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最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第三章 〜救いの旅団〜「キャラバン編」
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第50話:魔術と鋼の狂奏曲

〜前回までのあらすじ〜

 記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。

 ウェイシェムから脱出し放浪中、キャラバンのメンバーとしてに迎え入れられ、新たな仲間たちとノクティアへと向かう。そんな中、ロアスとアテネは夜の砂丘で語らう一方、盗賊団ブラックペリルはキャラバンを急襲し、交戦状態となっていた。

 夜の砂漠は静寂に包まれ、後ろのキャラバンのランタンの光だけが揺れていた。団員たちは深い夢の世界へと落ちていた。微かな寝息が砂の上に漂う。


 その奥では、ブラックペリルが従える魔物、コットンエレファントが巨大な体を座らせ、闇に沈むように一つの人影佇んでいた。


「ふわり、ふわり♪ 夢の波に揺れて♪

 心の扉♩ そっと閉じて〜♬

 ささやく風の声に♪ 身を委ねて♪

 漂うまま♪ 遠い記憶も〜♪

 霞の彼方♩ 闇の抱擁に♬ 溶けていく〜♡」


 エルメルスは軽やかに歌うように囁き、指先を優雅に動かしてハープの弦を撫でる。

 旋律は魔術を帯び、夜の砂漠に柔らかく響き渡り、聴く者の意識をそっと揺さぶり、深い催眠の縁へと誘う。

 微かな風に乗り、歌声は砂上に広がり、夢の世界へ誘う甘美で儚い波紋を描く。


 その魔物とキャラバンを挟んだ中央地点、夜の砂漠に広がる混沌の一角。

 最前線には人形ペラが先行し、その数十メートル後方、左手にクラウス、中央にウォドン、右手にレシアが、キャラバンに向かって三者三様、慎重に進んでいた。

 行手を阻む形で、マルバスはペラとほぼ正対する前衛に立つ。その背後には魔術師のエレカとダラスが控え、砂塵に紛れながら観察し、必要に応じて魔術で支援する構えだ。

 戦場中央寄り、エレカの影に隠れるようにフィンが取り残され、緊張の面持ちで戦いの行方を見守っていた。


 さらに後方、キャラバンの荷台や影には、夢の底に誘われた団員たちが寝静まったまま点在し、戦場全体の緊張感を際立たせている。


 ペラは人形じみた不気味な動きで旋回した。両腕から刃を展開し、マルバスへと斬りかかる。

 夜風を裂いて閃く刃――砂粒さえ切り刻む鋭さに、耳を刺す金属音が響き渡る。


 だが、マルバスは一歩も退かない。

 ペラの刃を受け止めた瞬間、轟音と共に衝撃が走り――逆にペラの片腕が粉砕された。

 鉄と木の破片が散弾のように飛び散る。

 マルバスの巨体を包む圧は、黒き戦斧よりもなお重く場を支配していた。


(……片腕をやられたか。だが構わん。最初の一撃で斧に糸を掛けた。次はその右腕で、奴自身の左手を叩き折ってやる!)


「――《四肢操糸フィルム・ドマンディ》!」


 クラウスは両手の指先を巧みに操る。右手の小指をピンと伸ばすと、指先からマルバスの戦斧へと絡みついた細い糸が宙に舞う。


「!?」


 だが、マルバスはまるで意に介さず、戦斧を振るい続ける。糸は確かに絡んでいるはずなのに、その重厚な斧はまるで操糸を拒むかのように微動だにしない。

 クラウスが舌打ちし、素早くウォドンに合図を送る。

 ウォドンはその意味を察し、砂漠を震わせる声で叫んだ。


「エルさぁんッ!!!

