第58話:光と闇の衝突
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱出し放浪中、キャラバンのメンバーとしてに迎え入れられ、新たな仲間たちとノクティアへと向かう。そんな中、ロアスを魔術の牢獄に閉じ込めその場を去るアテネ。一方、盗賊団ブラックペリルはキャラバンを襲い、目的の物とフィンを奪い、撤収しようとしていた。
コットンエレファントの背で、エルメルスは竪琴を抱えた。
指先が弦を弾いた瞬間、砂漠の静寂を切り裂くような、軽快な旋律が夜気に弾ける。
「せっかくオーディエンスが揃っているので、弾き語りしちゃいま〜す。タイトル『朝だ、目覚めよ』」
「よ! 待ってやした!」
「気分上がるね〜」
「いや、夜だがな」
それぞれのメンバーから呑気な声が上がる。
ぱちん、ぱちんと弦を跳ねさせ、どこか祭り囃子めいた愉快さを帯びた曲調――まるで眠気を強引に引き剥がすような、明るく騒がしい調べ。
そして、歌声が響く。
『朝だ、目覚めよ――♪
夢より還れ――♪
光へ、進め♫』
魔力の帯びたアップテンポの旋律に乗せ、同じ言葉を繰り返し歌い上げる。
耳にこびりつくその曲は、否応なく心臓を揺さぶり、瞼を叩き起こす。
昏倒していたリリィの指先がぴくりと動き、やがて身体全体が小刻みに震え始めた。
「……んっ……あれ、アタシ……何してたっけ」
荒く呼吸をしながら、彼女は目を開く――まるで曲に引き戻されたかのように。
「アイ、アイ、アイ……サ・フェ・マル……。
全身痛いデ〜ス」
同時に、魔物の背で横たわっていたリカールが、痛みに呻いた。目を覚ますも、戦闘の衝撃で身体は一歩も動かせない。
「……んっ……」
そして、フィンも呻き声を上げ、ゆっくりと目を開ける。
「――あ、せっかく特製の薬で寝かせたのに、忘れてた〜」
レシアはフィンに気付くと、舌を出して笑い、抵抗もできぬ彼女の両手を素早く縛り上げた。
「……っ、痛っ……」
縄が細い手首に食い込み、思わず声が漏れる。
「わ、私を……どこへ連れて行くつもりですか?」
震えを抑えつつ、問いかけた。
「えっ、アタシたちとお喋りしてくれるの?
嬉しいなぁ〜」
レシアは無邪気に身を乗り出す。
「アタシ、レシア。よろしくね♪
あなた、お名前は?」
「え……フィン、です」
「フィンちゃん!
やっぱり同い年くらいだよね?
成人前でしょ?
じゃあアタシの方がお姉さんだ〜。
だってアタシ、今年成人だもん♪」
「あ……はい。そう、ですね……」
(なんだろう、この人……)
「こらっ、レシア!
この子困ってるでしょ!」
別の声が割って入る。クラウスだった。だがその口は動いていない。
片腕を持ち上げ、指を一本突き出して掌をパクパクと動かす。喉だけが不気味に上下し、甲高い女口調が腹話術のように響く。
「ごめんなさいねぇ。
この子、世間を知らないもので〜」
「あ……いえ……」
「あははっ! ペラちゃん、さっきの戦いで“ガワ”無くしちゃったの? 変なの〜」
(……ただの悪人じゃない? ……この人たち……何なの……?)
