第53話:護符を握り、俯瞰する戦場
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱出し放浪中、キャラバンのメンバーとしてに迎え入れられ、新たな仲間たちとノクティアへと向かう。そんな中、ロアスとアテネは夜の砂丘で語らう一方、盗賊団ブラックペリルはキャラバンを急襲し、交戦状態となっていた。
レオスとリリィが落下する数刻前――中央の戦場。
フィンは荷台の影に身を潜め、震える指で護符を握りしめながら戦場を必死に見渡していた。
剣も魔術も持たない自分に、何かできることはないのか。その思いが頭を占め、胸を締めつける。
まず視線を右に向ける。
少し離れた空では、ネロが飛翔する敵と激しい攻防戦を繰り広げていた。普段は物静かで控えめな彼が、今は鋭い眼光で敵を捉え、光の弾を放ち続けている。
(ネロさん……普段のおとなしい姿からは想像できない。こんなに強いなんて……!)
左手側では、リリィが率いる魔物の群れとレオスがぶつかり合っている。
病み上がりの彼が、血をにじませながらなお剣を振るい続ける姿に、思わず胸が痛んだ。
(レオスさん……本当に体は大丈夫なの? あんな恐ろしい魔物たちを相手にするなんて……!)
さらに奥――巨大な鼻を持つ魔物。その背に据えられた箱型の魔具からは、近くに誰もいないのに、ハープの旋律が響き渡り、戦場全体に不気味な音色を散らしていた。
(あれ、演奏していないのに音楽が流れてる。あのハープで演奏していた人はどこに……?)
視界を戻すと、すぐ近くで土壁を張り巡らせるダラスの姿があった。
見えない敵を逃すまいと、土の術に全身の魔力を注ぎ込んでいる。
(ダラスさん、不可視のあの女の子を探知して、封じ込めているんだ……! 私には真似できないことを、皆は平然とやってる……)
そう考えた瞬間――眼前に、血を流しながらエレカが飛び込んできた。
「きゃっ! エレカさん、そのケガ!」
すぐ傍で、クラウスの操る人形ペラが襲いかかっていた。
片腕を失ったはずの人形は、なお残る腕と両脚の刃を連動させ、四方八方から複雑に斬りつけてくる。
魔術師にとって接近戦は致命的だ。エレカは必死に刃を受け流していたが、反撃する隙はなく、素人目にも追い詰められているのが分かった。
(エレカさん……距離を取れない。後ろには私たちもいて、逃げ場がない。それに、あんな速さじゃ……!)
無力感が胸をえぐる。
気付けばフィンは、その護符を握る手に、無意識に力がこもる。
(どうして……こんな時に限って、ロアスさんもアテネさんもいないの……!)
「フィンちゃん! 大丈夫よ、すぐ終わらせるから! あと少しだけ待ってて!」
ペラの攻撃を見切りながら、エレカが必死に声をかけてくる。
(……違う。今の私じゃ、まだ力になれないかもしれない。でも、何もしないなんて絶対にダメ。何か……誰か……!)
必死に辺りを見渡すフィンの目に、戦斧を振るいウォドンと正面衝突を繰り広げるマルバスの姿が飛び込んできた。
火花を散らす斧と斧。その轟音の中、獰猛な瞳で余裕そうな笑みを浮かべるマルバスと、必死そうなウォドンの表情に目を見開いた。
(いつもの雰囲気と違うけど、マルバスさんならきっと――)
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轟音が砂漠の静寂を打ち破った。
戦斧と巨斧が火花を散らし、冷えた夜気を震わせる。
月光を浴びた戦場の中央で、二つの巨躯がぶつかり合った。
戦斧を振りかざすマルバス。
巨斧を両腕で構えるウォドン。
斧と斧が激突した瞬間――砂漠の大地が軋み、巻き上がった砂塵が夜空へ舞い上がる。
「どうした? せっかく武器を変えたってのに、あまり強さに変化ねぇな……!」
「ぐぬぅ! 俺様を勝る怪力、やり合うのはテメェで三人目だ……!」
振るうたびに鉄と鉄がぶつかり、星明かりの下で閃光のように火花が散る。やがて鍔迫り合いとなり、互いの力が真っ向から激突。ギリギリと音を立てながら、二人の足は砂を抉り、冷えた砂粒が弾け飛ぶ。
「あ? テメェより強いやつ、随分と多いんだなッ!」
マルバスは歯を食いしばり、戦斧をさらに押し込む。
「貴様の巨斧ごと、この腕でへし折ってくれるッ!」
マルバスはさらに力を入れる。
「ぬおぉぉぉぉぉっ!!!」
ウォドンは獣のように咆哮し、巨斧を両腕で振り抜く。
その一撃はまるで山を砕くような重さで、マルバスの身体を押し返した。
だが、マルバスも怯まない。片膝を地に着きながらも、その巨体をねじ伏せるように立ち上がり、戦斧を真上から叩きつけた。
ゴガァン!
もはや人の域を超えた怪物同士の衝突だった。
「フン、さすが大規模なキャラバンをまとめ上げる長だ。やるじゃねぇか……」
肩で息をしながらも、ウォドンの口元には笑みが浮かんでいた。
「力比べか。久方ぶりに血が騒ぐ!」
マルバスはアドレナリンが全身を巡るのを感じた。闘争心が呼び覚まされ、命を賭けた駆け引きを愉しむその眼は爛々と輝き、気づけば笑みがこぼれていた。勢いのまま、一つ問いを投げ掛ける。
「ちなみに、他の二人ってのは誰なんだ?」
「栄砂団団長のグラファルと、さっきテメェの口から出た女ペラーナだ」
マルバスは驚きのあまり固まった。
「グラファル……また懐かしい名が出てきたな。奴は今――」
「マルバスさーーんっ! お願いです! エレカさんを、助けてくださぁーーいっ!!!」
その時、フィンの渾身の叫びが戦場に響き、マルバスはハッと我に返る。
視線が戦場に走り、前衛を欠いたエレカがペラとの接近戦に苦しんでいる姿が目に飛び込む。
(いかん。闘争の愉しさに魅入られ、戦局を見誤るところだった)
二人の斧が再びぶつかり、戦場に轟音が響く。火花を散らしながら押し合う中、マルバスは顔を近づけ、静かに言い放つ。
「盗賊。グラファルやペラーナとの関係について聞きたいことは山ほどあるが、今はそれどころじゃねぇ。この戦いを終わらせる」
「なんだと!?」
「オラァァッ!!」
すると、ウォドンの巨体は怪力に押され、砂煙を巻き上げながら、エレカと交戦中のペラへと弾き飛ばされる。
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