第42話:盗賊団vs騎士団
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムが死の街と化し、命からがら脱出。
放浪中、キャラバンのメンバーとして向かい入れられ、苦手だった人との交流を学びながらノクティアへと向かう。
一方、盗賊団ブラックペリルは、聖杯騎士団に狙われていた――
聖杯騎士団の包囲は、もはや狩りの形を成していた。
先頭に躍り出たのは、聖銅騎士レディ。
リカールがリリィに気を取られ、高度を落とした隙をつき、馬の上に立ち一気に跳躍した。
両手に握られた双剣が、光の軌跡を幾十も描く。
「盗賊! 神と騎士団の誇りのため、この聖銅騎士レディ・タインが、貴様を成敗する!」
ただ速いのではない――一本目で構えを弾き、二本目で刎ねる、まるで緻密な舞踏のような二刀術。
リカールは短剣で辛うじていなしつつ、返す手を打つ暇もなく押し込まれていく。
「オ・ラ・ラ! 速いデスネ!」
だが、レディの剣撃は休まない。
上段から閃く光がリカールの視界を奪い、次の瞬間には下段から鋭い逆薙ぎが足を狙ってくる。
「天へと捧ぐ祈りの舞、輝きは刃となりて――
踊れ、《神聖剣舞》!」
多段の剣撃が繰り出される。空中で後退しながら二本の短剣でいなしていくリカールだが
キィン! 二本同時に弾き飛ばされる!
「ワアォ! 力も、強いデスネ!」
瞬間、リカールは一気に後方に加速し、上下回転しながら後退する。
その合間、背後から重い影が迫った。
「次は私が行くぞ、レディ!」
そう言ったのは聖銅騎士ガイウスだ。
レディはそのまま地上を走る馬に飛び戻る。
馬上のガイウスから振りかぶられたのは、鉄球のついた巨大なモーニングスター。
「逃がさんぞ、盗賊! 虚妄を砕き、咎を断ち、
我が鉄球と共に邪を滅せよ!―《聖鎖粉砕》!」
鎖が唸りを上げ、空気が破裂する音と共に地面へ叩きつけられる――衝撃波が地を裂き、破片がリカールの頬を掠めた。
「素晴らしいデスネ……!」
ガイウスは攻撃の合間に白魔術を詠唱する。
鉄球に聖光が走り、次の一撃では純白の爆ぜる光が飛沫のように弾け、リカールの視界を灼く。
その一瞬、リカールへの進路を塞いだのは、他の騎士を相手にしていたはずのペラだった。
だが、ガイウスはものともせず振り回したモーニングスターでペラを弾き飛ばした。ペラは地面に叩き落とされ人形らしく木片のように転がる。
頭上から降下――リリィが鞭を構え、反撃を試みる。
しかし、次の瞬間、戦場全体を覆うような白光が走った。
「退け、下郎ども」
低く響く声。
そこに立つのは、銀鎧をまとった巨躯――聖銀騎士ボリナーク。
右手を高く掲げた瞬間、空が裂け、蒼白い稲妻が集束していく。
耳をつんざく唸りと共に、それは一本の柱となり、リリィのグリフォンめがけて落ちた。
―― 《雷槌閃》
鼓膜を貫く轟音、直撃した光と衝撃波で、グリフォンが悲鳴を上げ、旋回の軌道から弾き飛ばされる。
「ッ! サイヤク!」
リリィは必死に手綱を操り、なんとか不時着させる。力尽きたグリフォンは地面に横たわった。
ペラもまた地面に落ちたまま、起き上がることはない。
リカールは宙に浮いたまま、新たな二本の短剣を取り出す。
ブラックペリルは劣勢に立ち、騎士団の包囲は、最終局面へと収束していた――かに見えた。
「……もう飽きたわ。この子もケガしちゃったし、さっさと終わらすよ〜」
負傷したグリフォンの背を撫でながら、退屈そうに吐き捨てた。
次の瞬間――。
「……え?」
隣にいた騎士の胸を、別の騎士の剣が貫いていた。
「な、何をしているっ……!」