 その曲、終いで頼んますッ!!!」


 片手を挙げ、こくんと頷くエルメルス。


 途切れる旋律。そして――


〜♪ 〜♪


 代わりに奏でられるのは、血を滾らせる高揚の調べ。

 戦場に新たな熱が流れ込む。

 三人は同時に耳栓を外した。


「ウォドン、俺の糸が通じん。恐らく、白魔術で耐性を付与されている。あいつを頼む」

 クラウスの声には焦燥が混じっていた。


「おうよ、俺様に任せろい!」

 ウォドンは歩きながら、斬馬刀を大きく振り上げ、マルバスの方角に向けた。

「レシアさん、姿消しとってくだせぇ!」


「は〜い、頼んだよ〜」

 レシアは軽い調子で返すと、闇夜に溶けて姿を消した。


「姿が消えた……!?」

 フィンはその瞬間を見て驚く。


「特質魔術の一種ね。一般使用を制限される軽度の禁忌魔術よ。あの状態で近寄られたら、急所刺されてお終いよ」

 エレカはそう説明して、改めて身構える。


 その時、マルバスはペラを軽くいなし、鋭い視線を三人に向けた。


「お前らが――ブラックペリルか」


「あん? てめぇ、もしかして『若君殺しのマルバス』か?」

 ウォドンの無造作な一言に、マルバスは息を呑んだ。


「……っ! お前、なぜその名を知っている」


「あ? そりゃ……えー、どこで聞いたんだっけな。昔のことはどうも霞んじまってよ」

 ウォドンは頭を掻き、顔をしかめる。


「ふざけるな! お前、ファラス家と何の関わりがある!?」

 怒気を孕んだ咆哮が夜を裂いた。


「ああ? 忘れたって言ってんだろ。しつけぇな」


 傍らでフィンが小声で囁く。

「……エレカさん、その『若君殺し』って?」


「私も知らないわ」

 エレカは眉をひそめ、じっとマルバスを見据えた。


 マルバスは問いを重ねる。

「お前らのリーダーは誰だ。まともに話せる奴と会わせろ」


「団長はここにはいない。交渉事なら俺が請け負う」

 クラウスが応じる。


「……『ペラーナ』という女を知っているか?」


 その名に、ダラスの目が大きく見開かれた。汗が額を伝う。


(――ペラーナ……!)


 ウォドンが口を開きかける。

「お、そいつは俺ら――」


 クラウスが即座に遮った。

「答える義理はない」


「……ああ、そうか。今じゃねぇな」

 マルバスは小さく息を吐き、問いを切り替える。

「ならば答えろ。お前らの望みは何だ。金か、物資か」


「望みは一つ。お前が保有する物資の一つ――寿命を伸ばす魔具フェルマだ」


 マルバスは目を瞬かせ、思わず言葉を失った。

「……寿命を、伸ばす?」


 ウォドンは食い気味に言い放つ。

「しらばっくれたって無駄だぜ!」


 そんなウォドンにエレカが冷然と告げる。

「そんなもの存在しないわ。魔術学会の研究で証明されてる。魔具フェルマは己が生命力を削り魔術に変換する道具……寿命が延びるはずがない」


「問答は終いだァ! あるかないかは、テメェらぶった斬って、漁ればわかることだぜェ!」

 ウォドンが咆哮し、斬馬刀を叩きつけた。

 黒斧がそれを正面から受け止め、金属音とともに爆ぜるような衝撃波が戦場を覆う。砂が巻き上がり、視界を歪めた。


 その影でクラウスは掌ほどの小型人形を二体取り出し、地に放つ。

 人形はひとりでに身を震わせ、片腕を失ったペラと共に宙を舞い、舞踏のように動き出す。


 ――ザリ、と砂を踏むかすかな音。

 エレカの鋭い耳がそれを拾った。

「……右側面、七メートル。透明化した敵、《光明澄ルミナ・クラリタス》内に侵入! ダラス!」

 即座にダラスへ声を飛ばす。


「――っ! 抗う足を大地に返せ……捕えろ!

土膝枷クラスト・カフス》!」


 轟音とともに、エレカの右方の地面が盛り上がり、太い土の縄が蛇のようにうねって虚空を縛り上げる。


「きゃっ!?」

 拘束された瞬間、透明が剥がれ、レシアの姿が露わになった。

 足首から脛にかけて、硬化した土が石の枷となって締め上げる。


「さっきの人……! こんなところに……」

 フィンが息を呑む。


「いやぁっ、やめてよ!」

 レシアは短剣を閃かせ、石の枷を一息に切り裂く。土片が散り飛び、再び身を闇に溶け込ませた。


「――ッ!」

 次の瞬間、虚空から閃光のごとき短剣がエレカを狙って飛来する。


「大地よ、抗う力となりて――立ちはだかれ!

