第54話:斧と魔術、激闘の先に
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱出し放浪中、キャラバンのメンバーとしてに迎え入れられ、新たな仲間たちとノクティアへと向かう。そんな中、ロアスとアテネは夜の砂丘で語らう一方、盗賊団ブラックペリルはキャラバンを急襲し、交戦状態となっていた。
ウォドンが吹き飛ばされる数刻前――
「俺はイーラディア人だ。魔術など使えぬ。魔術を扱うなら、魔具に頼るしかない」
ペラの腕の刃が月光を反射し、エレカの顔面めがけて振り下ろされる。
『――《聖障》!!』
展開した光の障壁が刃を弾き返す。しかし衝撃は強烈で、エレカの腕が痺れる。その隙を突き、足の刃が容赦なく襲いかかり、脛を裂いた。
「っ……!」
「貴様ら魔術師――特に上位属性に至る者は、俺ら魔具使いを下に見ているだろう。だがな……」
追撃の足刃が唸りを上げる。
『――《風刃》!!』
弾きはしたものの、刃を砕ききれない。省略詠唱した魔術は力が半減する。反動で息が乱れたところに、もう片足の刃が迫り、肩口を深々と裂いた。
「ぐぅ……!」
「重要なのは、魔術を理論で理解する頭脳ではない。その力を戦場で効果的に扱う――それが真の″頭脳″だ。どれほど強力な魔術を持とうが、知識が深かろうが、使い方を間違えれば、死ぬだけだ!」
『……《治癒》!!』
片腕から迸る淡い光が傷を覆う。しかし治癒の速度よりもペラの刃が早い。
「俺の魔具を見破ったところで何になる? 知ったところで、その力に屈するしかない!」
ペラはその長髪を振り乱しながら、絶え間なくその刃を向け、襲い掛かる。エレカは必死に防ぎながらも、呼吸が荒くなり、額に冷や汗が滲んだ。
「オラァァッ!!!」
――その瞬間。轟音が夜を裂き、砂煙を突き破って巨体が横切った。
ウォドンだ。マルバスに吹き飛ばされた巨躯がペラを直撃し、そのまま下敷きにして砂地に叩きつけられる。
「ちっ……くしょう……!」
ウォドンが呻く。
「大丈夫か! エレカ嬢!」
マルバスが声を張り上げる。
「団長……助かりました。でも……私に敵の接近を許さないでくださいよ……!」
エレカの血に濡れた肩を見て、マルバスは申し訳なさそうに眉を下げ、「悪ぃ!」と短く言い放つ。そして戦斧を構え直した。
クラウスは立ち上がるウォドンに講義をする。
「お前の邪魔が入らなければあの女を仕留めれていた。さっさとあのデカブツをやれ……」
「ああ!? アイツ、めちゃくちゃ強ぇんだよ。テメェこそ、若い女に戸惑ってんじゃねぇよ」
「ヤツは白魔術師だ。そう簡単な相手ではない。だが、一体一に持ち込むことさえできれば、俺が勝つ」
「ハッ、そうかよ! なら話が早ぇ、俺があの″若君殺し″を倒しゃあ全て終わりだな!」
ウォドンは巨斧を携え、再びマルバスに迫る。
「あの人形使いを倒すのに何秒必要だ?」
マルバスはエレカに尋ねる。
「……二十秒。その間、私に指一本触れさせないでください。できますか?」
ガキィン!
