第4話:そして、旅が始まる
〜前回までのあらすじ〜
村の外れで倒れていた、素性の知れぬ男・ロアス。
彼は村を襲った脅威を圧倒的な力で退けたが、その異質さと恐ろしさは、村人たちの心に恐怖を刻んだ。
混乱の中、村では彼の処遇を巡り集会が開かれ──
最終的に、聖都へ引き渡すことが決定される。
そして──
昼頃。昨日の火の跡はまだ生々しく残り、すすの匂いが村のあちこちに漂っていた。
それでも、村人たちは鍬を握り、崩れかけた家を修繕し、畑を耕す手を止めない。
――生き残った者は、立たねばならない。
アリムはその先頭に立っていた。
まだ若い彼だが、その背には深い決意があった。
(父さんがいなくなってから……俺はずっと、おじいちゃんに支えられてた。フィンも同じだ。だから、俺も負けていられないっ……!)
不慮の事故で父を失ったアリム。母の記憶も薄い。そんな彼にとって、村長であった祖父は、家族であり、師であり、人生そのものだった。
そして今、アリムは祖父の遺した村を、自分の手で再建し、守っていくと決めていた。
⸻
午後。
村の端にある簡素な柵門の前、アリムは風に吹かれながら立っていた。草がざわめき、遠くではまだ鍬を打つ音が響いている。
「……本当に、行っちゃうんだな」
彼はぽつりと呟いた。どこか寂しそうな、けれどどこか誇らしげな笑みだった。
「うん。こうして自分で何かを決断するのって、実は初めてなんだよね」
フィンは夕陽を背に、いたずらっぽく笑ってみせる。
「ほら、あなたのおじいちゃん、神子様はこうあるべきだーって、ずっと指示ばっかだったじゃない?」
「それは俺に対しても一緒だよ。村長になる者はこうあるべきだーってさ。だからさ、俺も初めてなんだよ……自分で考えて、自分の足で歩くのは」
アリムは静かに、フィンの瞳を見つめた。
⸻
「ありがとね。うちに来てくれて」
「おじいちゃんは、聖杯教団〈カリクスセクト〉から神子――赤子のフィンを授かって以来、ずっと誇らしげにしてたんだよ。詳しい経緯は俺も知らないけど」
そう言って、アリムは手を差し出した。
フィンは照れたように微笑み、その手をぎゅっと握り返す。
「そんなの私の意志じゃないし、感謝されることなんてないってば……でも、ありがと。今まで普通の女の子として一緒に過ごしてくれて。アリムには、いっぱい救われたよ♪」
その手は震えていたが、確かに温かかった。
「俺たちはここで、なんとかやってみるよ。だから……ちゃんと、無事で帰ってこい」
アリムの言葉に、フィンはきゅっと唇を噛み、力強く頷いた。
「うん、絶対。また戻ってくる。今度はお土産、持ってね」
「……じゃあ、この薬草と畑しかない村で、名物でも作っとくか。俺が初代・開発者ってことで」
二人は拳を突き合わせる。
ごつん、と控えめな音がした。
そのとき、後ろからレオスが一歩進み出る。
「お前のところの――大事な神子様。しっかりアルセディアに送り届けてやる。約束する」
アリムはわずかに驚いたように目を見開き、それから、にっと笑った。
ふと隣を見ると――
「……んあ? ここは……どこだ?」
ロアスが寝ぼけた眼で頭を掻いていた。昨日の激闘からずっと眠っていたらしく、まだ夢の中をさまよっているようだった。
「なんか昨日戦ってた時と全然印象違いますね……」
アリムは少し戸惑いながら言う。ロアスは虚ろなまなざしで、周囲をゆっくりと見回した。
「……お前ら、なぜ俺の後をついてくるんだ……?」
ロアスは純粋な疑問として訊ねているようだった。
「え、もしかして……フィン、昨日の村の会議のこと、ロアスさんに何も説明してないの?」
アリムが驚き、フィンは「あ、忘れてた」と慌てて口元を押さえる。
「こいつ、ずっと寝てたからな」
レオスが肩をすくめて言った。
ロアスは何ともいえない表情でフィンを見つめていた。だが、昨日のような険しさはなく、どこか穏やかな空気をまとっていた。
「えーと、ですね……」
フィンは慎重に言葉を選びながら話し出す。
「ロアスさん、記憶がないだけじゃなくて、人間としての常識的なことも、まるごと失ってるみたいなんです。だから心配で、放っておけなくて」
「それに……あなたがまた、間違った“答え”を選んで人を傷つけるんじゃないかって思うと」
ロアスの表情は変わらない。けれどフィンは勇気を持って続けた。
「だから、これから一緒に旅をして、教えたいんです。命のこと、感情のこと、人の痛み、喜び、悲しみ……そういう全部を」
アリムも口を開く。
「この国――セラフィトラ神政国は、テシュビド様という神の教えを重んじています」
「今朝の村の会議で、ロアスさんのような迷える方には、聖杯教団〈カリクスセクト〉に導きを求めるのが最善だという結論に至りました」
レオスがふっと笑った。
「まぁ、俺は神なんざ信じちゃいねぇがな。ただ、あそこがこの国で一番見識のある連中が集まる場所なのは確かだ」
「そのカリク……セクトってのは、どこに行けば会えるんだ?」
ロアスの問いに、フィンが地図を広げ、指差す。
「この村より東にずっと進んで、いくつか街を越えた先。“聖都アルセディア”ってところに、本拠があります」
「……そこに行けば、俺の記憶は戻るのか?」
「戻ると思います。聖都には情報も人材も集まっていますから。呪いや精神疾患に詳しい治癒師もいるはずですし……何より、あなたのような角を持つ人なんて珍しいですしね」
「……俺の記憶が戻るなら、それでいい。それ以外は興味ない」
アリムはぽかんとする。
「随分あっさりされてますね……僕だったら、もっと色々訊いちゃいますよ」
「ま、一度にたくさん言われても、こいつの頭には入らなさそうだしな」
レオスが冗談めかして言うと、フィンはくすっと笑った。
そのとき、アリムがレオスとロアスを見つめて、声を潜める。
「フィンのことですが……彼女は、2年後の成人の儀で正式に聖杯教団に迎えられる“神子”です」
「テシュビド様に選ばれた存在であり、この村の……俺たちの誇りです。祖父が命をかけて守った彼女を、どうか……よろしくお願いします」
ロアスは反応のない顔で黙っている。
レオスだけが、短く返した。
「絶対はねぇが……村に迷惑かけた分と、フィンに守られた分、きっちり贖罪するつもりだ」
アリムは目を伏せ、小さく頷いた。
「レオスさん、ロアスさん、どうしたんですか? 行きますよ!」
地図をたたみながらフィンが声をかける。
レオスはロアスにちらりと視線を向けた。
(ま、贖罪はついでさ。本当の目的は――こいつの強さの理由。それさえわかれば……)
「皆さん!お気をつけてー!」
アリムと近場にいた村人達が声を上げ、三人を見送った。
アリムは名残惜しそうにしていたが、静かに手を振り、柵を閉じた。
「フィンは旅に出るって決めたんだ!僕も村を治める者として頑張るぞ」
「よし。そんじゃあ、俺たち三人旅の始まりってわけか」
レオスが不敵に笑い、大剣の柄に手をかける。
「……三人で旅なんて、初めて。なんだか、ちょっと楽しみ」
フィンが頬をほころばせた。
目指すは、セラフィトラ神政国の中心――聖都アルセディア。
運命の糸が静かに交差し始める、その神の都へと――。
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