に近い。額から汗が滴り、詠唱を重ねる声が震えていた。
「エレカ、こっちは任せろ」
ネロが血に濡れた両手をかざし、闘気を練る。光を帯びた掌から温もりが流れ込み、重傷者の呼吸がわずかに楽になる。だが彼の顔も苦悶に歪んでいた。リカールとの死闘で消耗しきった体に、回復の負担は重い。
「団長! マルバス団長が……!」
誰かの叫びが響く。運ばれてきたマルバスは顔色が土のようにくすみ、口から血を滲ませていた。腹に刺さった短剣は毒で蝕まれており、呼吸は浅い。
「マルバス……兄貴!」
ズーサが取り乱した声で泣き叫ぶ。ミラは懸命に仲間を押さえ、冷静に布を押し当てていた。
そのとき、砂煙を割って一つの影が近づいてきた。
大鎌を霧散させ、重い足取りで――ロアスが帰ってきたのだ。
「ロアス!」
エレカとネロがほっとしたように名を呼ぶ。
「ごめんなさい。フィンちゃんが……」
エレカは顔を伏せて話す。
しかし、レオスの瞳は冷たく光った。
彼だけは遠目に、ロアスがブラックペリルに迫りながらも決定打を避けた姿を見ていたからだ。
「……手ぶら、かよ」
レオスは掠れる声で吐き捨てた。
「なぜ奴らを殺し、フィンを取り返さなかった」
ロアスはしばし口を閉ざし、やがて静かに答えた。
「……フィンと話をした。彼女は、彼らと話し合いたいと言っていた。そして、殺されないとも。俺は……その言葉を信じたい」
レオスの拳が震わした。
「あと、ここに来るまでなんでこんなに遅くなった!?
お前がいない間、俺たちはずっと戦っていたんだ!
ロアスは何をしていた!?」
「俺は、アテネと話していた。
そして、魔術で閉じ込められた」
レオスはアテネに嵌められたことを察し、それ以上は何も言わなかった。俯き、歯を食いしばるだけだった。
ロアスは視線を負傷者へ向け、歩みを進める。
「……まずは死人を出さない。これもフィンに言われたことだ。俺にできることを手伝わせてくれ」
「不慣れでも構わないわ! こっちに来て!」
エレカの声に従い、ロアスは血に染まった布を押さえ、薬を運び、医療班の指示に奔走した。
何の知識も記憶もないロアスが、その不器用ながらも必死な姿に一同は驚きを隠せなかった。
レオスもまた、やがてその背を見つめ、黙って治療に加わった。
時間は流れ、夜は深まり、東の空にかすかな明かりが差し込む。
キャラバン団員総出での必死の治療により、重傷者たちは奇跡的に一命を取り留めていた。呻き声は次第に弱まり、代わりに荒い寝息へと変わっていく。
マルバスも、まだ意識こそ混濁していたが、かろうじて生を繋ぎ止めていた。
皆の視線が自然と彼へと集まる。
聞きたいことは山ほどあった――ウォドンが口にした″若君殺し″の真実。″ペラーナ″とは何者なのか。そして今回狙われた『メネスの瞳』とは何なのか。
だが今はただ、朝日の下で彼が口を開くのを待つしかなかった。
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東の空が白み始めた頃、砂漠の冷気を溶かすように淡い光が差し込んだ。
長い夜を越え、呻きは寝息へと変わり、キャラバンの一行はようやく生を実感した。
隊の中心には、一際大きな天幕がある。普段は仲間と共に事務をこなし、商売の計画を練る場所だ。だが今、その中で療養しているのはマルバスだった。
彼は痛む腹部を押さえ、細く揺らぐ命に縋るように呼吸を繰り返しながらも、「話がある」と仲間を呼び寄せた。
エレカ、ネロ、レオス、そしてロアス。
重苦しい瞳が、四人を順に見渡す。
「……まずは、謝らねばならない」
かすれた声の端に、深い後悔が滲む。
「皆を命の危機に晒し、巻き込んでしまった。
本当に、申し訳ない。そして――フィンを攫われてしまったことも、俺の持っていた魔具のせいで襲撃の対象となったことも、全て俺のせいだ」
「……マルバスさん、謝らないでください。悪いのは盗賊団ですし、止められなかった私たちにも責任はあります」
エレカがそっと答え、ネロも同意するように軽く頷いた。
ロアスも言葉はなく、しかしその瞳には理解が宿っていた。
しかしレオスは静かに、いろんな感情を抑えながら語りかけた。
「マルバスさん。ウェイシェム付近のあの荒野で、俺らはアンタに拾われなかったら死んでたかもしれねぇ。だから、アンタに救われて感謝している」
そして鋭く、問いかける口調へと変わる。
「……だからこそ話してください。
知りうる限りの経緯を。俺たちに隠さず、全て」
マルバスは四人の視線を受け止め、ゆっくりと頭を下げた。
「過去のことはもう忘れて生きてたんだがな……。
話すのは長い。失敗だらけの、情けない俺の人生だ。
……聞いても、結局はわからないことだらけだ。
そんなしょうもない話でも……いいか?」
一同は静かに頷く。
疑問や苛立ち、憤りも、今は少しだけ押し込めた。
ロアスが相変わらずの無表情で、一言付け加える。
「アンタに″今″の生き方と大事さを教えられた。
そんなアンタの過去、俺は興味がある」
この瞬間、目の前の男の話を最後まで聞く覚悟を決めたのだ。
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