ウォドンの巨斧による重い一撃を、マルバスの黒き戦斧が受け止め、火花を飛ばしつつ答える。
「おう、任せろ!」
マルバスは低く息を吐き、巨斧を弾く。
『蒼穹に漂う無垢なる風よ。』
瞳をそっと閉じ、エレカの詠唱が始まる。
再びウォドンの巨斧を正面から受け止める。火花が散り、衝撃で砂塵が舞い上がる。視界が一瞬真っ白になる。
人形ペラが跳躍し、両足の刃を螺旋状に回転させて突進。マルバスは戦斧を縦に振り、跳ね返すと同時に蹴りを入れ、空中でペラを押し返す。
『大地を撫で、海を渡り、森を抱く清き息吹よ。』
しかし、人形は巧みに姿勢を制御し、刃を翻して再びエレカに襲いかかる。
「くっ……素早い、だが……俺が止める!」
マルバスは斧を縦横無尽に振り、ウォドンの巨斧とペラの刃の連携攻撃を弧を描く脚で弾いてかわす。
『目には見えぬ絹糸のごとく、
魂を繋ぎ、心を揺らす無窮の旋律よ。』
足元に光を帯びた魔法陣が出現する。
ウォドンが巨斧を振り下ろす――その重さは地を震わせ、砂煙と衝撃波がマルバスの周囲に渦巻く。だがマルバスは間合いを詰め、斧の背で巨斧を弾き返す。
「くそ、マジで強ぇな…!」
ペラが横合いから飛びかかり、空中で刃を交差させる。マルバスは即座に斧を縦に振り下ろし、刃を受け止めたまま回転して跳躍。ペラの体勢を崩すが、着地と同時に再び襲いかかる刃を受ける。
「……この男。確かにやる」
「まだだ、エレカ嬢の詠唱が終わるまでは!」
マルバスは戦斧を両手で構え直し、蹴りと斧の連携でペラを押し返す。
『我が祈りを聴け、我が誓いを抱け。
その羽は束縛を断ち、その流れは迷いを祓う。』
背後ではエレカの詠唱が最高潮に達し、両手からも強い魔力の光が迸る。
マルバスは巨斧と刃の攻撃を受け流しつつ、斧を振り抜き空中で旋回。
「畜生ッ! なんか来るぞ!」
「ウォドン、下がれ! 奥の手を使う!」
クラウスが両手を大きく引くと、ペラのお腹が開かれる。
「――隠し玉《蛇毒爆弾》ッ!!」
エレカ目掛け、球体が勢いよく発射される。
「させねぇっ!」
ガンッ!
マルバスは咄嗟に戦斧の峰で球体を跳ね返す。
『天空の御座より舞い降り、
我が身に集いし自由の化身よ――』
ボンッ!
破裂音と共に毒の霧が霧散する。
「猛毒の爆弾だ。一度肺に入れば、即死だ」
エレカに毒の粒子が降りかかる――
「――しまった! エレカ!」
『その力をもって、裂け。颯となりて、虚空を穿て!』
突如として上空に嵐のような突風が巻き起こる。毒の霧もその空気の奔流に飲まれる。
「何ぃ!?」
クラウスは思わず叫ぶ。
エレカの両手に集束した嵐が大きな塊となり、一条の光を帯びて収束した。
それは強い暴風が極限までに圧縮された風の玉。
エレカはカッと目を見開き、両掌をクラウスに向け、声を重ねた。
――《裂颯空穿》ッ!」
叫びと同時に魔法陣が炸裂し、圧縮された突風が、まるで矢のように一直線に飛び、ペラとクラウス、そしてウォドンを狙う。
ペラはその風圧で四肢が吹き飛ばされ、散らばる。
「ぐわああああっ!」
クラウスの細い身体も、逃れる間もなくその風の刃に貫かれる。
凄まじい衝撃が二体を同時に弾き飛ばし、砂塵と破片が空中に舞い上がる。
ペラはバラバラになった四肢が、クラウスは身体ごと仰向けに吹き飛ばされ、砂に叩きつけられたクラウスは、大の字で倒れ込み、かろうじて意識を保つのみ。
ウォドンだけが、咄嗟に巨斧を支点に地を蹴り、身を捻った。
暴風が頬を掠め、血を引き裂く。もし一瞬でも遅れていたなら、彼もまた仲間と同じく吹き飛ばされていただろう。
「ちっ……! あぶねぇ……!」
荒れ狂う風の中、ウォドンは奥歯を食いしばる。
それでも戦意を失わず、跪き踏みとどまった。
だが、そんなウォドンの眼前にマルバスが鈍く光る戦斧を突きつけた。
「……あり?」
「これで、終わりだ。テメェを騎士団に引き渡す」
白き衣を翻し、息を荒げながらも凛と立つエレカ。
「魔術の在り方は人それぞれ。人々の生活を豊かにするためのものなの。戦場での使い方しか考えないなんて、視野の狭い“頭脳”ね」
クラウスを見下すように告げた。
「……そして、私にとって魔術とは、誰かを傷つけるためじゃない。守るためにあるの」
そう言いながら物陰に隠れていたフィンに微笑みかける。
「フィンちゃん、マルバス団長を呼んでくれてありがとうね」
その一言が胸を打ち、フィンは熱に浮かされたように息を呑んだ。
(エレカさん……やっぱりすごい。こんな人になりたい……!)
普段は治癒を担う彼女が――「戦える魔術師」としての威を、確かに戦場に示していた。
フィンの胸の奥で、淡い憧れが、憧れを越えた強い願いへと形を変えていく。
勝負は決した――かに見えたが、砂漠の夜はまだ、静まることを許さなかった。
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