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最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第一章 〜旅の始まり〜「タルゴポリ村編」
6/60

第4話:そして、旅が始まる

〜前回までのあらすじ〜

村の外れで倒れていた、素性の知れぬ男・ロアス。

彼は村を襲った脅威を圧倒的な力で退けたが、その異質さと恐ろしさは、村人たちの心に恐怖を刻んだ。

混乱の中、村では彼の処遇を巡り集会が開かれ──

最終的に、聖都へ引き渡すことが決定される。

そして──

 昼頃。昨日の火の跡はまだ生々しく残り、すすの匂いが村のあちこちに漂っていた。


 それでも、村人たちは鍬を握り、崩れかけた家を修繕し、畑を耕す手を止めない。


 ――生き残った者は、立たねばならない。


 アリムはその先頭に立っていた。

 まだ若い彼だが、その背には深い決意があった。


 (父さんがいなくなってから……俺はずっと、おじいちゃんに支えられてた。フィンも同じだ。だから、俺も負けていられないっ……!)


 不慮の事故で父を失ったアリム。母の記憶も薄い。そんな彼にとって、村長であった祖父は、家族であり、師であり、人生そのものだった。


 そして今、アリムは祖父の遺した村を、自分の手で再建し、守っていくと決めていた。



 午後。

 村の端にある簡素な柵門の前、アリムは風に吹かれながら立っていた。草がざわめき、遠くではまだ鍬を打つ音が響いている。


「……本当に、行っちゃうんだな」


 彼はぽつりと呟いた。どこか寂しそうな、けれどどこか誇らしげな笑みだった。


「うん。こうして自分で何かを決断するのって、実は初めてなんだよね」

 フィンは夕陽を背に、いたずらっぽく笑ってみせる。


「ほら、あなたのおじいちゃん、神子様はこうあるべきだーって、ずっと指示ばっかだったじゃない?」


「それは俺に対しても一緒だよ。村長になる者はこうあるべきだーってさ。だからさ、俺も初めてなんだよ……自分で考えて、自分の足で歩くのは」


 アリムは静かに、フィンの瞳を見つめた。



「ありがとね。うちに来てくれて」

「おじいちゃんは、聖杯教団〈カリクスセクト〉から神子――赤子のフィンを授かって以来、ずっと誇らしげにしてたんだよ。詳しい経緯は俺も知らないけど」


 そう言って、アリムは手を差し出した。

 フィンは照れたように微笑み、その手をぎゅっと握り返す。


「そんなの私の意志じゃないし、感謝されることなんてないってば……でも、ありがと。今まで普通の女の子として一緒に過ごしてくれて。アリムには、いっぱい救われたよ♪」


 その手は震えていたが、確かに温かかった。


「俺たちはここで、なんとかやってみるよ。だから……ちゃんと、無事で帰ってこい」


 アリムの言葉に、フィンはきゅっと唇を噛み、力強く頷いた。


「うん、絶対。また戻ってくる。今度はお土産、持ってね」


「……じゃあ、この薬草と畑しかない村で、名物でも作っとくか。俺が初代・開発者ってことで」


 二人は拳を突き合わせる。

 ごつん、と控えめな音がした。


 そのとき、後ろからレオスが一歩進み出る。


「お前のところの――大事な神子様。しっかりアルセディアに送り届けてやる。約束する」


 アリムはわずかに驚いたように目を見開き、それから、にっと笑った。


 ふと隣を見ると――


「……んあ? ここは……どこだ?」


 ロアスが寝ぼけた眼で頭を掻いていた。昨日の激闘からずっと眠っていたらしく、まだ夢の中をさまよっているようだった。


「なんか昨日戦ってた時と全然印象違いますね……」


 アリムは少し戸惑いながら言う。ロアスは虚ろなまなざしで、周囲をゆっくりと見回した。


「……お前ら、なぜ俺の後をついてくるんだ……?」


 ロアスは純粋な疑問として訊ねているようだった。


