第50話:魔術と鋼の狂奏曲
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムから脱出し放浪中、キャラバンのメンバーとしてに迎え入れられ、新たな仲間たちとノクティアへと向かう。そんな中、ロアスとアテネは夜の砂丘で語らう一方、盗賊団ブラックペリルはキャラバンを急襲し、交戦状態となっていた。
夜の砂漠は静寂に包まれ、後ろのキャラバンのランタンの光だけが揺れていた。団員たちは深い夢の世界へと落ちていた。微かな寝息が砂の上に漂う。
その奥では、ブラックペリルが従える魔物、コットンエレファントが巨大な体を座らせ、闇に沈むように一つの人影佇んでいた。
「ふわり、ふわり♪ 夢の波に揺れて♪
心の扉♩ そっと閉じて〜♬
ささやく風の声に♪ 身を委ねて♪
漂うまま♪ 遠い記憶も〜♪
霞の彼方♩ 闇の抱擁に♬ 溶けていく〜♡」
エルメルスは軽やかに歌うように囁き、指先を優雅に動かしてハープの弦を撫でる。
旋律は魔術を帯び、夜の砂漠に柔らかく響き渡り、聴く者の意識をそっと揺さぶり、深い催眠の縁へと誘う。
微かな風に乗り、歌声は砂上に広がり、夢の世界へ誘う甘美で儚い波紋を描く。
その魔物とキャラバンを挟んだ中央地点、夜の砂漠に広がる混沌の一角。
最前線には人形ペラが先行し、その数十メートル後方、左手にクラウス、中央にウォドン、右手にレシアが、キャラバンに向かって三者三様、慎重に進んでいた。
行手を阻む形で、マルバスはペラとほぼ正対する前衛に立つ。その背後には魔術師のエレカとダラスが控え、砂塵に紛れながら観察し、必要に応じて魔術で支援する構えだ。
戦場中央寄り、エレカの影に隠れるようにフィンが取り残され、緊張の面持ちで戦いの行方を見守っていた。
さらに後方、キャラバンの荷台や影には、夢の底に誘われた団員たちが寝静まったまま点在し、戦場全体の緊張感を際立たせている。
ペラは人形じみた不気味な動きで旋回した。両腕から刃を展開し、マルバスへと斬りかかる。
夜風を裂いて閃く刃――砂粒さえ切り刻む鋭さに、耳を刺す金属音が響き渡る。
だが、マルバスは一歩も退かない。
ペラの刃を受け止めた瞬間、轟音と共に衝撃が走り――逆にペラの片腕が粉砕された。
鉄と木の破片が散弾のように飛び散る。
マルバスの巨体を包む圧は、黒き戦斧よりもなお重く場を支配していた。
(……片腕をやられたか。だが構わん。最初の一撃で斧に糸を掛けた。次はその右腕で、奴自身の左手を叩き折ってやる!)
「――《四肢操糸》!」
クラウスは両手の指先を巧みに操る。右手の小指をピンと伸ばすと、指先からマルバスの戦斧へと絡みついた細い糸が宙に舞う。
「!?」
だが、マルバスはまるで意に介さず、戦斧を振るい続ける。糸は確かに絡んでいるはずなのに、その重厚な斧はまるで操糸を拒むかのように微動だにしない。
クラウスが舌打ちし、素早くウォドンに合図を送る。
ウォドンはその意味を察し、砂漠を震わせる声で叫んだ。
「エルさぁんッ!!!
