第33話:二人の規格外
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムの地にて激闘の末、黒幕ゾディを打ち破るが、その街の人間すべてが死に、歩く屍人となる悲惨な結果に。
命からがら脱出し、放浪していたところ、大規模なキャラバンに迎え入れられたマルバスに指摘され、苦手だった人との交流を学ぶことになり―
廊下の奥から、足音が響いた。
振り返ると、アテネが静かな表情でこちらに歩いてくる。その後ろには、もぐもぐと食べ物を口に含みながらマルバスが続いていた。
「他の皆々様には、各々先に朝食をとるようお伝えしましたわ。あと、団長もお連れしました」
アテネがそう言ってロアスたちの輪に加わる。
「ん、どうした皆? 取りに行かないのか? 調理係の連中が作ったサンドイッチ、こいつぁ絶品だぞ?」
そんなことを言いながら周りをキョロキョロ見渡すマルバス。
皆の視線がロアスに集まっており、もぐもぐしてたマルバスは何かを察して食い物を一気に飲み込み、静かに座り込んだ。
ロアスはしばし迷ったように目を伏せたが、やがて口を開いた。
「……俺が記憶のない状態で目覚めたこと、そしてウェイシェムで、何があったか。全部話す」
空気が変わった。
誰も口を挟まない。ただ、言葉を待った。
ロアスの声は低く、淡々としていたが、そのひとつひとつの言葉に重さがあった。
目覚めた時の話、フィンとレオスの出会い。
ウェイシェムに渡り、ゼラに導かれ、ゾディに立ち向かった話。
多くの人の命を代価にして生まれた魔竜。
ロアスの大鎌の顕現化、さらに一刀で魔竜を両断する力。
魔竜の死と共に溢れる瘴気。
フィンから放たれる光と浄化。
そこに住んでいた人々の死、そして屍人化――。
話し終えた頃には、誰も息を呑むことすらできなくなっていた。
ただ、鉛のような沈黙が部屋を満たしていた。
その沈黙を破ったのは、フィンのかすれた声だった。
「……私たちのせいで……みんな……死んじゃった……」
膝の上に置かれた手が小さく震えていた。
言葉にした瞬間、堰が切れたように、彼女の肩がわずかに揺れた。
「違うよ」
静かに、しかしはっきりと、ネロが言った。
その声は普段の彼の明るさを抑え、真っ直ぐだった。
「誰も君を責めてない。悪いのは……あんなことをした、ゾディだ」
フィンの方へと目線を向けていたエレカが、そっとその肩に手を置いた。
「あなたは……怖くても、逃げなかった。ロアスくんと一緒に、必死で立ち向かったのよ。私たちは、ちゃんと知ってる」
フィンは何か言いかけたが、喉の奥が詰まったように声にならない。
ただ涙をこらえるように、唇をぎゅっと噛みしめる。
それでも彼女は顔を上げて言った。
「でも……それでも……あのまま置いてきていいの? ウェイシェムに……まだ、助けられる人がいるかもしれない。私、戻りたい……!」
それは、痛切な叫びだった。
その言葉に、返したのはアテネだった。
「――無理よ」
アテナの声は冷たかった。感情を含まぬ、氷のような言葉だった。
「あなたが行っても、何も変わらない。屍人だらけの街に、一人で戻って何ができるの? そんなことしたら、今度はあなたが死ぬだけ」
「っ……」
フィンの目が揺れた。アテネを見つめ返すが、言い返せる言葉は出てこない。
沈黙が再び落ちたそのとき――
「まあまあ、落ち着け」
軽く手を上げながら、ダラスが口を開いた。
「ロアス、お前の話にはいろいろ気になる点がある。にわかには信じらんねぇ。が……とりあえず一番気になるのは、その大鎌だ」
「普通の武器じゃないよな? 魔具か? それとも特質魔術か?……」
視線は鋭く、だが好奇心と警戒が入り混じっていた。
そして、次の瞬間には、フィンの方へと視線を移す。
「それと――フィン。その浄化の光……何か意識して“力”を使ったのか?それは思い当たる節はあるのか?」
重ねられた問いは、これから向き合うべき現実の始まりでもあった。
しばらく沈黙が続いたのち、ダラスが口を開いた。
「……ロアス。お前のその“鎌”だが……今は?」
ロアスはうなずいた。
