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最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第三章 〜救いの旅団〜「キャラバン編」
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第38話:カルネリア村の業物

〜前回までのあらすじ〜

 記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。

 ウェイシェムの地にて激闘の末、黒幕ゾディを打ち破るが、その街の人間すべてが死に、歩く屍人となる悲惨な結果に。

 命からがら脱出し、放浪していたところ、大規模なキャラバンに迎え入れられた。マルバスに指摘され、苦手だった人と交流をすること学ぶことになり―

 その握力は鋼の鉤のようで、客は呻き声をあげて手を引っ込めるしかなかった。


「な、なんだよ。ただの冗談だって。はは」


 そう言いながら男は足早に去っていった。


 店主は小さく息を吐き、レオスの背中に背負っている大剣をじっと見つめる。


「しかし、アンタのその二メートル近い大剣、重くないのかい? それ実際に扱うのかい?」


「俺の取り柄は馬鹿力だからな。このデカブツを振り回すのが良いんだ。……が、思えばもう何年も使っている。そろそろ替え時とも思ってる」


「なら、この斬馬刀には興味ねぇか? すげぇ業物わざものなんだ。威力は抜群だが、その重さから扱える奴が少なくて困ってる。……あんたなら振れるかもしれねぇ。この『アダギリ』を」


 店主は先ほどの刀——『讐切アダギリ』をカウンターに置いた。その刀身は夜明け前の空のような濃い青みを帯び、触れる者の呼吸を重くするような圧を放っている。


 レオスはじっとそれを見つめ、口角をわずかに上げて答えかけた——。


「店主、重くて扱える奴が少ねぇだ? なら、これ、この俺様に譲ってくれよ」


 豪快な声と共に背後から影が差す。現れたのは、頭を剃り上げ、顔も体も無数の傷痕で覆われた大男だった。

 長年、争いの中で生きてきたことを物語るその風貌は、鍛冶屋の空気を一変させる迫力を持っていた。


「おお……アンタも偉くガタイがいいねぇ。しかし、すまん、一点ものだからな。この兄ちゃんと相談してくれや」


「あ、僕たちもまだ買おうかどうか決めてなくって……」


 ネロが口を挟むが——。


「おい、ハゲ頭。勝手に話に入ってくるな」

 レオスが吐き捨てる。


「……ああ? なんだとぉ? このクソガキ。てめぇ、相当死にてぇらしいな」

 その大男の瞳が獣のように光る。


「ちょ、待ってよ、二人とも!」


 ネロの制止も聞かず、二人は同時に一歩踏み込み、拳を振り抜いた。


 鈍い音と共に拳と拳がぶつかり合い、骨の軋む衝撃が腕を襲う。空気が裂けるような衝撃波が舞い上がり、床の埃が舞う。

 壁に掛けられた槍の穂先がカタカタと震え、店内の空気が震撼した。


「チッ……重ぇ拳だな」


 と眉をひそめながらも、腕の震えに気づき、胸の奥がざわついた。油断すれば一撃で倒される——そんな危機感が血を駆け巡った。

 互いの腕の感触から相手の筋肉の硬さを確かめ、次の一撃へと拳を交える。

 拳と前腕がぶつかる度に肉の打ち合う低い響きが店内に響き渡る。


 ネロは息を飲み、「やめろってば!」と声を張るが、二人は既に闘争本能に飲み込まれていた。


 四度目の衝突で、拳は止まる。額を突き合わせたまま、大男はニヤリと笑う。


「兄ちゃん……アンタやるな!」

「オッサンもな……」


 だがその瞬間、天井の梁が「メリメリ」と嫌な音を立て、釘の一本が弾け飛んだ。

 頭上から飾られていた手斧や鉄鍋がガラガラと落下し——その直下には、暇そうに剣を眺めていた子どもがいた。


「危ねぇ!」


 大男の巨大な体が一瞬で床を蹴り、空気が切り裂かれる音が響いた。鋼鉄の壁のような腕が鋭く伸び、子どもを抱え込んで床に転がった瞬間――手斧の刃が背中を掠め、火花が散った。