その曲、終いで頼んますッ!!!」
片手を挙げ、こくんと頷くエルメルス。
途切れる旋律。そして――
〜♪ 〜♪
代わりに奏でられるのは、血を滾らせる高揚の調べ。
戦場に新たな熱が流れ込む。
三人は同時に耳栓を外した。
「ウォドン、俺の糸が通じん。恐らく、白魔術で耐性を付与されている。あいつを頼む」
クラウスの声には焦燥が混じっていた。
「おうよ、俺様に任せろい!」
ウォドンは歩きながら、斬馬刀を大きく振り上げ、マルバスの方角に向けた。
「レシアさん、姿消しとってくだせぇ!」
「は〜い、頼んだよ〜」
レシアは軽い調子で返すと、闇夜に溶けて姿を消した。
「姿が消えた……!?」
フィンはその瞬間を見て驚く。
「特質魔術の一種ね。一般使用を制限される軽度の禁忌魔術よ。あの状態で近寄られたら、急所刺されてお終いよ」
エレカはそう説明して、改めて身構える。
その時、マルバスはペラを軽くいなし、鋭い視線を三人に向けた。
「お前らが――ブラックペリルか」
「あん? てめぇ、もしかして『若君殺しのマルバス』か?」
ウォドンの無造作な一言に、マルバスは息を呑んだ。
「……っ! お前、なぜその名を知っている」
「あ? そりゃ……えー、どこで聞いたんだっけな。昔のことはどうも霞んじまってよ」
ウォドンは頭を掻き、顔をしかめる。
「ふざけるな! お前、ファラス家と何の関わりがある!?」
怒気を孕んだ咆哮が夜を裂いた。
「ああ? 忘れたって言ってんだろ。しつけぇな」
傍らでフィンが小声で囁く。
「……エレカさん、その『若君殺し』って?」
「私も知らないわ」
エレカは眉をひそめ、じっとマルバスを見据えた。
マルバスは問いを重ねる。
「お前らのリーダーは誰だ。まともに話せる奴と会わせろ」
「団長はここにはいない。交渉事なら俺が請け負う」
クラウスが応じる。
「……『ペラーナ』という女を知っているか?」
その名に、ダラスの目が大きく見開かれた。汗が額を伝う。
(――ペラーナ……!)
ウォドンが口を開きかける。
「お、そいつは俺ら――」
クラウスが即座に遮った。
「答える義理はない」
「……ああ、そうか。今じゃねぇな」
マルバスは小さく息を吐き、問いを切り替える。
「ならば答えろ。お前らの望みは何だ。金か、物資か」
「望みは一つ。お前が保有する物資の一つ――寿命を伸ばす魔具だ」
マルバスは目を瞬かせ、思わず言葉を失った。
「……寿命を、伸ばす?」
ウォドンは食い気味に言い放つ。
「しらばっくれたって無駄だぜ!」
そんなウォドンにエレカが冷然と告げる。
「そんなもの存在しないわ。魔術学会の研究で証明されてる。魔具は己が生命力を削り魔術に変換する道具……寿命が延びるはずがない」
「問答は終いだァ! あるかないかは、テメェらぶった斬って、漁ればわかることだぜェ!」
ウォドンが咆哮し、斬馬刀を叩きつけた。
黒斧がそれを正面から受け止め、金属音とともに爆ぜるような衝撃波が戦場を覆う。砂が巻き上がり、視界を歪めた。
その影でクラウスは掌ほどの小型人形を二体取り出し、地に放つ。
人形はひとりでに身を震わせ、片腕を失ったペラと共に宙を舞い、舞踏のように動き出す。
――ザリ、と砂を踏むかすかな音。
エレカの鋭い耳がそれを拾った。
「……右側面、七メートル。透明化した敵、《光明澄》内に侵入! ダラス!」
即座にダラスへ声を飛ばす。
「――っ! 抗う足を大地に返せ……捕えろ!
《土膝枷》!」
轟音とともに、エレカの右方の地面が盛り上がり、太い土の縄が蛇のようにうねって虚空を縛り上げる。
「きゃっ!?」
拘束された瞬間、透明が剥がれ、レシアの姿が露わになった。
足首から脛にかけて、硬化した土が石の枷となって締め上げる。
「さっきの人……! こんなところに……」
フィンが息を呑む。
「いやぁっ、やめてよ!」
レシアは短剣を閃かせ、石の枷を一息に切り裂く。土片が散り飛び、再び身を闇に溶け込ませた。
「――ッ!」
次の瞬間、虚空から閃光のごとき短剣がエレカを狙って飛来する。
「大地よ、抗う力となりて――立ちはだかれ!