澄んだハープの調べが全体に響き渡る。
眠りの淵にいた者たちを容赦なく叩き起こす。それは、キャラバンの人々も、等しく――。
そして、夜を裂くように悲鳴が広がった。
「い、いてぇっ!」
「血……!? なんで……!」
「いや、助けて……誰か!」
「ぐあぁぁっ、痛ぇぇぇ!」
それは、先ほどクラウスに操られ、自らの腹を刃で裂いた団員たちだった。
「チッ、やかましいな」
ウォドンが眉をひそめる。
「クラウス、アイツら殺し損ねたのか?」
「いや、これでいい」
クラウスは冷えきった声で言い放った。
「生きてはいるが、放置すれば死ぬ。そういう存在に悲鳴を上げさせれば、敵は執拗な追撃ができない。味方の救護に縛られるからな」
フィンは胸をかきむしられるような痛みに耐えられなかった。
張り裂ける悲鳴が耳を突き刺すたび、全身から血の気が引いていく。
――自分には、何もできない。縛られたまま見ていることしか。
「そんな……人の苦しみを……ただの道具みたいに……。そんなの、間違ってます!」
必死の抗議を浴びせる。
「だよね〜。クラウスってばホント性格悪いよね」
レシアは笑みを浮かべながらクラウスを見る。
クラウスは、また喉をひくつかせて腹話術で答えた。
「ごめんね〜、こいつ思考が野蛮だからさ。こんな方法しか思いつかないんだよ。みーんな、あんたみたいに“いい子”だったら楽なのにねぇ」
「……うっせぇな、ほっとけ」
クラウスは吐き捨て、自らの腕を人形に見立て会話を続ける。
(でも……どうして……どうしてこんなやり方しかできないの……?)
一方で、エレカはキャラバンの側で魔法陣を展開し、詠唱を始めていた。
『全ての気流よ、今一条に収束せよ。
大気を束ね、刃と成りて敵を穿つ。』
立つのもやっとの状態だが、ネロは最後の力を振り絞り、掌を突き出した。
「ーー《操錬金弾》!」
放たれた光弾が、一直線にダラスへと迫る。
(ダラスが得意とするのは土魔術による防御魔術。
土壁が展開すれば、気弾を操り、壁を避けて飛翔させればダメージを与えられる!)
ダラスはローブの下から紋章を刻みし剣を引き抜き、投擲した。
『光を断て――《幽幻呪剣》!』
紫黒の光を帯びた剣が宙を薙ぐ。気弾は断ち切られ、霧散した。
「なっ……!?」
ネロの思惑通りには行かなかった。驚いた表情のまま、その場に膝をつく。体力はすでに限界だった。
エレカは詠唱を続ける。
『我は選び取る――混沌の渦に非ず、ただ一点の断罪を。』
(マルバス団長を……フィンちゃんを……みんなを守る!)
『風はさざ波をやめ、奔流を捨て、ただ鋭き矢として放たれん』
対するダラスも声を張り上げる。
『宿命に連なりし刃よ、我が呪を受け入れよ――』
気弾を断ち切ったその剣は、妖しく輝きながら宙で高速に旋回する。
「ちくしょう、この足枷がぁ!」
レオスは土魔術で自分の足を拘束している足枷を大剣で何度も突き刺していた。
「痛い、痛い……」
「誰か、この血を止めて……」
「エ、エレカさぁん!助けて……!」
エレカは、周りの仲間の悲鳴を聞きながら歯を食いしばった。
(ここにいる者達の治癒魔術で命を取り留めるためには、魔力を少し温存しなければならない……ならば、この一撃が勝負!)
