第28話:ロアス、魔術用語の暴力を受け
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男ロアスは、フィン、レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
ウェイシェムの地にて激闘の末、黒幕ゾディを打ち破るが、その街の人間すべてが死に、歩く屍人となる悲惨な結果に。
命からがら脱出し、放浪していたところ、大規模なキャラバンに迎え入れられた。そして──
キャラバンが動き出し始めるころ、空が明かりを照らし始めていた。
テント群の中の移動用診察室にて、ロアスは、寝床の傍らに静かに横たわるフィンを見下ろした。
(フィンはまだ目を覚ましていない。しかし、顔色は悪くない。呼吸も正常なようだな)
傍らにはどこか品のあるスラリとした身体付きの女性が控えていた。青黒の艶のあるロングヘアを耳にかけ、白衣の袖をまくりながら、薬草を煎じている。回復魔術と薬草を併用し、最大限の処置を行なってくれている。優しそうな瞳でどこか他人の痛みに寄り添う空気を持っていた。
(あの女。確かエレカと呼ばれていたな)
ロアスが部屋の中に入ると、その女性――エレカは、歩み寄りつつも遠慮気味に話しかける。
「あ、ロアスさん…でしたよね?すみません、昨日はバタバタしていて自己紹介もまだでしたよね」
人あたりの良さそうなその女性はぺこりと一礼をした。
(なぜ、こいつは話をしながら、頭を下に下げるワンアクションを加えた?
状況からすると…挨拶のようなものか。であれば俺も真似した方がいいか。……いやしかし、意味を理解していない動作を安易にやってしまう方がリスクか。
もっと別の意味を持っている可能性もある…。)
その態度に対して、どう対応すれば良いのか困り、微動だにせず無表情でその頭を見下すロアス。
「改めまして――私、エレカ・セフィルと申します。魔術の研究を専門にしておりまして、キャラバン内ではマルバス団長の命で治癒係を任されています。……あなたの、その……お子さん?の看病をさせていただいております」
(お子さん、か。これは見た目で安易に俺がフィンの親と判断をしたのだろう。どうでもいいことだが、勘違いをされたままなのも癪だ。ここは訂正をしておこう。)
「……俺の子ではない。フィンという」
エレカは「あら、失礼しました」と慌ててぺこぺこと頭を下げながら、服の裾を整えるようにそわそわと身体を動かした。
(また頭を下に下げるアクション…今度は何度も。やはり、この行動は単なる会った時にする挨拶ではないのか。いや、そんなことはどうでもいいか。フィンのことを聞こう)
「……容体は、どうなんだ」
そんなロアスの問いに、エレカは微笑みかける。
「安心してください。フィンちゃんは、ほとんど傷を負っていません。魔力の補填施術もしましたし、昨日一晩中寝ていたのでじきに目を覚ますでしょう。」
ロアスは無表情ながらも「そうか」と呟き、安堵をした様子が伺える。
(よかった。やはり、あの瘴気はフィンの発する光で完全に浄化できていたのか。しかし、あれはなんだったのだろうか)
最初は優しい落ち着いた口調から始まった。
「……症状からして、ただの“魔切れ”で間違いないとは思います」
そこから徐々に嗜めるような口調で話し出した。
「……でもですね、年馬も行かないような子に、そこまで魔術を使わせるなんて――ほんとうに、大丈夫なんですか?
ご存じないんですか? 最近、“魔切れ”が慢性化して、“魔脈瘤″や“虚魔性昏倒症”を発症するケースが出てきていてセデス魔術協会では――」
ロアスはエレカの紡ぐ言葉の処理に追われる。が、そんなことは構わず、言葉の猛攻は続く。
「――それで、特に成人前の魔力系統が未発達な子どもにとっては危険因子なんです!
魔術機関誌にも載ってましたよ。成長期における魔力圧迫状態が続くと、将来的に“魔導器官異形成”や“断続性魔気痙攣”の原因になるって。現場では“魔断症候群”なんて俗称もあるんですけど――」
「………???」理解が追いつかない。ロアスの思考は完全に停止する。
「もう、ちゃんと理解してますか? あなた、保護者なんでしょ?」
ロアスは無表情のまま、もう一度思考を巡らせる。
(――この女、何を言っている?言葉の処理をし切れなかった。
″マギレ″とは何なのか。
″マミャクリュウ″…
″キョマセイコントウショウ″…
魔力系統が云々…)
「……わからない」とつい言葉が出る。
エレカが両手を口で覆い、大げさにリアクションを取る。
「わからない?魔術学会ではどれも常識的なお話…どの辺がわからないのでしょう。まさか、“魔切れ”って単語が初耳とかですか!? 確かに″魔切れ″はここ数年出てきた俗称、正式名称は魔気断症ですね。これは魔力を使い果たしたときに起きる意識喪失状態で、軽度なら休めば治るけど、成長期の過剰使用は《第二魔核未発達期障害》、いわゆる“核揺れ”につながるリスクが――!」
(待て)
口調は優しいままだが、語気と情報量だけはどんどんヒートアップしていく。
「しかもこの子、十四歳くらいですよね!? まだ第二魔核も形成されてない年頃の子が、魔気断症になるほどの魔術稼働をするなんてこと自体、普通は現実的に有り得ない。だとすると、この子、素質は明らかに特級!数年前聖都で有名になった″神童″に匹敵します!でもって、マナ痕跡からして神聖魔術です!