《土障壁》!」
エレカの周囲に、砂を固めた厚い壁が瞬時に三枚せり上がる。
刃は甲高い音を立て、壁に弾かれた。
「逃がさねぇッ! 《土膝枷》!」
ダラスが詠唱を重ね、短剣の飛来元――虚空そのものに向けて土を巻き上げる。
「――っ!? ちょっと! 放してってば!」
姿なき場所から、必死に抗うレシアの声が響いた。
「……捉えた!」
ダラスの目が鋭く光る。
「この小娘は俺が押さえる。二人は正面の奴らに集中しろ!」
束縛されたレシアの呻き声を背に、戦場の視線は二手に割れた。
マルバスとウォドンが斧と刀を交え火花を散らす中、クラウスとエレカが互いを射抜くように睨み合う。
〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓
クラウスの指先が舞い踊ると、片腕が破損したペラと二体の小人形が糸に引かれて宙を舞い、獲物を仕留める猛禽のごとくエレカへ襲いかかる。
だがエレカは怯むことなく、両の掌を胸前で合わせ、息を吐きながら呟いた。
「――《聖障》」
瞬間、透明な光の壁が破裂音を立てて展開し、突進する人形を弾き飛ばす。激突音が響き、人形は地面に叩きつけられて無力化された。
「ちっ……やるな」
「今度はこちらから行くわよ」
エレカはすかさず片手を薙ぎ払う。
「――《風刃》!」
空気が裂ける音と共に、鋭利な風の刃が矢のごとく奔流を描き、クラウスの本体を狙う。
クラウスは両腕を広げ、指を巧みに動かし、人形を盾として前に押し出した。
次の瞬間、轟音。木製の人形は細切れとなり、木片と糸を宙に散らして砕け散った。
その閃光めいた光景を見た瞬間、エレカの瞳が強く輝く。
「……なるほど、そういうことね」
「何がだ?」クラウスが眉をひそめる。
「その人形が魔具だと見せかけて……実際は、あなたの人形に張り付く三十本近くの糸こそが、本物の魔具ね?」
クラウスの無表情な顔が一瞬、仮面が剥がれたように笑みが溢れる。
「……俺の魔具を初見で見破るとは、大した女だ」
エレカは光の結界をさらに強め、一歩踏み込みながら冷静に告げる。
「《光明澄》の領域は半径七メートル。味方に魔術耐性を付与するだけじゃない。魔力の発生源を探知することもできるの。あなたのその糸……目には見えなくても、魔力濃度が濃すぎて隠せないのよ」
クラウスは口元を歪め、舌で歯を鳴らした。
「半径七メートル……なるほどな。どうりでその大将に糸を掛けても動かせねぇわけだ。……なら仕方ねぇ」
彼はゆっくりと指先を組み替える。
「ここからは、この『ペラ』で正面からやらせてもらうぜ」
〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓
轟音。
斬馬刀が地を砕き、黒光りする戦斧が岩をも穿つ。
「うおおおおおおおおッ!」
ウォドンの斬馬刀《讐斬》が振り下ろされ、地面を裂く衝撃波が奔る。
しかしマルバスは微動だにせず立ち塞がる。
「効かねぇな」
深い皺を刻んだ額に光が反射し、戦斧を軽く振るって刀を受け止めながら言い放つ。
ウォドンの力強い一撃がマルバスの戦斧に弾かれ、砂塵が舞い上がった。
「《剛力衝断》ッ!」
斬馬刀を旋回させ、全力で斬りかかるウォドン。
だがマルバスは余裕を見せながら戦斧で受け、難なく押し返す。
「その程度かよッ……」
マルバスは身体を屈め、膝に力を込める。
「オラァッ!! 《獣脚穿》!!!」
膝が弾丸のように跳ね上がる。
マルバスの膝がウォドンの腹部を突き上げ、若干宙に弾き飛ばす。
その勢いで背中から地面に叩きつけられ、砂煙が舞い上がった。
咳とともに血を吐きながらも、ウォドンはすぐに立ち上がる。
「面白ぇ……まだまだ行くぞ!」
《讐斬》を横薙ぎに振るい、砂と岩を断ち割る。
「喰らいやがれッ!」
斬撃の回転と衝撃波が、マルバスへと襲いかかる。
だがマルバスは戦斧を強く握り、衝撃を受け止め、押し返す。
「殺し合いは久しぶりだが……この血の匂い、嫌いじゃねぇ!」
鋼鉄の斧と斬馬刀の衝突が轟き、砂塵と衝撃波が戦場を揺らす。
ウォドンの斬馬刀が地を裂き、怒涛の力をその刃に込める。衝撃が夜の砂漠を引き裂くように走る。
鋼と鋼がぶつかるたび、火花にも似た冷たい光が迸り、砂塵が荒れ狂う。
両者の呼吸は荒く、鼓動は地鳴りのように戦場に響き渡った。
「やっぱ、使い慣れねぇ刀でこんな強敵と闘うもんじゃねぇな……!」
ウォドンの額に汗が光り、呼吸を整えながらさっきまで使ってた《讐斬》を地面に突き刺した。
そして、背中に背負っていた巨斧を取り出し、構える。
「つーか、重いと思ったら、俺の愛用、背負ったままだったの忘れてたぜ」
マルバスは無言で正面を固め、斧を構え直す。
「はっ、手ェ抜いてましたってか?……盗賊風情に遅れをとるかよ」
その堂々たる風格が、戦いを一層重厚なものにする。
両者の視線がぶつかり、砂塵と鋼の音が夜の砂漠に響いた――。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。
皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。




