第57話:氷と影の牢獄
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱出し放浪中、キャラバンのメンバーとしてに迎え入れられ、新たな仲間たちとノクティアへと向かう。そんな中、ロアスとアテネは夜の砂丘で語らう一方、盗賊団ブラックペリルはキャラバンを急襲し、交戦状態となっていた。
夜風が冷たく吹き抜け、月光は薄く砂を洗っていた。
ロアスとアテネ、二人だけがその狭い峰で向き合っている。
ロアスはウェイシェムの死霊術師ゼラから聞いた″記憶を喰らう魔具をブラックペリルが所持している″情報を開示していた。
「……あり得ませんわ。だって――」
そこで言葉を飲み込み、赤い唇を強く噛む。
やがて吐き捨てるように続けた。
「私が……ブラックペリルの現団長ですもの。
そんなもの、聞いたこともありませんわ」
その宣言と同時に、指先へ赤い魔力の粒子が集まり始めた。月光に照らされ、血のような光が瞬く。
「アテネが……団長?」
ロアスは目を細めた。驚きはあれど、狼狽はなかった。
「あら。随分と冷静ですのね?
それとも驚きすぎて反応が遅れているのかしら」
アテネの声音は艶やかに、しかし鋭く挑発を含んでいた。
ロアスは息を吐き、首を振る。
「いや……その名は聞いたことがある程度で、実際にはよく知らん。だから驚きようもない」
「ふふ……そうでしたのね」
アテネは小さく笑うと、さらに魔力を強める。粒子は渦を巻き、炎の蕾のように膨れ上がっていく。
「ブラックペリル――強力な魔具のためなら、騙し、盗み、人殺しすら厭わない。泣く子も黙る悪名高き盗賊団。
……その頂点に立つのが、この私ですわ」
アテネは会話を続けながら、空に向かい指を向けた。
『《炎華》……』
その一瞬、上空の夜空に煌めく炎の華が咲き乱れた。
「……なぜそんなことをしている?」
「ふふふ、綺麗でしょ。ロアスにこれを見せたくて」
ロアスは一瞬、空に視線を上げたが、アテネを見据え質問し直す。
「そうではない。なぜ盗みや殺ししている、と聞いている」
そう聞かれた瞬間、アテネは眉間にシワを寄せる。
「あら、この世の摂理すら理解していないあなたが、道徳を説くつもり?」
「いや、違う。ただ、知りたいのだ。力で奪うのは合理的だろう。だが……フィンなら、それをよしとはせん。だからこそ、お前自身の考えを聞きたい」
アテネはため息を一息つく。
「――善悪ではありませんわ。私たちは昔から、飢えをしのぐために誰かから奪うしかなかった。ただ、それだけのこと」
そう言いながら、アテネは詠唱もなく、指に魔術の粒子が収束させる。
「昔はそうかもしれん。だが、この先は変えられるのではないか?」
ロアスはアテネの目を見据える。
「……そう単純ではありませんのよ」
アテネは人差し指をゆるやかに立て、空をなぞるように払う。
次の瞬間、白い霧がにじみ、ロアスの足元から氷の鎖が静かに這い出した。
『――《氷鎖》』
ぱきり、と凍り付く音が大地に響く。
白霧が吹き散り、足首が無慈悲に凍結する。
しかしロアスは眉ひとつ動かさず、ただ問いを投げかけた。
「……アッシュピットで拾った子供も、その恐ろしい戦士ペラーナも、今はブラックペリルに連なっているのか?」
アテネは目を細める。
氷の冷気を浴びながらも対話を求め続ける男の姿に、ほんのわずかに唇を弧にした。
「あら……こんな状況でも、まだ私との対話を続けてくださるのね」
「ああ。話を聞くうちに、次第に興味が湧いてな」
「ふふ……それは光栄ですわ」
小首を傾げ、気品を纏ったまま微笑む。しかしその微笑はどこか哀切に、そして揺るがぬ決意を秘めていた。
「でも、ごめんなさい。そろそろお別れの時ですわ」
冷気が一気に強まる。アテネは詠唱を紡いだ。
『静かなる霜よ――砂の息吹を奪い、深き窪みを顕せ……!』
氷が爆ぜ、砂丘が割れる。ロアスは片脚を取られながらも腕力で氷縁を砕きかける――が、冷気に力を奪われ、膝をついた。
『――《氷獄陥穽》!』
砂が崩落し、氷の淵が口を開く。ロアスはなす術なく奈落の奥底へ転落する。
「……くっ!」
さらに、重ねてアテネは闇を招く。
『影よ、拘え――《闇影縛牢》!』
呪言が宙を震わせると、月の光が一瞬吸い込まれたように暗い影が這い出し、氷の奈落に滑り込む。氷の底に叩きつけられたロアスはそのまま、大量に発生した影に塗り固められ、触れた部分から力そのものが吸い取られる。
「上級属性――闇の魔術!?」
ロアスは態勢を起こそうとするが、思い通りに動かない。氷は彼の体熱を吸い、影は力を奪い、砂丘の頂はまるで生きた檻のように彼を抱え込んだ。声は出れど、動くことはかなわない。
「命まで奪う気はなくってよ。……ただ、常人なら脱出できず死に至るでしょうけれど」
彼女は指先を下へ向けてすっと払った。
砂丘の斜面に白い筋が走り、瞬く間に氷が広がっていく。まるで夜の闇に一筋の道を描くかのように――。
「……どこへ行く気だ」
「仲間のもとへ……」
アテネは足底に手をかざし、薄刃の氷が形づくりながら、肩越しに振り返った。
「ほんの短い間だったけれど、アナタと語らったひとときは本当に楽しかったわ」
そのまま氷の道に片足をかけ、月影に揺れる唇が、かすかに微笑を形づくる。
「さようなら、ロアス」
吐息のような声で告げると、彼女は氷の道へ身を委ね、滑走を始めた。
砂丘を切り裂くようにして氷のレールを駆け下り、彼女の影は夜闇の彼方へと消えていく。
残されたのは、氷と影に囚われたロアス、そして砂丘に凍りついた白い軌跡だけだった。
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