「し、知らねぇ! 勝手に――!」
刹那、同士討ちの惨劇が爆ぜた。
血煙が上がり、騎士達の叫びが断末魔へと変わる。
互いを庇うはずの剣が肉を裂き、盾が味方の頭蓋を叩き砕く。
秩序は瞬く間に崩壊し、聖騎士団は地獄の修羅場と化した。
「くっ……馬鹿ども! 目を覚ませ!」
ガイウスが怒号を放つが、その手のモーニングスターすら裏切るかのように唸りを上げ、彼自身を襲う。
咄嗟に頭を逸らすも、鉄塊は頬を掠め、片耳を吹き飛ばした。熱い血が頬を濡らす。
「くそっ! どういうことだ!? 隊長!」
――自分の右腕が勝手に動いている。何者かに操られるように。
「聞け! 白魔術を扱える者は、己が身に光を溜めよ!」
ボリナークの声が戦場に響いた。
ガイウスは言われるがまま、必死に体内へ魔力を沈め込む。
その瞬間、ガイウスの暴走した腕が解放され、彼は歓喜に声を上げた。
「や、やった! 隊長の言うとおり――」
言葉は終わらなかった。
ガイウスの喉は刃で裂け、声帯ごと噴き上げた血に沈んでいた。
「ガイウスっ!」
レディが叫び、駆け寄る。治癒の光を紡ごうと両手を掲げ――
地面が裂けた。
砂塵を吹き飛ばし、サンドウォームが顎を開く。
「っ……!」
レディの双剣が閃き、第一の怪物を瞬時に刻み捨てる。
しかし、次なる巨躯の影に気付くのが一瞬遅かった。
「――しまっ!」
轟音と共に片足を呑まれる。
必死に剣を振り上げた刹那――首筋に冷たい痛み。
脳天に突き立つカードが煌めき、背後からリカールが囁く。
「フィナーレ……」
レディの双剣は振り下ろされることなく、頸動脈が裂けた。
血潮は薔薇の花弁のように咲き乱れ、レディは絶望をその顔に刻んだまま絶命する。
その骸は直ちにサンドウォームに啜られ、肉片と化した。
一瞬の惨劇であった。
気付けば、ボリナークの眼前には血溜まりに沈む部下達の屍が転がっている。
「ど、どういうことだ……神よ……!」
視界が揺れる。身体が痺れている。
いつの間にか胸元に短剣が突き立てられていた。
ボリナークはそこからどくどくと毒が回りはじめていることを感じていた。
この状況下でもボリナークは諦めることなく、冷静に状況を俯瞰し、観察、分析、この最悪な状況を打破する最善の策を模索していた。
――戦場は、既に狂気と化していた。
残る騎士たちの剣は、叫び声と裏腹に味方を襲う。
「違う……止まれ、止まれ!」と声を上げながらも、震える手は勝手に剣を振り抜き、仲間の肩を裂く。
傀儡にされたようなその光景は、阿鼻叫喚をさらに増幅させていった。
◇◇◇◇◇
――二年前
重厚な扉を押し開けた瞬間、圧のある気配に思わず背筋が伸びた。
部屋の中央に立つ男――髪を乱暴に撫で付けただけのオールバック。片目に刻まれた古傷は深く、眼光の鋭さと相まって獣じみた迫力を放っている。
歴戦の猛者、聖金騎士ライセン。その前に膝を折り、ボリナークは言葉を発した。
「私をライセン様の聖銀騎士へと推薦していただき、ありがとうございます」
無表情のまま、きっちりとした礼。
だが心臓は荒々しく打ち、喉は渇ききっていた。
「ボリナークか」
ライセンは低く笑みを浮かべ、傷の走る目を細めた。
「お前の日頃の貢献を思えば妥当だろう。……感謝を言うなら、これからも結果で示せ」
「……しかし、なぜ私を?」
意外に思い、ボリナークは問い返す。
ライセンは組んでいた腕を解き、片手で机を叩いた。
「当たり前だ。お前には“生き残るために必要なもの”がある」
「生き残る……ために」
「そうだ」
傷跡の下の鋭い視線が、氷のように突き刺さる。
