第31話:ダラス講義・前半「魔術は誰でも使えるの?」
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムの地にて激闘の末、黒幕ゾディを打ち破るが、その街の人間すべてが死に、歩く屍人となる悲惨な結果に。
命からがら脱出し、放浪していたところ、大規模なキャラバンに迎え入れられた。マルバスに指摘され、苦手だった人との交流を学ぶことになり――
「魔術を使えるのは――全人口の一割程度だ」
診療室の椅子に腰を下ろしたダラスが、腕を組んだまま淡々と口を開いた。
「ただし、魔術を行使する“素質”――つまり魔術因子を持つ人間は、全体の三割近くいる。けど、素質があっても魔術が使えるようになるには、修練が必要なんだ。だから、実際に魔術師と呼べるのは全体の一割程度ってわけだな」
「素質があるだけじゃ、ダメなんですね……」
フィンがぽつりと呟いた。
ダラスは頷くと、片手を顎に添え、説明を続けた。
「セラフィトラは、その“修練”の環境が整ってる国だ。聖杯教団が魔術教育を推進してて、王国や地方に莫大な援助金も出してる。だから、三割近くの人間が魔術を実用レベルで使える。世界でも珍しい土地だな」
「……私の村では誰も使ってなかったけど」
フィンが首をかしげながら呟くと、レオスが口元を緩めて笑った。
「そりゃ、お前の村は辺境だったからな。教育の手が届いてなかっただけだ。素質があっても、学ぶ機会がなきゃ意味がない。ま、ウェイシェムだって、同じようなもんだがよ」
「ふーん……確かに言われてみればそうですね」
フィンは腕を組んでうーんと唸り、しばらく考え込む。
「逆に、魔術を嫌ってる国もある。たとえば最近世間を騒がせてる国、イーラディア帝国だ」
ダラスの声が低くなり、室内の空気がほんの少し張り詰める。
「あそこは魔術を異端としている。歴史的に見ても、“魔術師狩り”という過激な国策を敷いてた時期がある。魔術因子を持つ者を探し出して、根絶しようとまでしてた。今はそこまではしてないらしいが、魔術を育てる環境は整っていない。……宗教も禁じられてる国だしな。ホント変わった国だよ」
「実はよくわかってないんだけど、信仰と魔術ってなんか関わってるんだっけ?」
ネロが片眉を上げて尋ねる。
「このあと説明するつもりだったが、光と闇の魔術に限っては特に深い関わりがある」
ダラスは目を細め、指先で空中に“天秤”のような形を描く。
「光の魔術は、信仰の欠如がその力そのものの行使に影響する。だからこそ、神聖魔術は“信仰”が要件になってる。一方で闇は逆だ。神を信じる心があると、力が発動しない」
「だから、信心深いこの国で闇の魔術を公然と使うってことは、『ボク、不信仰者ですよ』って名乗るようなもんだ。闇を扱う魔術師――《黒魔術師》は、肩身の狭い思いをすることになるわけだな」
ダラスは話を区切るように、椅子の背にもたれ直し、軽く息を吐いた。
「魔術因子の話に戻るが、ちょっと離れた国になるが“メッメドーサ魔導国”。あそこは人口こそ少ないが、魔術の始祖の地でもある。国民の八割が魔術因子を持ち、七割が魔術師だ」
「へえ……」
フィンの目がまんまるくなる。
「さらに言うと、中立国でもあるから、国家間の往来も比較的自由だ。魔術を極めたいって一部の天才は、厳しい試験を乗り越えて、あの国の名門“エルセリオ魔術王立学院”に通うんだ。魔術師の憧れの場所ってやつだな」
そう言いながら、ダラスはちらりとエレカの方を見た。
「で、ここのエレカさんが、そこの卒業生の一人ってわけだ」
フィンは素直に「おーっ」と感嘆の声を上げ、ぱちぱちと拍手した。
「……寝ても覚めても魔術の日々、最高だったわ」
エレカは陶然とした顔で髪をかき上げる。その様子に一同が苦笑した。
その空気を破るように、レオスが手を挙げる。
「なあ、質問だがよ。俺は昔、魔術師のダチに変な紙で魔術因子がないって診断されたんだがよ、そう言う奴は魔術を使うことは絶対にできないのか?」
ダラスは即座に、だが少し言葉を選ぶようにして答えた。
「変な紙…素因色紙のことか。まあ……そういう奴等のために、魔具っていうのがあるっちゃあるが――」
そのとき、ロアスが珍しく口を開いた。
「知っている。魔術の心得が無い者でも、魔術のような力を行使できる……非常に稀少な魔術道具だ」
