第30話:ようこそ、キャラバンへ
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムの地にて激闘の末、黒幕ゾディを打ち破るが、その街の人間すべてが死に、歩く屍人となる悲惨な結果に。
命からがら脱出し、放浪していたところ、大規模なキャラバンに迎え入れられた。マルバスに指摘され、苦手だった人と交流を学ぶことになり――
「ロアスさん。この女性は……? 随分と仲が良さそうですね」
視線を向ければ、フィンが口を尖らせてジト目でロアスを見つめていた。
エレカがすっと立ち上がり、小走りでフィンのもとへと駆け寄っていた。
「まあ……フィンちゃん! 目が覚めたのね!」
朝の陽が、布越しに淡く差し込む診察室。その中で、フィンは簡易ベッドに横たわったまま、目をこすっていた。どうやら今、目を覚ましたばかりのようだ。
「えっと……ここは?……あなたは……?」
まだ少し不機嫌そうなフィンは小さく首をかしげた。エレカはふわりと微笑んだ。
「あなた、外で気を失ってて、ロアスさんが抱えて歩いているところを、たまたまこのキャラバンが通りかかって、ここまで運んできたの。あたしが手当てしたんだから、もう大丈夫」
そう言いながら、エレカの指先から柔らかな光が生まれた。
「……それは治癒魔術?」
「そうよ。私はエレカ、《白魔術師》なの。神聖魔術がちょっとだけ得意なのよ」
エレカは胸を張って答えると、まるで小さな子どもをあやすようにフィンの頬を軽く撫でた。
「よかった、本当に目が覚めてくれて。実はちょっと心配したのよ。未成年の子にはあまり見られない症状だったから…。ロアスさんもずっとあなたのこと気にかけてて――」
「へ?そうなんですか?ロアスさん」
あの無表情のロアスさんが?そう思いながら再びフィンの視線がロアスに向く。ロアスは無表情のまま答えた。
「ああ、……それはそうだろう」
「……ふーん。」
ふくれたような顔をしつつも、少し嬉しそうにするフィン。そして、エレカへと向き直る。
「……あの、助けてくれて、ありがとうございます。私、何が起きたのかもわからなくて……」
「ううん、いいのよ。あなたが無事で、本当によかった」
エレカはにっこりと笑いかけた。まるで我が子に語りかけるような、優しい声音だった。
そんなことを考えていると、エレカが不意にくるりと振り返って、手をぱんと打った。
「そうだわ!ロアスさん、フィンちゃん、よかったら少し時間をちょうだい。今移動中の内に魔術の基本くらいは知っておいたほうがいいと思うの」
「魔術の……基本?」
「ええ、難しい話じゃないですし、この国では魔術の知識がないと、生きにくい時代なのよ。使えなくてもいいけど、知っておくだけで全然違うから」
エレカは微笑みつつ、ロアスとフィンを見回した。
「それに……あなたたちは、あのゾディと争って生き残った方たちですし、どうも“普通”じゃないですよね。色んなお話聞きたいなー。ね、いいでしょ?ロアスさん」
不意に向けられた視線に、ロアスはほんのわずかに眉を寄せた。
“普通”――その言葉に、答えを出せないままいる自分がいた。
確かに自分は、普通ではないのだろう。いや、そもそも“自分”が何者かすら、わかっていないのだ。
それでも、今は。
「……ああ」
ロアスは小さく頷いた。
「よかった。じゃあ、まずは魔術の基本について話しましょうか!」
エレカは楽しげに両手をパンと打ち合わせると、笑顔でロアスとフィンを小さな木製の長椅子に案内し、やさしく腰かけさせた。彼女自身も隣にちょこんと座り、目を輝かせていそいそと語り始める。
「魔術というのはですね、今から遡ること千年前、リーブラ創世記に端を発します。後に四大属性の基盤とされる――」
そこへ、呆れたような声が診療室に響いた。
「――って、ちょいちょい、ちょっと待てぇい、エレカさん!あんた何時間コースで語るつもりだよ!」
診療室の扉がぎぃ、と音を立てて開き、呆れ顔のダラスがのっそりと中へ入ってきた。
「……あらあら、ごめんなさい。つい癖で」
エレカが舌を出すようにして小さく笑う。
「あんたの説明じゃ、塔の訓練生向けになっちまうし、たぶん永遠に語り続けるだろ。魔術の基本だったら、俺が説明したほうがマシさ」
ダラスが肩をすくめて言い返すと、エレカは頬をかいて、照れたように笑った。
「あたし、魔術の話になるとつい楽しくなりすぎちゃうのよね。いいわ、あたしもダラスくんの講義、ちょっと聞いてみたいし。任せるわね」
エレカは頬をかきながら照れ笑いを浮かべ、ダラスにバトンを渡すように手を差し出した。
「全く、あんたの連れの様子を見に行けってアテナのやつに言われただけなのに変なことに巻き込まれちまったぜ。な、レオスさんよ」
ダラスは入り口のすぐ外にいたレオスに話しかけた。その様子を聞いてレオスは皆がいる診療室に入った。
「お、フィン、もう起きたのか? 体調は問題ねぇか?」
診療室に入ってきたレオスが声をかけると、フィンは小さく微笑みながら頭を下げた。
「はい、私は大丈夫です。ご心配おかけしました。……レオスさんこそ、包帯だらけですけど、本当に平気なんですか?」
「ああ、俺もキャラバンの連中にしっかり治療してもらったからな。心配いらねえよ」
そう言ってレオスは右肩を軽く回してみせたが、その動作はどこかぎこちなく、見る者に不安を抱かせる。
「あっ、レオスくん!あなた、身体の損傷激しいんだから、そんなふうに動き回らず安静にしてなさい!」
エレカが、ぴしりと指を立てて叱るように言った。まるで母親がいたずらっ子を咎めるような調子だ。
「……あ、ああ。すんません」
レオスは思わず背筋を伸ばして小さくなった。どうやらエレカには頭が上がらないらしい。
「じゃ、改めて。俺が魔術について説明するよ。……あ、どうせだから、あんたも入ってこいよ。ネロさーん?」
診療室の扉の前で、所在なさげに立っていた男にダラスが声をかける。
茶髪の青年は、気まずそうに扉の隙間から顔を覗かせる。皆の視線が一斉に向けられると、少し照れたように頬をかきながら中へと入ってきた。
「みなさん、初めまして。僕、ネロ・アーデンベルって言います。昨日、僕が寝てる間に新しい仲間が加わったって聞いたから、挨拶だけでもって思ったんだけど――なんか、魔術の解説会になってるみたいだね」
冗談めかして笑うと、彼は医療室の片隅に腰を下ろした。
「僕は魔術は使えないんだけど、話だけなら興味あるし。よかったら聞かせてよ。……魔術の基礎って、何度聞いても忘れちゃうんだよねー」
その言葉に、フィンが姿勢を正し、礼儀正しく頭を下げる。
「ネロさん、ダラスさん、初めまして。キャラバンの皆さんの旅に同行させていただき、本当にありがとうございます。……それに、私たちのために、わざわざ魔術の講義までしてくださるなんて、とてもありがたいです」
彼女の真摯な言葉に、ネロは柔らかな笑みを浮かべた。一方でダラスは、敵意こそないが、なおもどこかに警戒の色を残している。
「フィンちゃん、よろしく。……ま、俺も君らにちょっと興味あるからさ」
そう言いながら、ダラスは足を組み直し、わずかに身を乗り出した。その目には、探るような光が宿っている。
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