第44話:サンドスコーピオンの群れ
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムが死の街と化し、命からがら脱出。
放浪中、キャラバンのメンバーとして迎えられ、苦手だった人と交流をすること学びながらノクティアへと向かう―
隊列の後方、荷馬車のそばでは調理班の若者が手早く簡易調理器具を動かしていた。
「おーい、みんな! 今日は『ズーサ様特製スペシャルスパイス焼き肉inデザートエディション』だぞー!」
ちょっとお調子者のズーサという若者は陽気に声をかけ、荷馬車周りに集まる数人の隊員を笑わせていた。
「ズーサの料理はいつもパンチ効いてるからなあ」
ネロが苦笑いしながら言う。
「まあ、腹に入れば何でもうまいんだよ!」
ズーサはドヤ顔で応える。
隣では、雑務係の若者が慌ただしく動き回っている。そんな若者にマルバスが確認をする。
「おい、ミラ!水の量、どんな感じだ?」
ミラと呼ばれた若者は答える。
「水の補充がちょっとまだ少ないですね。もう明日も水汲みさせたほうがいいですね」
「よし、明日朝、ズーサとネロ辺りに行かせるか。あ、あとレオスのヤツ、全快して暇そうにしてたから叩き起こしてこき使ってやれ」
マルバスが声をかけると、ネロとズーサは返事をした。
そんなほのぼのした空気が一瞬流れたのも束の間、先頭から突然の警戒の声が上がった。
「前方に砂煙が見えます!」偵察役の声が張りつめる。
「サンドスコーピオンの群れだ!」と報告が続く。
「な、なんですかあれ!?」
叫ぶように聞くフィンに、臨戦態勢に入りながら冷静に返事をするアテネ。
「サンドスコーピオン――砂に潜んで敵を待ち伏せる狡猾な魔物ですわ。
ヤツら、砂から急に飛び出してきますわ。その俊敏さと、尻尾の毒には気を付けないといけませんわね」
マルバスは即座に斧を携え、隊列前方に駆け出しながら、声を張り上げる。
「全員、隊列を組み直せ!敵は前方、荷車の周りに集まれ!防御態勢だ!」
砂の上を滑るように、巨大なサソリの群れが地平線の彼方からこちらに迫ってくる。
「来るぞ!気を抜くな!」マルバスが斧を高く掲げながら叫ぶ。
砂煙を蹴散らし、サンドスコーピオンの群れが音もなく迫る。
彼らの鋭い爪が地面を叩きつけ、硬い外骨格が陽光を反射し、砂漠に不気味な煌めきを放つ。
尻尾は狂気のようにうねり、毒針が一瞬の隙をついて刺さることを予感させる。
「ネロ、気弾で牽制だ!」
マルバスの低く力強い声が戦場に響き渡る。
普段は穏やかな声を持つネロだが、その目は鋭く燃え上がり、低く唸り声を上げながら闘気を練り上げる。
「うおおぉぉぉぉぉっ……!」
両手を前方に突き出し、大地を揺るがすような叫びとともに放たれる。
「覇ぁっ!」
放たれた気弾は、灼熱の小太陽のように眩く輝き、弧を描きながら飛翔する。
「覇ぁっ! 覇ぁっ! 覇ぁっ!」
それらはまるで鋭利な矢の如く、正確に敵の脳天を貫き、サンドスコーピオンを次々と屠っていく。
群れはその勢いに驚き、慌てて砂の中へと潜伏していった。
その隙を逃さず、レオスは低く重心を落とし、敵の間を縫うように跳躍する。
一匹の巨大なサンドスコーピオンに飛びつき、鋭利な大剣を甲羅に突き立てると、甲羅が鋭く裂け、凄まじい斬撃が連続で浴びせられた。
獰猛な獣そのものの激しい戦いぶりに、敵の動きは次第に鈍り始める。
その瞬間、マルバスが戦斧を振り上げ飛び出そうとしたが、レオスが声を張り上げた。
「切り込み隊長は俺に任せろ! 団長さんはその場で指揮に専念しろ!」
そう言い放つと、レオスは次の敵に向けて跳躍し、全身を預けて取り付いた。
マルバスはその姿を見て、呟いた。
「へ、案外やるな。アイツ……」
愛用の戦斧を担いだままマルバスはうなずき、目を鋭くしてダラスとアテネへ指示を飛ばす。
「ダラス、アテネ嬢、敵の動きを封じろ!」
ダラスが地面に両手を押し当て、低く力強い声で詠唱を始める。
「闇の咆哮よ、地を裂き、牙を剥け。
奈落の口を開き、すべてを呑み込め
――――《牙裂深淵》!」
その声と共に、大地が唸りを上げて震動し始める。砂と岩が荒々しく盛り上がり、無数の鋭い岩壁が敵の足元から次々に突き出していく。裂け目が地面を引き裂き、潜んでいたサンドスコーピオンたちもその動きを封じられ、無理やり岩壁ごと持ち上げられてしまう。
怒り狂う獣のようなサソリの群れが、鋭い岩壁の牙に蹴躓き、身動きが取れずに暴れまわる。
アテネは両手を天に掲げ唱える。
「凍てつく鎖よ、時を縫い、悪しき歩みを封ぜよ
――――《氷鎖結界》!」
サンドスコーピオンたちの足元から、白銀の鎖が音もなく走り出す。鎖はまるで生き物のようにうねり、甲殻に絡みついた瞬間、霜がじわりと広がった。