『ここに命ず――万象の息吹は一色に染まり、汝らを白き空へ還せ!』
白光が放たれた瞬間、空気が震え、砂が押し流される。
『影と血脈を纏い、虚空に舞え。
巡り巡りて環を成し、我が身を護る鎧と化せ!』
紫黒の障壁は甲高い金属音を響かせ、回転のたびに火花を散らした。
白と黒の魔術が同時に解き放たれる。
『――《神羅転白》!』
『――《輪廻呪剣》!』
光の奔流と、紫黒の障壁が正面から激突した。
眩い白が闇を押し込み、障壁は悲鳴を上げて軋む。
衝撃波が砂丘を削り取り、耳をつんざく轟音が夜空を裂いた。
味方も敵も、一瞬呼吸を忘れて光と闇のせめぎ合いを見守る。
そしてーー
「ちっ……! 抑えきれん!」
ダラスの顔に焦りが走る。
「終わりよ!」
エレカの叫びと共に、奔流はさらに膨れ上がる。
「ダラスさんの魔術でも防げない!? ヤバいじゃないですか!」
呑気な顔してたレシアは一気に青ざめる。
その瞬間――夜気を凍らせるような冷気が走った。氷の道を駆ける人影が闇を裂き、コットンエレファントの背に舞い降りる。
『――《漆氷絶界》!』
メンバー全体を守るように黒と蒼の結界が展開され、白光を逆流させた。
大地を凍らせ、砂を黒氷に変え、奔流を呑み込む。
「なっ……!?」
エレカの目が大きく見開かれる。
「うぉぉっ!!! 待ってやした! 団長っ!」
ウォドンが吠える。
「……団長?」
レオスの手が思わず止まった。目の前の氷影を睨みつけながら、震える声を漏らす。
冷気を纏った女が、氷の軌道からふわりと降り立つ。
月光に照らされ、波打つ紫の長い髪をかきあげる仕草――それは、信じて疑わなかった仲間の姿。
「ア、アテネ……お前……」
マルバスも、ネロも、息を呑む。
共に肩を並べ、旅をしてきたはずの存在。
だが今、その瞳に宿るのは冷たく艶めく微笑み。
「――リリィ。撤収の準備を整えなさい」
「は、はい! アテネお姉様!」
リリィが歓喜に震えながら命を受け、魔物の背に力強く鞭を叩きつける。
その一言で、疑念は確信に変わった。
味方だと信じていた女――アテネは、盗賊団の頂点に立つ者だった。
「……遅かったな、アテネ――いや、“団長”」
ダラスの声が、砂漠の夜に低く響き渡った。
「あら、そうかしら。すべて私の描いた筋書き通りですのよ。
それで――どういうおつもりで、フィンさんを乗せているのかしら?」
ダラスは静かに頷き、コットンエレファントの背に飛び乗りながら応じる。
「あとで話す。今は離脱が優先だ」
巨体は大地を震わせるような鳴き声を上げ、砂漠の闇を切り裂くように立ち上がる。
「テメェもグルだったか!
フィンを返せぇぇぇぇっ!」
なおも土の足枷に囚われたレオスは、怒声とともに大剣を全力で投げ放った。
鋼の閃光が唸りを上げてアテネに迫る。
だが、ウォドンが背の巨斧を一息に抜き放ち、その軌道を薙ぎ払った。
激突の衝撃に大剣は無惨に折れ、その破片は砂塵の中へ突き刺さる。
「俺らの団長に無粋なもの投げつけてるんじゃねぇよ」
その顔を見てウォドンはハッと気付いたように叫ぶ。
「おう、そういやオメェとの決着はまだだったなァ――まぁ、また今度だ!」
砂に突き立つ『讐斬』を顎で指し示す。
「それ、くれてやるよ。俺にはどうにも馴染まなくてな。……それで俺を討ちに来い」
「上等だ……ッ! 殺しに行ってやるよ。
俺はフィンを預かる身だ――返してくれるその時まで、絶対にテメェらを許さねぇッ!」
コットンエレファントは轟音を残して砂漠を駆け去る。見た目の巨体に似合わぬ俊敏さで、闇を裂き、遠ざかっていく。
フィンは両腕を背に縛られたまま、必死に身を乗り出し、声を張り上げた。
「レオスさん! 殺しちゃダメです!
私、この方たちと話し合ってみます……だから――ノクティアまで、迎えに来てください!」
「……はぁ? どこまで頭お花畑なんだ、あのバカ神子は……」
怒声を吐き捨てながらも、レオスは拳を握りしめ、ただその背を見送るしかなかった。
轟音を立てて砂漠を駆ける盗賊団。その進路の傍に――黒き影が立っていた。
その気配は、砂漠の夜気を凍らせるように濃く、重い。
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