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最強にして記憶喪失。だが神子様は蛮行を許さない!  作者: 死神丸 鍾兵
第一章 〜旅の始まり〜「タルゴポリ村編」
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第2話:山賊団による襲撃

〜前回のあらすじ〜

 行き場を失った者等による山賊団を率いるレオス、そして不気味な黒衣の男ゾアン。その陰で、ひとりの少女が出会ったのは、血に塗れた男だった――。

 藁を敷き詰めた即席の寝台に男を横たえると、フィンは湯を沸かし、破れた上着を丁寧に脱がせた。肩と背中の傷、こめかみの斧傷は深かったが、すでに血は半ば固まり、じわりと紅が滲むのみ。骨の継ぎ目も、薄い皮膚の下で不気味に隆起している。


(人間……なのかな)


 指先で触れると、予想より熱い体温が返った。確かに生きている。


 しばらくして男は再び薄く瞼を上げた。

 ランタンの灯が金の瞳に映る。フィンは恐怖より先に、底知れぬ孤独を感じ取った。


「……あなた、名前は?」


 男はかすかに首を振るだけだった。

 言葉すら、思い出せないらしい。まるで焚火の残り火を風に晒したような――いまにも消えそうな存在。


(灯火……ともしび)


 ふと、脳裏に古い言い伝えがよぎった。

 “闇に落ちたものを照らす最後の火”――古語で「ロアス」と呼ぶ。


「……ロアスって、わかる? このあたりの古い言葉で“灯火”のこと。消えそうだけど、触ると火傷するくらい、熱い。あなたを見たとき、そんな感じがしたの」


 男は瞬きを一つ、そして小さく唇を開いた。


「ロ……アス……」


 はじめて発したかすかな声が、乾いた藁間で震えた。

 フィンの胸に、ほっと熱が灯る。名前という形で、彼の存在がこの世界に留まった瞬間だった。



 フィンが出て行った後、しばしの静寂ののち、ロアスはゆるりと体を起こした。壁に背をあずけ、じっと己の両手を見つめる。


 ……なぜ、俺はあんな力を持っている?


 大男を一撃で吹き飛ばし、腕を捻り潰したときも、恐れも痛みも感じなかった。

 力を入れたつもりすらなかった。


 それは、呼吸をするかのように自然だった。


 あの銀髪の男。アレも片腕で四肢をバラバラにすることができたな。


 けれど――それでいいのか?

 人を殺すことすら躊躇わないこの力を、自分は受け入れていいのか?


 フィンは怯えず、助けてくれた。

 ……いや、怯えていたのを隠していたのか?

 何のために?


 それでも、俺を信じてくれているように思えた。


 ……俺自身が、自分を信じていないというのに。


 この力の出所がわからない。

 何のためにある?

 この力で過去に何をしてきた?


 ――俺は、何者なんだ?


 これは、私利私欲のために使っていい力なのか?


「私利私欲……。

 俺の利益、俺の欲って……なんだ?

 そんなもの、あるのか?」


 俺がしたいこと……。考えてみるか。今はとにかく、眠い。寝たい。あとは……


「美味いものが食べたい……」


 夜の冷気が、額に浮いた汗をひやりと撫でていった。


 そして、眠りについた。


〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓


 夜半。

 小屋の戸口で、村長がランタンを掲げて立っていた。灰色の髭を撫で、低く言う。


「……フィンちゃん、あの男は大丈夫か?」


「ひと晩看れば動けるまで回復すると思いますよ。薬草は十分あるし……」


 村長は窓越しに眠るロアスの巨体を見やり、言いづらそうに眉を寄せた。


「成人の儀までは、何事もなく過ごしてほしいんだがな。聖杯教団カリクスセクトから聖杯騎士団カリクスオルドが迎えに来る日も近い。村に危ない因縁を呼び込みたくはない」


「わかっています。でも……見捨てるなんて、神子の務めじゃないでしょう?」


 フィンの瞳に揺れる決意を確かめ、村長は重く頷いた。


「フィンや……お前は本当に、強く良い子に育ったな…。明日の朝には出て行ってもらう約束だ。それで頼む」


〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓


 同時刻。

 村外れの樹上から、月光を浴びた男が厩の灯を眺めていた。白銀の髪が夜風に揺れている。レオス・リオだ。


(あの男……何者だ。剣を抜く前に、死が見えた――)


 背後で草を踏む音。ゾアンが影のように現れた。


「お見事でしたね。撤退のご判断。

 死にたくはありませんものね」


「俺はまだ死ねん。……あれは、人を超えている。

 明日までに、見極める」


 ゾアンの唇がローブの奥で歪んだ。


「ええ、“見極め”は大事。

 でも――壊すなら、早い方がよろしいかと。

 夜明けには、私の“準備”も揃いますから」


 レオスは返答せず、ただ夜空を見上げる。

 月は雲に隠れ、闇が濃くなる。遠くで不穏な風が森を揺らしていた。


〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓 〓


夜明け前。

 フィンが小屋の中で煎じ薬を火にかけていると、突如、外から悲鳴が響いた。


「た、助けてぇえええッ!!」


 次の瞬間、門の方角で火柱が上がる。

 警鐘も鳴らぬうちに、怒号と獣のような唸り声が木霊した。


「まさか……!」


 フィンが外に出たときには、すでに何軒かの家が炎に包まれていた。


「オラァ! 俺たち怒らせた罪、償ってもらうぞぉ!