土障壁クラウスト》!」


 エレカの周囲に、砂を固めた厚い壁が瞬時に三枚せり上がる。

 刃は甲高い音を立て、壁に弾かれた。


「逃がさねぇッ! 《土膝枷クラスト・カフス》!」

 ダラスが詠唱を重ね、短剣の飛来元――虚空そのものに向けて土を巻き上げる。


「――っ!? ちょっと! 放してってば!」

 姿なき場所から、必死に抗うレシアの声が響いた。


「……捉えた!」

 ダラスの目が鋭く光る。

「この小娘は俺が押さえる。二人は正面の奴らに集中しろ!」


 束縛されたレシアの呻き声を背に、戦場の視線は二手に割れた。

 マルバスとウォドンが斧と刀を交え火花を散らす中、クラウスとエレカが互いを射抜くように睨み合う。


 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓


 クラウスの指先が舞い踊ると、片腕が破損したペラと二体の小人形が糸に引かれて宙を舞い、獲物を仕留める猛禽のごとくエレカへ襲いかかる。

 だがエレカは怯むことなく、両の掌を胸前で合わせ、息を吐きながら呟いた。


「――《聖障セイショウ》」


 瞬間、透明な光の壁が破裂音を立てて展開し、突進する人形を弾き飛ばす。激突音が響き、人形は地面に叩きつけられて無力化された。


「ちっ……やるな」


「今度はこちらから行くわよ」


 エレカはすかさず片手を薙ぎ払う。


「――《風刃フウジン》!」


 空気が裂ける音と共に、鋭利な風の刃が矢のごとく奔流を描き、クラウスの本体を狙う。

 クラウスは両腕を広げ、指を巧みに動かし、人形を盾として前に押し出した。


 次の瞬間、轟音。木製の人形は細切れとなり、木片と糸を宙に散らして砕け散った。

 その閃光めいた光景を見た瞬間、エレカの瞳が強く輝く。


「……なるほど、そういうことね」


「何がだ?」クラウスが眉をひそめる。


「その人形が魔具フェルマだと見せかけて……実際は、あなたの人形に張り付く三十本近くの糸こそが、本物の魔具フェルマね?」


 クラウスの無表情な顔が一瞬、仮面が剥がれたように笑みが溢れる。

「……俺の魔具フェルマを初見で見破るとは、大した女だ」


 エレカは光の結界をさらに強め、一歩踏み込みながら冷静に告げる。

「《光明澄ルミナ・クラリタス》の領域は半径七メートル。味方に魔術耐性を付与するだけじゃない。魔力の発生源を探知することもできるの。あなたのその糸……目には見えなくても、魔力濃度が濃すぎて隠せないのよ」


 クラウスは口元を歪め、舌で歯を鳴らした。

「半径七メートル……なるほどな。どうりでその大将に糸を掛けても動かせねぇわけだ。……なら仕方ねぇ」


 彼はゆっくりと指先を組み替える。

「ここからは、この『ペラ』で正面からやらせてもらうぜ」


 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓


 轟音。

 斬馬刀が地を砕き、黒光りする戦斧が岩をも穿つ。


 「うおおおおおおおおッ!」

 ウォドンの斬馬刀《讐斬アダギリ》が振り下ろされ、地面を裂く衝撃波が奔る。


 しかしマルバスは微動だにせず立ち塞がる。


 「効かねぇな」

 深い皺を刻んだ額に光が反射し、戦斧を軽く振るって刀を受け止めながら言い放つ。

 ウォドンの力強い一撃がマルバスの戦斧に弾かれ、砂塵が舞い上がった。


 「《剛力衝断ごうりきしょうだん》ッ!」


 斬馬刀を旋回させ、全力で斬りかかるウォドン。

 だがマルバスは余裕を見せながら戦斧で受け、難なく押し返す。


 「その程度かよッ……」

 

 マルバスは身体を屈め、膝に力を込める。


 「オラァッ!! 《獣脚穿じゅうきゃくせん》!!!」


 膝が弾丸のように跳ね上がる。

 マルバスの膝がウォドンの腹部を突き上げ、若干宙に弾き飛ばす。

 その勢いで背中から地面に叩きつけられ、砂煙が舞い上がった。


 咳とともに血を吐きながらも、ウォドンはすぐに立ち上がる。


 「面白ぇ……まだまだ行くぞ!」

 《讐斬》を横薙ぎに振るい、砂と岩を断ち割る。


 「喰らいやがれッ!」

 斬撃の回転と衝撃波が、マルバスへと襲いかかる。


 だがマルバスは戦斧を強く握り、衝撃を受け止め、押し返す。


 「殺し合いは久しぶりだが……この血の匂い、嫌いじゃねぇ!」


 鋼鉄の斧と斬馬刀の衝突が轟き、砂塵と衝撃波が戦場を揺らす。

 ウォドンの斬馬刀が地を裂き、怒涛の力をその刃に込める。衝撃が夜の砂漠を引き裂くように走る。

 鋼と鋼がぶつかるたび、火花にも似た冷たい光が迸り、砂塵が荒れ狂う。

 両者の呼吸は荒く、鼓動は地鳴りのように戦場に響き渡った。


 「やっぱ、使い慣れねぇ刀でこんな強敵と闘うもんじゃねぇな……!」


 ウォドンの額に汗が光り、呼吸を整えながらさっきまで使ってた《讐斬》を地面に突き刺した。

 そして、背中に背負っていた巨斧を取り出し、構える。


 「つーか、重いと思ったら、俺の愛用、背負ったままだったの忘れてたぜ」


 マルバスは無言で正面を固め、斧を構え直す。


 「はっ、手ェ抜いてましたってか?……盗賊風情に遅れをとるかよ」


 その堂々たる風格が、戦いを一層重厚なものにする。


 両者の視線がぶつかり、砂塵と鋼の音が夜の砂漠に響いた――。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。

皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。

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