第38話:カルネリア村の業物
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムの地にて激闘の末、黒幕ゾディを打ち破るが、その街の人間すべてが死に、歩く屍人となる悲惨な結果に。
命からがら脱出し、放浪していたところ、大規模なキャラバンに迎え入れられた。マルバスに指摘され、苦手だった人と交流をすること学ぶことになり―
その握力は鋼の鉤のようで、客は呻き声をあげて手を引っ込めるしかなかった。
「な、なんだよ。ただの冗談だって。はは」
そう言いながら男は足早に去っていった。
店主は小さく息を吐き、レオスの背中に背負っている大剣をじっと見つめる。
「しかし、アンタのその二メートル近い大剣、重くないのかい? それ実際に扱うのかい?」
「俺の取り柄は馬鹿力だからな。このデカブツを振り回すのが良いんだ。……が、思えばもう何年も使っている。そろそろ替え時とも思ってる」
「なら、この斬馬刀には興味ねぇか? すげぇ業物なんだ。威力は抜群だが、その重さから扱える奴が少なくて困ってる。……あんたなら振れるかもしれねぇ。この『アダギリ』を」
店主は先ほどの刀——『讐切』をカウンターに置いた。その刀身は夜明け前の空のような濃い青みを帯び、触れる者の呼吸を重くするような圧を放っている。
レオスはじっとそれを見つめ、口角をわずかに上げて答えかけた——。
「店主、重くて扱える奴が少ねぇだ? なら、これ、この俺様に譲ってくれよ」
豪快な声と共に背後から影が差す。現れたのは、頭を剃り上げ、顔も体も無数の傷痕で覆われた大男だった。
長年、争いの中で生きてきたことを物語るその風貌は、鍛冶屋の空気を一変させる迫力を持っていた。
「おお……アンタも偉くガタイがいいねぇ。しかし、すまん、一点ものだからな。この兄ちゃんと相談してくれや」
「あ、僕たちもまだ買おうかどうか決めてなくって……」
ネロが口を挟むが——。
「おい、ハゲ頭。勝手に話に入ってくるな」
レオスが吐き捨てる。
「……ああ? なんだとぉ? このクソガキ。てめぇ、相当死にてぇらしいな」
その大男の瞳が獣のように光る。
「ちょ、待ってよ、二人とも!」
ネロの制止も聞かず、二人は同時に一歩踏み込み、拳を振り抜いた。
鈍い音と共に拳と拳がぶつかり合い、骨の軋む衝撃が腕を襲う。空気が裂けるような衝撃波が舞い上がり、床の埃が舞う。
壁に掛けられた槍の穂先がカタカタと震え、店内の空気が震撼した。
「チッ……重ぇ拳だな」
と眉をひそめながらも、腕の震えに気づき、胸の奥がざわついた。油断すれば一撃で倒される——そんな危機感が血を駆け巡った。
互いの腕の感触から相手の筋肉の硬さを確かめ、次の一撃へと拳を交える。
拳と前腕がぶつかる度に肉の打ち合う低い響きが店内に響き渡る。
ネロは息を飲み、「やめろってば!」と声を張るが、二人は既に闘争本能に飲み込まれていた。
四度目の衝突で、拳は止まる。額を突き合わせたまま、大男はニヤリと笑う。
「兄ちゃん……アンタやるな!」
「オッサンもな……」
だがその瞬間、天井の梁が「メリメリ」と嫌な音を立て、釘の一本が弾け飛んだ。
頭上から飾られていた手斧や鉄鍋がガラガラと落下し——その直下には、暇そうに剣を眺めていた子どもがいた。
「危ねぇ!」
大男の巨大な体が一瞬で床を蹴り、空気が切り裂かれる音が響いた。鋼鉄の壁のような腕が鋭く伸び、子どもを抱え込んで床に転がった瞬間――手斧の刃が背中を掠め、火花が散った。
ゴンッ、と鈍い音。
刃は鎧を貫かなかったが、鉄のような筋肉を斬り裂き、血の匂いが立ち込める。
ウォドンは顔色ひとつ変えず、子どもをそっと父親の腕に返した。
「お、おじさん……ありがとう……」
震える声に、大男は鼻で笑った。
レオスはその背中を見て、心の奥で何かが静かに落ち着いていくのを感じた。
「お客さん、大丈夫かい?」
店主が駆け寄る。
外から舞い込んでくるハープの柔らかい旋律が、店内の緊張を溶かしていった。
その場に一瞬の静寂が訪れ、レオスは深く息を吐き、店主と父親、子どもに向かって頭を下げた。