「冷静さだ。――表面がどう見えようと関係ない。強大な敵に仲間を殺され、自分が血まみれになっても、頭を冷やして立ち回れる奴はそうはいない」
ライセンはわずかに口端を吊り上げる。
「その冷静さから生まれる洞察と判断。どんな地獄にいても、必ず活路を見出せる。……お前にはそれがある」
その言葉に、ボリナークは胸の奥が熱くなるのを覚えた。
認められた――ただの功績や序列ではなく、自分の資質を。
だからこそ、彼はこの日を忘れなかった。
◇◇◇◇◇
「ぐ……! まだ、終わる訳にはいかぬ……《聖光再生》!」
光に包まれ、千切れた肉と砕けた骨がゆっくりと繋がっていく。
激痛に顔を歪めながらも、なお彼は生きようともがいた。
癒やしの光が深奥まで染み渡り、灼けるような苦痛がわずかに和らぐ。
「……はぁ、はぁ……まだ、だ」
光が傷を癒し、毒を押し返す。
――どんな地獄でも冷静に考えれば活路はある。
――
ライセンの声が響く。
光が肉体を繋ぎ、再び立ち上がる。
ボリナークは確かに感じた――「まだ戦える」と。
次の瞬間、背筋を氷の指先で撫でられるような悪寒が走った。
見えない『何か』が背後から絡みつき――喉を容赦なく断ち切った。
ボリナークの喉から鮮血が散り、徒花を咲かす。
「ライ、セン……ざま……」
「メルシィ・ボクゥ……終幕デス」
リカールが舞台の幕を引くように、鮮やかに一礼した。
――そして、聖杯騎士団の勇士ボリナークは、喉から血を噴き上げながら、血の海へと崩れ落ちた。
その時、闇にきらめく細い光が、戦場を縫うように揺らめいた。
それは無数の「糸」だった。
すでに絶命した騎士たちの四肢へと絡みつき、まるで死体を操り人形にでも変えんとするかのように伸びていた。
やがてその糸は、血に濡れた肉塊から離れ、ゆらりと収束していく。
惨劇のただ中に、屍山の静寂を裂くように、漆黒の影が立ち現れた。
クラウスである。
彼は淡々と糸を巻き取り、操り終えた人形のように動かなくなったペラを拾い上げ、土埃を払った。
その所作は、戦場に似つかわしくないほど静かで――しかし、冷酷にして優雅だった。
やがて闇からレシアが姿を現す。
同時に、のっそりとウォドンとエルメルスも合流した。
「ちぇっ、せっかく拵えた斬馬刀だってのによ。馬の一頭くらい切り倒してみたかったんだがな」
「しかし〜、私たちの標的、だいぶ離れちゃったんじゃないですか? 探すの大変になっちゃいますね〜」とエルメルスが肩をすくめる。
リリィは棘の鞭を操りながら、グリフォンとサンドウォームに人肉を与えていた。
「ま、私の“友達”に見張らせてるから、居場所は分かるけどね〜」
少し得意げに言うリリィ。
「さっすがリリィさん! 普段ただの駄々っ子っぽいのに、抜け目ないっすね!」
ウォドンが笑いながらリリィの背中を叩く。
「はあ!? だ、駄々っ子!? マジあり得ない!」
リリィは顔を真っ赤にし、バシンと鞭をウォドンに鋭く叩きつけた。
「いってぇ!? ま、待ってくだせぇリリィさん! 褒め言葉のつもりでして!」
ウォドンは背中をさすりながら情けない声を上げる。
そんな中、クラウスは人形を手にはめ直し、冷ややかに言った。
「戯れ合ってないで、さっさと追うわよ」
「はーい!」と、レシアとリリィ、そしてエルメルスが揃って返事をする。
「……だから、この人形にだけは、嫌に素直なんだよな。クラウスの野郎なのに」
ウォドンがぼそりと呟く。
「ウィ、ウィ。仲良きことは、美しきかなデスネ!」とリカールが調子よく付け加えた。
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