「今はない。普段は…どこかにある。ただ……」
彼は一瞬、手を差し出しかけてから止めた。目線だけをレオスに送る。
その意図を察したレオスが、慌てて口を挟む。
「待て、それはやめとけ! 前に見た時、出現した瞬間に空間が捻れて風が巻き起こって、地面もえぐれたんだ。室内でやるもんじゃねぇ!」
ネロが目を丸くする。
「出現時に物理的な衝撃があるの? まるで……召喚魔具みたいだね」
「召喚……?というより、何かに引き寄せられる感覚に近い。どこから来てるのかは……俺にもわからん」
ロアスの言葉に、室内が再び静まる。
アテネが腕を組んで難しい顔をする。
「あなたの持つ《大鎌》も、フィンの魔力も……まるで規格外の何かを感じるわ。常識に当てはめようとすると、むしろ混乱する」
「そもそも、魔術を学んだことがない子が、魔術の使いすぎによる症状――魔切れを起こすなんて、歴史的にもないケースよ」
エレカの言葉に、皆がフィンを見る。フィンは視線を受けて少し身を縮めたが、首を横に振る。
「……でも、あの時、自分の中で“何か”が漲ったような気がして……」
「それが何かは、覚えていない?」
「はい……すみません」
フィンは唇を噛みしめ、テーブルの下で拳を握りしめた。
その時、不意にタルゴポリ村の村長が死の間際のやりとりを思い出す。
――「それは……お前が“その時”になったら開けるんじゃ……神子としての、お前のすべてが……そこに……」
そのまま、村長は微笑みを湛えたまま、静かに息を引き取った。
フィンは、震える声で囁いた。
「ありがとう、おじいちゃん。……私、もう泣かない。絶対……約束する」――
ポケットの奥底に仕舞い込んだその時の護符を服ごしで手に触れる。
(あの時、これが守ってくれた?)
伝えようともしたが、確証がない。そして、その手に涙がこぼれ落ちた。
(私、もう泣かないって、約束したばかりなのに――)
マルバスが大きくパンッ!と手を叩き、場の空気を和らげるように明るく言った。
「まあ、無理に答えを出そうとしなくていいさ。何はともあれ、今は、生きてここにいる。それだけでも十分だ」
エレカも穏やかにうなずく。
「そうよ。謎はそのうち解けるわ。大事なのは、これ以上あなたたちが壊れないこと」
沈んだ空気の中にも、少しずつ灯が差し込むようだった。
ネロは口を開く。
「それに、話にもあったようにロアスさんの力についてだけど……聖都で聖杯教団に導いてもらうのが1番無難だと思うよ。その力が何にせよ、正直に教えを乞う者を悪いようにはしないと思うし」
そして、マルバスは席を立つ。
「ま、なんだ。とりあえず飯だ、飯! 食える時に食っとけ! 昨晩、炊き出し係のズーサが“新入りが増えた!”ってはしゃいじまってよ、朝食のサンドイッチ作りすぎたらしいんだわ! ははは、まあ助かるけどな」
するとアテネが、その整った顔立ちをわずかに歪め、鋭い視線をマルバスに向けながら言う。
「限られた食材。勝手な判断で使いすぎては困りますわ……。後で私から注意しておきます」
マルバスはばつが悪そうに肩をすくめ、軽く天を仰いだ。
「あー……すまん、ズーサ……」
各々が立ち上がり、キャラバン後方の食事用荷台へと向かい始める。
その流れに従いながらも、ダラスだけが少しだけその場にとどまっていた。
(さっきの話の情報屋……ゼラ、とか言ったか)
静かに息を吐く。
(死霊術……まさかな)
ほんの一瞬、顔に陰を落とす。
(いや、あり得ない……だが)
その時、不意に背後から声がした。
「ダラスさん、どうかしましたか?」
振り返れば、アテナが不思議そうな顔で立っている。
ダラスはすぐにいつもの表情に戻り、首を振った。
「いや、なんでもねぇよ。行こうぜ」
そう言って歩き出し、アテネもその後を静かに追った。
朝の光の中、ロアスたちは朝食が準備された荷台へと向かっていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。
皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。