(と以前、フィンが話していた)と、心の中で付け加える。
ダラスは意外そうにロアスを見る。
「……何も知らねぇクセに、なんでそんなマニアックな話は知ってんだよ。……まあ、合ってるけどな」
彼は腕を組み直して続ける。
「フェルマは、古代の技術で作られた魔具の総称だ。今はもう技術そのものが失われていてな。作り方は一切不明。そのせいで、現存しているものはどれも超高価で、同時に危険でもある。いまだに魔術協会内でもいくつもの説が飛び交ってる」
ロアスが少し顔をしかめる。
「解明されていないというのは……どこまで?」
ダラスは肩をすくめる。
「言ったろ。生成方法も理論も、ほとんど不明なんだよ。それに――まあ、ここから先はだいぶ専門的な話になる。憶測の連続だ。本当に突っ込んで知りたきゃ……あの魔術オタクに聞け」
その言葉に、エレカがぱあっと顔を輝かせ、勢いよく立ち上がる。
「フェルマね~。私は専門外だけど――」
すぐにダラスが手を振って止める。
「あー、今じゃねぇ。勘弁してくれ。あんたが話し出すと俺のターンが永遠に来なくなる」
「えー、ダラスくん、意地悪ぅ。小一時間くらいで終わるのに……」
拗ねたように口を尖らせ、エレカはしょんぼりと席に戻った。
その様子を見ながらダラスは苦笑し、ぼそっと「いや、長ぇよ」と呟いた。
「フェルマって、どんな形なんだ?」
レオスが興味ありげに尋ねると、ダラスはうなずいて説明を続けた。
「見た目はまちまちだ。指輪や腕輪、短剣、書物……骨董品や装飾品と変わらねぇのもある。魔術の心得がないと、それがフェルマだってことすらわかんねぇ」
「へぇー」
「だから商売に使う奴もいる。実用性のある魔術道具としてじゃなく、観賞用の“美術品”として扱ってな。――ま、守銭奴女みたいにな」
「守銭奴女?」
フィンがきょとんと首をかしげる。すると、隣のエレカがそっと耳打ちしてくる。
「キャラバン内に、アテネさんっていう綺麗な商人さんがいるの。ダラスさん、その人のこと好きなんだけど、いつも照れ隠しであんな言い方するのよ~」
「おい。私語やめろ。気が散る」
ダラスの声が鋭く飛ぶ。聞こえていたのか、ただの勘か。エレカはいたずらっぽく笑って「はーい」と応じた。フィンは少し顔を赤くしながら、ダラスをちらりと見つめる。
「ま、実物を見たけりゃその守銭奴アテネに頼んでみろ。フェルマ、何点か抱えてる。……見せてもらうのに金取られるかも知れねぇけどな」
ダラスは肩をすくめた。
「え、そんなに持ってるのかよ。すげぇな!どんなの?」
レオスが身を乗り出す。ダラスは少し笑って答えた。
「俺が知ってるのだと、歩いてるときに小石につまずかない靴。空腹時に擬似的な満腹感を得られる腕輪。あとは、対象のつま先を光らせる指輪……とか」
「つま先光らせてどうすんだよ……」
レオスの目が一気に醒めていく。
「その腕輪……スタイル維持に良さそうなんだけど。私、使えないのよね。フェルマ」
エレカが軽くため息をついた。
するとネロが首をかしげる。
「え、フェルマって……使える人と使えない人がいるのか?」
ダラスは真剣な声で頷いた。
「ああ。まだはっきりとは解明されちゃいねぇが、魔術因子を持ってる奴には反応しないって説が有力だ。ちなみに、俺も使えねぇ。アテネもな」
「え、でもそれじゃ、どうやって効果を確かめるの?」
「フェルマ専門の“鑑定士”ってのがいる。そいつらに頼むんだよ」
「試しに自分で使ってみるんじゃダメなんですか」
フィンの無邪気な言葉に、ダラスは険しい表情を見せる。
「……甘く見るな。フェルマには必ず“条件”と“代償”がある。それを知らずに使えば……最悪、命を落とすことになる」
「……そ、それは、確かに怖いですね」
フィンはゾクリと背筋を震わせた。
一瞬、場が静まり返る。ロアスは思案するように、じっと床を見つめている。
その沈黙を好機と見たのか、エレカが「待ってました」とばかりに口を開いた。
「“命を落とす”と言ってましたけど、それは少し語弊があるのよね。正確には、魔具が人の生命力を――」
「いや、そこの説明、今はいいだろ。横道に逸れたが、魔具の話はここまでだ」
ダラスが軽く手を上げて制した。
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