 金目の物、出せや!」


 剣を携えた賊たちが暴れ回り、村人の悲鳴が混じる。

 その中に、口元を隠し血濡れたローブの男――ゾアンの姿があった。


 今回は黒い煙を纏い、足元には不気味な魔法陣が広がっていた。


「ふふ、いいですねぇ……“準備”は終わってますよぉ〜……。さあ、吸い取れ、命よ……!」


 ゾアンが両腕を広げた刹那、数名の村人が捕らえられ、その命が黒い霧となって吸い取られていく。


 悲鳴が上がる。手を差し伸べようとした若い男がいた。アリムだ。

 だが――その足は、動かなかった。

 目の前で干からびていく村人の身体。伸ばしかけた手が、宙で止まる。


「う、うそだろ……な、なんで……!」


 体が震える。膝が笑う。恐怖に膝をつく。

 今にも命を落とす村人を見ているのに、動けない。何もできない。


(助けないと……でも、動いたら……声を出したら……俺が殺される……。俺は……それが怖いんだ……。俺は、なんてダメなやつなんだ……)


 そんな自己否定が胸を圧迫する。


 そして、肌が干からび、骨だけになった遺体が地に崩れ落ちた。


「やめてぇぇぇぇっ!!!!」


 フィンの叫びが虚空に響いた、その刹那――


「フィン、下がれッ!」


 灰色の髭が風に揺れる――村長だった。

 叫びながら身を投げ出し、ゾアンの放った黒い魔力の前に立ちはだかる。


「っく……!」


 ゾアンの異形の腕が、村長の脇腹を掠めた。


「いや! おじいちゃああああああんっ!!」


 フィンの悲鳴が上がる。村長はそのまま倒れ込んだ。

 脇腹からは赤黒い血が溢れ出し、地面を染めていく。


「……あんたらの好きにはさせんぞ……神子は、絶対に……」


 呻きながらも、村長はフィンの前に立ちはだかる盾となっていた。

 その姿に、フィンの胸が締めつけられる。


「おじいちゃん……!」


 アリムもまた、その姿を見ていた。許せないし、悲しい。

 だが、それ以上に身体は恐怖に支配され、鉛のようになって動くことができなかった。


「くくく、やはり年寄りの命は、あまり美味しいものではありませんねぇ……」


 ゾアンは村長にトドメを刺そうと、空に浮かぶ異形の腕を構え直す。


 するとその中から、血と汗に濡れた巨体が、よろめくように立ち上がった。


 ロアスだ。金の瞳が、焔に照らされるように輝いている。


「……何を……してる」


 その声は、獣の唸りにも似ていた。


 ゾアンが嗤う。


「おや、復活なさいましたか。ですが、もう遅い。貴様の“命”も、“魂”も――」


 言い終える前に、ロアスの姿が掻き消えた。


 片腕一振り――


 ゾアンの背後にいた賊の一人が、何が起こったかも分からぬまま真っ二つに裂かれる。

 次の一人、さらにもう一人――ロアスの動きは、もはや人間のそれではなかった。


「な、なんだこの――!」


 最後の一人が逃げようとした刹那、ロアスの手がその首を掴み、地に叩きつける。


 わずか一分で、五人の賊が瞬殺されていた。


「……おお……おお……!!」


 ゾアンは怯えるどころか、恍惚とした表情で震えていた。


「やはり……“本物”だ。これだ、これが見たかった……!」


 次の瞬間、ゾアンの腹部を何かが抉る!

 ほとばしる血飛沫!


「なっ……!? ぐ、かはっ……!」


 ゾアンは、目の前の男の腕が血まみれになっているのを見て、何をされたかを理解する。


「っ……ふふふ……くくくく……」


 吐血しながら不気味に笑うゾアン。

 負傷した腹部に構わず、両腕から黒い血を空へ散らすと、魔法陣が回転し、周囲の空間が歪み始めた。


「……これぞ、“等価交換”の真理――命を刈り取る魔法ッ!――《命吸虚腕ライフヴォイド》』」


「ひっ、せ、先生!やめてくれぇ!」


 浮かび上がる異形の腕が、仲間であるはずの山賊の腹を貫いた。


 その肉体は干からび、枝のように砕け散る。それと同時に、ゾアンの顔色が戻り、出血が止まる。


 さらにまた一人、そしてもう一人――

 ゾアンは仲間の山賊たちを一人残らず、生贄に変えていった。


「……レオスの旦那ぁ……」


 最後の一人が崩れ落ち、村人たちが次は自分かと顔を真っ青にする。


「私の黒魔術ですよ。

 そしてこれは、生命力を刈り取り、我が物とする魔術!」


 異形の腕が次にロアスへと迫る――


 だが、それは届く前に、ロアスの拳で粉砕された。


 ゾアンの目が見開かれる。


「こ、壊れた……ッ!? 術式が……なぜ、効かない!?」


 ロアスの瞳には、もはや感情がない。ただ純粋な“破壊”の意志だけが宿っていた。


「……やはり、貴様は……あの時代の……!」


 言いかけたところに、怒号が飛ぶ。


「ゾアン! テメェェェェェ! 勝手なことしてんじゃねぇ!!」


 跳躍してきたレオスが、大剣を振り下ろす!


⸻ブン! グチャッ!


「ぐわあああああああああ!」


 悲痛な叫び!


 ゾアンの左腕が肩口から切断される!


「テメェ、無実の村人等を巻き込みやがって……! 仲間の命まで奪うとは、許さねぇぞ!!」


「おぉ…ォ……これは痛い痛い……。しかし、本当に……甘々ですねぇ……。おめでたい方だ。とりあえず、今は私の腕の分、貸しにしておいてあげますよ」


 ゾアンは苦悶の表情のまま、闇の中へと姿を消す。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら♡やコメントをいただけると、とても励みになります。

皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。


〈修正履歴〉

※9/6 「」や場面転換のフォーマット統一

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