でもですね。だとしても、未成熟者の魔術行使にリスクがないわけではありません!そこまでさせるなんて、あなた、この子の責任を持てる立場の方なんですか?保護者なんですよね!?」
(待ってくれ)
ぽかんとしたロアスの表情に気づきもせず、エレカはさらに続ける。
「あれ、もしかしてそんなことはないと思うんですけど、魔術理論自体がわからないってことでしょうか。え? え? じゃああなた、魔術使いじゃないんですか!?しかしあなたから感じる強い闇のマナ痕跡…私はてっきり魔術の師弟関係かと…でもそうでないとすると一体どんな関係?……あ、まさか……!」
(何が起きている?)
エレカは肩を抱えるように震え、そっと一歩下がって言った。
「整理させてください。……魔術学的完全無知のまま、年馬も行かない子どもに高等術式を使わせた結果、“魔切れ”にさせた……にわかには信じがたいのですが、そういうことなのですか……?」
そして、不意に質問が飛んでくる。沈黙が襲う。
(わけがわからん。面倒だから、適当に相槌をうって会話を終わらせるか)
相槌を打とうとする直前、不意に昨日マルバスに指摘された言葉を思い出す。
――ま、お前はよ、まずは人とのコミュニケーションの仕方を覚えろ。幸いこのキャラバン内には人が大勢いるから、面倒くさがらずに自分磨きだと思って話しかけてみろ、兄弟――
(コミュニケーション――このわけのわからない女と?)
チッ― 小さく舌打ちをする。
(……適当に返して流すか。)
ロアスは必死に頭の中の思考回路を回す。
(――しかし下手に相槌を打てば、これらを認識していることとなり、今後のコミュニケーションの齟齬に繋がる。
さらに、場合によっては目覚めた後、フィンに何かしらの迷惑が掛かる可能性もある。
今の女――エレカと名乗ったか――は、怒っているというより、驚いていた。強く。極端に。
大事なのはその理由。
『魔切れ』『核揺れ』『魔術学的完全無知』――どれも意味がわからないが、これはすべて魔術から派生する言葉と予測できる。
では、そもそも『魔術』とはなんなのか。
目覚めたばかりのこの数日でも少数だが魔術を使う者がいた。
タルゴポリ村での山賊戦。狐目の魔術師が見せた、空間から異形の腕を出し生命力を奪う者がいた――あれは魔術なのか。
ウェイシェムの豚のような巨人が放っていた瘴気――あれは違うのか?
ゼラが使っていた、死体を動かす能力――禁忌魔術だと明言していた。
ゾディの操っていた、炎や氷による攻撃。新たな生命体の生成――あれらも魔術なのだろう。
そして……フィンが瘴気から俺らを守ってくれた、あの光――あれも、魔術……?
こう考えても使える人は限られていれど、やはり、この世界ではありふれた存在なのだろう。
自分の鎌を具現化する力も…?
エレカという女は、その『魔術』について、俺が知らないことに驚いているのは明らかだった。
つまり、この女の驚きによる言葉の猛攻は、『魔術を知らない』と伝えれば、止むのではないのか?)
ロアスは少しずつ自問自答を繰り返し、仮説を立てていく。
(しかし、俺はさっきなんと言った?咄嗟に出てしまった言葉だが、確かに『わからない』と言ったはずだ。
では、なぜこの言葉の猛攻が続いている?
なにか、おかしい。
……いや、俺が『わからない』理由と具体的に何が『わからない』のかの説明をしていないのではないか。
それをあの女に伝えればいいのか。
しかし、それが伝わればどうなる?
どんな返答が来る?
この言葉による暴力は終わるのか?
いやそれより、ありのままの事実を初対面のこのよくわからない女に話しても平気か?
しかし、少なくとも敵意があるわけではないようにも思える。)
エレカの問いからここまでの思考をすること3秒。無表情のまま、頭の思考回路をフルに回した。
(結論だ。俺はまず自分の事実を伝えるべき。それがこの場における最善なのだろう。)
「聞け」
静かだが、ハッキリとした圧のある声。
「は、はい!?」
少し気圧されるエレカ。
だが、ロアスはなんと言うべきか文章はまとまってはいなかった。思い浮かぶ単語を並べ、無理矢理文章にしていく。
「結論から言うと、俺はお前の言っている言葉、その意味がほとんどわからない。ので、『魔術』についてもよくわからない。それについて、今、説明ついでに自己紹介をする」
※8/3 10:00 エレカの文言微修正しました。
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