第59話:現れた影
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱した後、キャラバンのメンバーとして行動し、交易都市ノクティアを目指す。そんな中、盗賊団ブラックペリルの奇襲により、ロアスは魔術の牢獄に閉じ込められ、キャラバンは魔具『メネスの瞳』とフィンを奪われ、撤収しようとしていた。
轟音を立て、砂を巻き上げながらコットンエレファントは夜の砂漠を疾走していた。
振動に合わせ、負傷者リカールが呻き声をあげ、ハープを爪弾いていたエルメルスが最後の旋律を締めくくる。
「ご清聴、ありがとうございました〜。
……いやぁ、夜風に響く音色って最高ですねぇ」
その声に、誰も返す者はいない。
ダラスが短く息を吐き、低く問う。
「……で、ロアスはどうなった?」
アテネは紫の髪を払いつつ、冷ややかに答えた。
「私の魔術で閉じ込めておきましたの。念のため黒魔術で力も削いでおきましたから、しばらくは出てこれないでしょうね」
「そんな! ロアスさん……!」
フィンが目を見開き、必死に訴える。
「助けに行かないと……!」
それを鼻で笑ったのはレシアだった。
「ねぇ、フィンちゃん。そもそもロアスって誰?」
クラウスが淡々と補足する。
「例の大鎌野郎。団長からも連絡のあった要注意人物だ」
「ひぇ〜……で、その人ってフィンちゃんにとって何なの?」
「……それは……」
フィンが答えを詰まらせた、その時だった。
「――ていうか」
鞭を振るいながらリリィが眉をひそめる。
「前にいるヤツ、誰? 轢いちゃっていい?」
その進路の先。
砂の帳を裂くように、一つの黒き影が立っていた。
夜気そのものを凍らせるような重圧が、じわじわと一行を覆っていく。
「……いや、あれは……」
ダラスが目を細め、声を潜める。
「そんなはず……ありえませんわ……」
アテネが唇を噛んだ。氷と闇の牢獄で確かに封じたはずの存在――。
だがそこには、月光に照らされた男の影が確かに立っていた。
「アテネ……フィン……?」
ふらふらと歩み寄るその影――ロアスがつぶやいた。
その視線が一行を掠めた瞬間、巨体のコットンエレファントは恐怖に震え、悲鳴のような鳴き声を上げて進路を九十度逸らした。
「ちょ、ちょっとぉ!? 勝手に方向変えないでよ!」
リリィが鞭を叩きつけるが、修正は効かない。
ただならぬ気配を、ダラスもアテネも、そしてウォドンも肌で感じ取っていた。
「……いや、それでいい」
ダラスが叫ぶ。
「逃げろ! アイツに追いつかせるな!」
「おいおい……アイツ、一体何者だ?」
ウォドンが低く呻く。
その中で、フィンだけが声を張り上げた。
「ロアスさんっ!! 大丈夫ですか!?」
その呼びかけに応じるように、ロアスの瞳にかすかな光が宿る。
次の瞬間、砂を蹴り、驚異的な速度で駆け出した。
「えええっ!? は、速っ!」
エルメルスが絶叫した。
砂漠を裂く影が、確実に彼らへと迫ってくる――。
「出でよ」
ロアスの声音は低く、響き渡る。
瞬間、禍々しい力が噴き出し、漆黒の大鎌が虚空から現れた。空気がねじ曲がり、ただ存在するだけで人々の喉を圧迫するような威圧感が広がる。
「フィン。何があった。教えろ」
ロアスが迫真の顔で問いかける。
「ちくしょう……ここで殺されちまったら……今までの積み重ねがすべてパァだ。どうする……」
ダラスが焦燥を滲ませる。
「ヘッ、なら俺が足止めしてやんぜ」
ウォドンが一歩前に出た。
「やめろ。確実に死ぬぞ。
……死んでも、時間稼ぎになるかもわからない」
ダラスが制止する。
「なら、どうしろってんだ!? 団長の魔術が効かねぇ時点で、もう詰んでる! 年長の俺が行くしかねぇだろ!」
ウォドンが吐き捨てるように言った。
「……あとは、この娘を人質にして交渉するか、一斉に掛かるか」
クラウスは淡々と言った。
アテネが鋭い視線で切り込む。
「答えなさい、ダラス。なぜフィンさんを攫っていますの?」
「魔具の発動に必要だ。こいつがいないと発動し得ない」
ダラスは手短に答えた。
「要は、今この場で鎌野郎に殺されるか、この後″あの方″に殺されるかってこと!? 冗談じゃないわ」