 ゴンッ、と鈍い音。


 刃は鎧を貫かなかったが、鉄のような筋肉を斬り裂き、血の匂いが立ち込める。

 ウォドンは顔色ひとつ変えず、子どもをそっと父親の腕に返した。


「お、おじさん……ありがとう……」


 震える声に、大男は鼻で笑った。


 レオスはその背中を見て、心の奥で何かが静かに落ち着いていくのを感じた。


「お客さん、大丈夫かい?」


 店主が駆け寄る。


 外から舞い込んでくるハープの柔らかい旋律が、店内の緊張を溶かしていった。


 その場に一瞬の静寂が訪れ、レオスは深く息を吐き、店主と父親、子どもに向かって頭を下げた。


「店長さん、お父さん、そこのボク、さっきは本当にすみません。俺たちのせいで危険な目に遭わせてしまって……」


 父親は驚きの表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「いや、命が無事で何よりだ。謝ることなんてねぇよ」


 店主の細い目が鋭く光ったが、やがて柔らかくなり、静かに言った。


「そうだな。まあ、こういうことも起きるもんだ。気にするな」


 レオスはその視線に一瞬、緊張の糸が緩み、ほっと息をつく。


 ネロも続けて頭を下げる。

「うちの連れが本当にごめんなさい。これからはもっと気をつけます」


 子どもは小さく微笑み、店内には暖かい空気が満ちた。


 外から響くハープの調べが、皆の心を穏やかに包み込んだ。


「ちなみに、それっていくらなの?」とネロ。


「業物わざものだからね。金貨十枚」


「高っ!」と一同が声を揃え、レオスとネロは「はは、ちょっとお財布さんと相談してみます」と頭を下げて店を後にした。


 店の外に出ると、ネロは真剣な顔でレオスに言った。


「おい、レオス。あんまり無茶するなよ。見ず知らずの、しかもあんな厳ついオッサンと拳でやり合うなんて……」


「悪かったって。ついカッとなっちまってな」


 その時、店の入口から大きな声が飛んできた。


「おーい兄ちゃん、さっきは話の途中で割り込んじまってすまなかったな!」


 レオスは振り返り、大男の目を真っ直ぐに見返した。


「ああ、オッサンも元気でな」


 ネロもそっと大男に頷いた。


「結局、あのオッサン、悪い奴なんだかいい奴なんだかよくわかんないな……」


 レオスは少し腫れた腕を見つめて答えた。


「いい奴かどうかは知らねぇ。が、アイツ、すげぇ力だった。あのままやり合ってたらどっちが勝ってたか……」


 しばらくの沈黙。


 そして、ふとレオスがぽつり。


「業物って、あんなに高いのか……びっくりしたぜ」


「そ、そうだね……ちょっとした家、買えそうだったよね」


「金策の仕方、アテネさんに聞いてみるか……」


〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓


 店から去っていくレオス、ネロの二人を見送る大男。程なくして、残された店内に金髪の少女がハープの音色を止め入ってきた。


「あー、ウォドンさん! こんなところにいたんですか! そろそろ集合時間ですよ〜」


 少女は大男ウォドンに声をかける。


「おお、エルさん! ちょうど良いところに! ね、ね、いつものお願いしやす!」


 大男は背中を丸めて両手を打ち合わせ、エルさんと呼ばれた少女に頭を下げた。


「えー、またですか?」


 苦笑しながら少女は答える。


「いいじゃないっすか! 俺ら、『欲しいものは我慢せず、確実に、スマートに』っすよ? ね? いつもの、お願いしやす!」


「もー、仕方ないですね〜」


 困ったように言うと、少女が軽くハープを奏で始めた。

 その音色は透明で優しく、店内に静かに広がる。しかし先程とは異なり、まるで聴く者の心の奥底に直接触れるようで、意識をゆっくりと溶かしていくような、不思議な催眠の力を帯びていた。


 ウォドンは「あざっす!」と感謝の言葉を言うと、両手を強く耳に当てた。


「で、お客さん? この『アダギリ』買うの? 買わないの?」と、店主はウォドンの肩に手を掛けようとする。


 次の瞬間、店主の手がウォドンの肩に届く前に、その場にいる全員が糸の切れた人形のように崩れ落ち、寝息を立てる。


 エルさんと呼ばれた少女は苦笑をしながら、ウォドンに声を掛ける。


「ていうか〜、そのモットー、簡単に街中で出さないでくださいよ? なんか私たちの悪名、けっこう広まってるらしいですよ〜」


 そんな言葉を気にも留めず、「ひゃっほーい、業物、いただきぃ〜!エルさん、あざっす!」とウォドンが讐切を担ぎ上げる。


「さ、もうそろそろこの村も出て、クラウスさん達と合流しますよ〜」


 と、周囲の皆が寝息を立てる中、二人は何事もなかったかのように店を後にする。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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