「ギィィッ!」と耳障りな悲鳴を上げ、巨躯がもがく。だが抵抗するたびに鎖は食い込み、節足の隙間から凍結が侵食する。茶褐色の外殻は瞬く間に氷の白に覆われ、複眼には生命の光が消えていく。
最後には動きがぴたりと止まり、氷の鎖に縛られたまま、砂の中の彫像と化した。
「エレカ嬢、俺の肉体を強化してくれ!そのあと、負傷者が出た場合に備えろ!」
「黄金の光輪よ、我らを抱き、疾き足と揺るがぬ力を与えよ。天の加護を受け、運命をも凌駕せん
──《光環》!」
エレカが両手をかざすと、眩い黄金の輪が彼女の周囲に輝き始める。輪はゆっくりとマルバスへと広がり、その身体を包み込んだ。
光の波動がマルバスの筋肉を躍動させ、反応速度と持久力が一気に引き上げられていく。まるで全身に天の加護が宿ったかのような感覚が彼を満たした。
その間にも、気弾と魔術を避けてきたサンドスコーピオンが、弾丸のようにキャラバンに飛び出してくる。
マルバスは鋭く視線を固定し、地面から真上へ跳躍。宙で大きく振りかぶった戦斧を叩きつける。
鋭い斧の刃が硬い甲羅を打ち砕き、そのまま跳躍した地点に着地。
激しい轟音と共にサンドスコーピオンは真っ二つに裂けながら、無残に地面へと倒れ伏し、周囲の砂埃が舞い上がった。
激闘は短時間ながら激烈を極め、七、八匹のサンドスコーピオンを確実に倒していき、残る四匹は一時的に退却する――かに見えた。
だが、敵はすぐに形勢を立て直し、キャラバン前方に向かってくる。
「来るっ……!皆、迎打て!」
マルバスの指示のもと、全員身構える。
が、予測していたタイミングで地中から現れない。
わずかな地中からの音と不自然な″間″――マルバスはその瞬間、察知した。そいつらは、まるで意志を持つかのように、キャラバンの後ろ側に回り込んでいることに。
マルバスが、遅れながらも指示を飛ばす。
「ダラス、アテネ嬢、後ろだ──」
しかし、マルバスの指示とは裏腹に、前方から砂の下をうねる影が、一気に地表を突き破った。
前方から躍り出た二体のサンドスコーピオンが、甲殻を軋ませながら鋭い鉤爪を振りかざす。
「来させねぇ!」
レオスが咄嗟に反応し、大剣を横薙ぎに振るう。
鈍い衝撃音とともに、巨大な甲羅が真っ二つに割れ、砂の上に血飛沫が散った。
すかさず、その隙を縫って別の個体が地中から突き出す。
「させるかぁっ!」
ネロの両手から、光弾が弾丸のように連射される。
矢継ぎ早に放たれる気弾が甲羅の継ぎ目を正確に撃ち抜き、敵は断末魔の振動を残して崩れ落ちた。
わずかな間に、二人が前方の敵を薙ぎ払う。
だが、その奮戦の陰で、後方の影が迫っていた。
アテネ、ダラスが後方を振り返り、歯噛みする。
「──間に合わねぇ!」
「──間に合いませんわ!」
この時、前方だけでなく、後方二箇所にもサンドスコーピオンが出現していた。同時に前、後方右、後方左の三方向からの同時攻撃。それはまるで狼の群れ、軍の組織のように統制された奇襲──
後方には多くの非戦闘員たちが身を寄せ合い、不安げに息を潜めていた。
「フィン、危ない──!」
エレカの鋭い叫びが、戦場の喧噪を裂く。
その刹那。
砂塵を割るように、眠たげな眼のロアスの影が宙へ舞うように現れた。
両手に顕現したのは、常軌を逸したほど巨大な大鎌。
振り下ろされた瞬間、漆黒の閃光が迸り、二体のサンドスコーピオンが同時に絶命する。
切り裂かれた甲殻からは乾いた破砕音が響き、砂の上に黒い影のように崩れ落ちていった。
周囲の空気が一瞬、張り詰める──そして遅れて、隊列から驚きの声が洩れた。
「おおっ……これが、噂の新入りの大鎌か!」
しかし、ロアスはその歓声を意にも介さない。
冷ややかな瞳で大鎌を霧のように消し去ると、眠子まなこを擦りながら、何事もなかったかのように呟いた。
「……眠い。悪いが二度寝する。昼飯の時に起こしてくれ」
その一言で、張り詰めていた空気がふっと緩む。
「……あ、あの、ロアスさん、もう昼っすけど」
調理班のボサボサ頭のズーサが腰を抜かしながら呟いた。
「……ん、もう昼か。じゃあ昼飯をいただくとしよう」
砂漠の熱気の中、ロアスとズーサのそのなんともいえないやりとりが、緊迫した瞬間から一転、仲間たちの笑いを誘った。
そんな中、ダラスとアテネが冷静にロアスを分析していた。
「ダラス、今の動き見えまして?あんな動き始めてみました」
「……いや。ウェイシェムでの話……正直、多少誇張されてると思ってたんだが、案外そうでもねぇらしい。マジで何者だ?」
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