エルメルスが青ざめて叫ぶ。
「いや……そもそも、我々の手元にあるのは約束の魔具ではなく『メネスの瞳』という別の魔具のようだ。この後″あの方″に殺されることは確定のように思えるな」
クラウスは冷静な口調で話す。
「なんだって!? そんなの聞いてないデスヨ!?」
横たわっていたリカールも跳ね起き抗議をする。
「この辺の説明がまだないため、我々は最善な判断処理をすることができないんだがな」
そして、一斉に視線がダラスに集まる。
「その話は今じゃない。
……ここを切り抜けたら話すつもりさ」
その時だった。
ロアスが一歩を踏み込み、大鎌を振りかぶる。空間そのものが揺らぎ、死の気配が一瞬にして満ちる。
「いつもダラスの判断は我々を想ってのことよ。
……私にもしものことがあったら……ダラス、貴方に団長をお願いするわ」
アテネは立ち上がりながら凛とした声で告げ、ロアスに立ち向かうため、魔物の背から飛び降りる姿勢をとる。
「馬鹿野郎! アテネーー!」
「いやーー! アテネお姉様ーー!!」
振り下ろされる黒き刃――
「ロアスさん、ストーーーーップ!!!」
フィンの悲鳴が響いた。
ギリギリで軌道を逸らした大鎌は地を裂き、砂地が大きく抉られる。
轟音が夜空を裂き、砂塵が白い波濤のように舞い上がる。
その圧だけでメンバーたちの身体は象の背から跳ね飛ばされかけた。
「うわっ……!」「ひぃっ……」
周囲は悲鳴と砂煙に包まれる。地形が変わるほどの一撃だった。
「オ〜、こんなに大きな力、素晴らしい!」
ただリカールのみ、うっとりした表情でつぶやいていた。
その衝撃の中にあっても、フィンは身体を更に乗り出した。
「私、この方たちとしっかり話し合います!
この方たちの悩み、困難……それらを解決し、救います!」
「殺されたらどうする」
ロアスの声は低く、怒気を孕んでいかのようにも聞こえた。
「そしたら……私を弔ってください! けど、この方たちはきっと、殺すために私を連れていったんじゃありません!」
「……なぜわかる?」
「勘です!」
フィンは精一杯に叫ぶ。
「だから聞いて、ロアス! 貴方はキャラバンの人たちの救護に回って! 重症者多数なの!」
「……なに」
「それから……レオスさんと一緒にノクティアまで迎えに来てください! 約束ですよ!」
ロアスはしばし言葉を失い、やがてゆっくりと大鎌を下ろした。彼の影が後退し、砂煙の中で距離が離れていく。
「……!」
ダラスの喉が鳴った。
「馬鹿な……なぜ、俺らを助けた?」
「助けた訳ではありません。
ロアスさんに人殺しをさせたくありませんでした。あと……」
「……あと?」
レシアはフィンの顔を覗く。
「貴方たちを救いたいからです!」
「我らを救う?……貴様は聖職者か? それとも愚か者か?」
クラウスがその言葉に反応する。
「貴方たちはただの悪人には思えません。
ただ、よくない選択ばかりをしてるようにも思えます。
私は神子として、一人の人間として、貴方たちの事情を聞き、共に救いの道を考えていきたいのです」
「ワオ! とても可愛らしいお嬢さん!
この子どなたデスカ? 誰か説明してくだサーイ」
リカールの要求は返されることなく、アテネがフィンの顔を覗き込む。
「フィンさん。貴方、本気で言ってますの?
面白半分で首を突っ込んでまないでくださいまし」
苛立ちを孕んだ剣幕だった。
「本気です! きちんと事情を説明してください。話し合えば新たな解決法が見えるかもしれません!」
フィンは震えながら答えた。
「なら等価交換。取引しましょう?
貴方が求める商品は『貴方に事情を説明し、更に話し合う時間』よ。
貴方はそれに″幾ら″積めますの?」
フィンは唇を噛み、声を絞り出そうとした。
その一瞬の沈黙が、砂漠を吹き抜ける風すらも凍らせる。
「″貴方たちの救済″です。
皆さんのために、私の命を捧げます」
その宣言は、夜風よりも冷たく、砂漠に響いた。
一行の誰もが言葉を失い、ただ少女の瞳だけが真直ぐに輝いていた。
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