「店長さん、お父さん、そこのボク、さっきは本当にすみません。俺たちのせいで危険な目に遭わせてしまって……」
父親は驚きの表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「いや、命が無事で何よりだ。謝ることなんてねぇよ」
店主の細い目が鋭く光ったが、やがて柔らかくなり、静かに言った。
「そうだな。まあ、こういうことも起きるもんだ。気にするな」
レオスはその視線に一瞬、緊張の糸が緩み、ほっと息をつく。
ネロも続けて頭を下げる。
「うちの連れが本当にごめんなさい。これからはもっと気をつけます」
子どもは小さく微笑み、店内には暖かい空気が満ちた。
外から響くハープの調べが、皆の心を穏やかに包み込んだ。
「ちなみに、それっていくらなの?」とネロ。
「業物わざものだからね。金貨十枚」
「高っ!」と一同が声を揃え、レオスとネロは「はは、ちょっとお財布さんと相談してみます」と頭を下げて店を後にした。
店の外に出ると、ネロは真剣な顔でレオスに言った。
「おい、レオス。あんまり無茶するなよ。見ず知らずの、しかもあんな厳ついオッサンと拳でやり合うなんて……」
「悪かったって。ついカッとなっちまってな」
その時、店の入口から大きな声が飛んできた。
「おーい兄ちゃん、さっきは話の途中で割り込んじまってすまなかったな!」
レオスは振り返り、大男の目を真っ直ぐに見返した。
「ああ、オッサンも元気でな」
ネロもそっと大男に頷いた。
「結局、あのオッサン、悪い奴なんだかいい奴なんだかよくわかんないな……」
レオスは少し腫れた腕を見つめて答えた。
「いい奴かどうかは知らねぇ。が、アイツ、すげぇ力だった。あのままやり合ってたらどっちが勝ってたか……」
しばらくの沈黙。
そして、ふとレオスがぽつり。
「業物って、あんなに高いのか……びっくりしたぜ」
「そ、そうだね……ちょっとした家、買えそうだったよね」
「金策の仕方、アテネさんに聞いてみるか……」
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店から去っていくレオス、ネロの二人を見送る大男。程なくして、残された店内に金髪の少女がハープの音色を止め入ってきた。
「あー、ウォドンさん! こんなところにいたんですか! そろそろ集合時間ですよ〜」
少女は大男ウォドンに声をかける。
「おお、エルさん! ちょうど良いところに! ね、ね、いつものお願いしやす!」
大男は背中を丸めて両手を打ち合わせ、エルさんと呼ばれた少女に頭を下げた。
「えー、またですか?」
苦笑しながら少女は答える。
「いいじゃないっすか! 俺ら、『欲しいものは我慢せず、確実に、スマートに』っすよ? ね? いつもの、お願いしやす!」
「もー、仕方ないですね〜」
困ったように言うと、少女が軽くハープを奏で始めた。
その音色は透明で優しく、店内に静かに広がる。しかし先程とは異なり、まるで聴く者の心の奥底に直接触れるようで、意識をゆっくりと溶かしていくような、不思議な催眠の力を帯びていた。
ウォドンは「あざっす!」と感謝の言葉を言うと、両手を強く耳に当てた。
「で、お客さん? この『アダギリ』買うの? 買わないの?」と、店主はウォドンの肩に手を掛けようとする。
次の瞬間、店主の手がウォドンの肩に届く前に、その場にいる全員が糸の切れた人形のように崩れ落ち、寝息を立てる。
エルさんと呼ばれた少女は苦笑をしながら、ウォドンに声を掛ける。
「ていうか〜、そのモットー、簡単に街中で出さないでくださいよ? なんか私たちの悪名、けっこう広まってるらしいですよ〜」
そんな言葉を気にも留めず、「ひゃっほーい、業物、いただきぃ〜!エルさん、あざっす!」とウォドンが讐切を担ぎ上げる。
「さ、もうそろそろこの村も出て、クラウスさん達と合流しますよ〜」
と、周囲の皆が寝息を立てる中、二人は何事もなかったかのように店を後にする。
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