第56話:裏切りの後奏曲
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱出し放浪中、キャラバンのメンバーとしてに迎え入れられ、新たな仲間たちとノクティアへと向かう。そんな中、ロアスとアテネは夜の砂丘で語らう一方、盗賊団ブラックペリルはキャラバンを急襲し、交戦状態となっていた。
「それでいい。最初からそう言っている」
ダラスの声は淡々としていたが、砂漠の夜に張り詰めた空気を裂く冷たさがあった。
毒の短剣が刺さったまま拘束されたマルバスが、その視線を必死にダラスに向ける。
そして、震える声で告げる。
「『メネスの瞳』……そいつの発動条件は、魔術因子を持たぬ者の生命力に加え……“ある力”が必要だ」
「ある力? 具体的にはなんだ」
「穢れなき魂を持つ処女の魔力……」
マルバスの声は低く震えていた。
「……一度だけ、発動を試みたことがある。だが、失敗した。対象は泡を吹き……死にかけた」
「その時は、どういう奴で発動した」
「……妹の、ペラーナだ。白魔術に長け、男気もなかった。肉体的には条件を満たしていたはずだ。だが……結果は失敗に終わった」
ダラスは吐血しながら話すマルバスに、冷血な瞳で答えを求める。
「お前がペラーナさんの……。なぜ失敗した。言え」
一瞬ダラスは顔に緩みを生じたかに見えた。だが、すぐに冷徹な表情に戻る。
マルバスは苦々しく言葉を継ぐ。
「ハッキリしない。だが、考えられる理由は四つ。どれかだろう。
一つ――ペラーナは仕事柄剣を取り、人を殺めている。その罪で、″穢れなき魂″には届かなかったのかもしれん。
二つ――年齢だ。当時、三十を目前にしていた。成人から離れれば離れるほど力は薄まるのかもしれん。
三つ――対象者が記憶を求めていなかった。求めぬ者には瞳は応えぬ。
四つ――その記憶が魔力で失われたものでなかった。自然に喪った記憶には、効果はないのだろう」
「……クソッ、色々と挙げてやがるが、要は、わからねぇってことだな」
ダラスの顔が歪む。
その瞬間。
――バァンッ!
砂丘の向こうで火弾が夜空に咲き、眩い光を散らす。
「団長からだ! 時間切れだ、ダラス!」
ウォドンが吠える。
その合図を受け、ブラックペリルメンバーが一斉に動き出す。ウォドンは巨斧を背負い、リリィを肩に担ぎ上げ、リカールのもとへと駆ける。
歩を進めていたエルメルスがふと立ち止まる。
「ん〜? 待って……なんかコレ、誰かに反応してるかも」
蒼い球体が淡く脈打つ。その視線の先――荷台の物陰に小さな影があった。
「あれあれ、見〜つけた!」
「きゃっ……!」
掴み出されたのは、フィンだった。
「この子だ」
エルメルスは愉快そうに笑い、握った瞳を掲げる。
「この魔具、この子に強く反応してる!」
「なんだと……!?」
ダラスの瞳が鋭く光る。
その時、キャラバンの時の話を思い出し、合点が言ったように口角を吊り上げるダラス。
「神子様……か。確かに、″穢れなき魂″っぽいな」
その刹那、光弾が飛来し、マルバスを縛っていた土の鎖を吹き飛ばした。
「マルバス団長、今です!」
砂丘の上から声が響く。ネロだった。
「状況はわかりませんが……加勢します!」
しかし、自由になったマルバスは膝から崩れ落ちた。
「ぐっ……毒が……もう……」
血泡を吐き、動くことすらままならない。
「ぬぅん!」
ネロに応じるように、レオスがクラウスに斬りかかるが、大剣は何かに阻まれた。
操られる団員との間に張り巡らされた糸が、クラウスを守る結界のように煌めいていた。
「無駄だ。貴様に俺は斬れん」
「クソっ……!」
ダラスはすぐさま声を張り上げる。
「レシア、その少女も連れて来い! それで任務完了だ、撤収する!」
「ちょ、ダラス!? どういうことだよ!」
状況を飲み込めていないネロの動揺をよそに、ウォドンは慣れた手つきでリリィに続き、片腕でリカールを担ぎ、巨大なコットンエレファントに駆け寄る。
そして、レシアが音もなくフィンに近づいた。手には細い注射器。
「ひっ……やめっ……!」
レシアはにこりと笑った。
「あは、大丈夫だよ。怖くないって。これはただの睡眠薬」
プスリと白い腕に針を差し込む。
「んんっ……やっ……」
抵抗する声も虚しく、瞼が重くなる。フィンの身体がふっと力を失いレシアの背に預けられた。
「おやすみ、可愛いお姫様」
レシアは軽やかに背負い上げ、エルメルスと共にコットンエレファントへ駆け戻る。
「覇ッ!」
ネロは、エレカを拘束していた土壁を掌で破壊する。
「あ゛……かはっ……」
エレカは咳き込みながら解放される。
「フィンを返しやがれッ!」
レオスは闘気を込め、淡い光を放つ大剣を押し付ける。
ーーすると、プツプツと糸が切れる感覚がする。
「何ぃ!? ドラゴンの鱗を繊維化して、魔力で編んだ糸だぞ!? 剣如きで切れるわけが」
糸が切れるたびに、操られていた団員の四肢が垂れ、崩れ落ちる。
「抗う足を大地に返せ……捕えろ!
《土膝枷クラスト・カフス》!」
地面が盛り上がり、太い土の縄が蛇のようにうねってレオス両足を縛り上げる。
「クソッ、離せ!」
レオスは大剣を足を縛る土に突き立て、脱出を試みる。
「クラウス、ヤツら、適当に傷を負わせてから撤退だ。殿は俺に任せろ」
クラウスは無言のまま頷き、両手の指をぎりっとひねる。
団員たちの腕が痙攣するように震え、意志と無関係に短剣を逆手に構える。虚ろな瞳のまま、その刃を自らの腹に突き立てた。鈍い音と共に血が噴き出す。
断末魔の声を上げることもなく、眠りの底についたまま。
そしてクラウスが身を翻した瞬間、操り糸を断たれた操り人形のように、その躯は力なく地に崩れ落ちた。
「エルさん、リリィを起こしてくだせぇ。目覚めの曲、お願いしやす!」
「はいはーい。今すぐ」
コットンエレファントの背に乗ったメンバーは配置に付く。気を失っているリリィを起こすべく、エルメルスは『メネスの瞳』をポーチにしまいこみ、ハープを構える。
「ダラス! 今までよくも騙してたな! フィンちゃんを返せぇ!」
エレカは魔法陣を展開し、大型魔術の詠唱を始める。
「ブラックペリルッ! 逃がさないっ! ーー《操錬金弾》!」
ネロは、疲労困憊の身体を突き動かし、立ち塞がるダラスに鋭く気弾を放つ。
一方、隣の砂丘の頂から光が奔った。光の帯が一筋、闇を裂き、砂を白く凍てつかせる。
そこを一条の影が滑り落ちる。人の形をしていながら、速すぎて目が追いつかない。
まるで夜の闇から放たれた矢が、ブラックペリルを乗せる魔物へと一直線に迫るように――。
竪琴の音色が闇夜に響き、錬金の弾丸が迫る。その狭間で――裏切りの後奏曲は最高潮を迎えようとしていた。
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