「え、もしかして……フィン、昨日の村の会議のこと、ロアスさんに何も説明してないの?」


 アリムが驚き、フィンは「あ、忘れてた」と慌てて口元を押さえる。


「こいつ、ずっと寝てたからな」

 レオスが肩をすくめて言った。


 ロアスは何ともいえない表情でフィンを見つめていた。だが、昨日のような険しさはなく、どこか穏やかな空気をまとっていた。


「えーと、ですね……」

 フィンは慎重に言葉を選びながら話し出す。


「ロアスさん、記憶がないだけじゃなくて、人間としての常識的なことも、まるごと失ってるみたいなんです。だから心配で、放っておけなくて」


「それに……あなたがまた、間違った“答え”を選んで人を傷つけるんじゃないかって思うと」


 ロアスの表情は変わらない。けれどフィンは勇気を持って続けた。


「だから、これから一緒に旅をして、教えたいんです。命のこと、感情のこと、人の痛み、喜び、悲しみ……そういう全部を」


 アリムも口を開く。


「この国――セラフィトラ神政国は、テシュビド様という神の教えを重んじています」


「今朝の村の会議で、ロアスさんのような迷える方には、聖杯教団〈カリクスセクト〉に導きを求めるのが最善だという結論に至りました」


 レオスがふっと笑った。


「まぁ、俺は神なんざ信じちゃいねぇがな。ただ、あそこがこの国で一番見識のある連中が集まる場所なのは確かだ」


「そのカリク……セクトってのは、どこに行けば会えるんだ?」


 ロアスの問いに、フィンが地図を広げ、指差す。


「この村より東にずっと進んで、いくつか街を越えた先。“聖都アルセディア”ってところに、本拠があります」


「……そこに行けば、俺の記憶は戻るのか?」


「戻ると思います。聖都には情報も人材も集まっていますから。呪いや精神疾患に詳しい治癒師もいるはずですし……何より、あなたのような角を持つ人なんて珍しいですしね」


「……俺の記憶が戻るなら、それでいい。それ以外は興味ない」


 アリムはぽかんとする。


「随分あっさりされてますね……僕だったら、もっと色々訊いちゃいますよ」


「ま、一度にたくさん言われても、こいつの頭には入らなさそうだしな」


 レオスが冗談めかして言うと、フィンはくすっと笑った。


 そのとき、アリムがレオスとロアスを見つめて、声を潜める。


「フィンのことですが……彼女は、2年後の成人の儀で正式に聖杯教団に迎えられる“神子”です」


「テシュビド様に選ばれた存在であり、この村の……俺たちの誇りです。祖父が命をかけて守った彼女を、どうか……よろしくお願いします」


 ロアスは反応のない顔で黙っている。

 レオスだけが、短く返した。


「絶対はねぇが……村に迷惑かけた分と、フィンに守られた分、きっちり贖罪するつもりだ」


 アリムは目を伏せ、小さく頷いた。


「レオスさん、ロアスさん、どうしたんですか? 行きますよ!」


 地図をたたみながらフィンが声をかける。


 レオスはロアスにちらりと視線を向けた。


(ま、贖罪はついでさ。本当の目的は――こいつの強さの理由。それさえわかれば……)


「皆さん!お気をつけてー!」


 アリムと近場にいた村人達が声を上げ、三人を見送った。

 アリムは名残惜しそうにしていたが、静かに手を振り、柵を閉じた。


「フィンは旅に出るって決めたんだ!僕も村を治める者として頑張るぞ」


「よし。そんじゃあ、俺たち三人旅の始まりってわけか」


 レオスが不敵に笑い、大剣の柄に手をかける。


「……三人で旅なんて、初めて。なんだか、ちょっと楽しみ」


 フィンが頬をほころばせた。


 目指すは、セラフィトラ神政国の中心――聖都アルセディア。

 運命の糸が静かに交差し始める、その神の都へと――。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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