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最強な俺は記憶喪失中。だが神子様は蛮行を許さない。  作者: 死神丸 鍾兵
第一章 〜旅の始まり〜「タルゴポリ村編」
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第1話:血塗れた出会い

舞台は、戦乱の絶えない剣と魔法の世界リーブラ。

記憶皆無の“最強”の男が目覚めたとき、運命の歯車は動き出す――。

 黄昏の空に、焦げた血の匂いが滲んでいた。


 そこは、峠道の外れにある岩場だった。かつては交易路として使われていたはずの道は今や荒れ果て、旅人も通らぬ寂れた地と化している。だが、そこに数頭の馬と、黒装束を纏った男たちの姿があった。彼らは金の装飾が施された荷車を取り囲んでおり、その周囲には倒れ伏した数人の護衛の遺体。


「……クク、これで終いだな。行商人どもも、震え上がってやがる」


 鎖帷子を肩からぶら下げた大柄の男が言うと、周囲の賊たちがどっと笑った。皆、かつては国軍に属していた者たちだ。だが、今や祖国は突如各小国に侵攻を繰り返している軍事国家イーラディア帝国に蹂躙され、守るべきものも帰るべきとこも失っていた。


 行き場を失った男たちを束ねているのは、銀髪の若き男――レオス・リオ。かつては名の知れた冒険者だったが、今や山賊団を率いる頭目である。


 「荷車の中は無傷だな? 積み荷に刃を向けるな。無駄な殺生もいらねぇ。護衛が終われば、それで十分だ」


 静かにそう告げるレオスの声に、賊たちは一瞬息を呑む。口調は柔らかだが、その双眸には拭いがたい狂気と覚悟が宿っていた。剣の柄に手を添えるその立ち姿には、軍人の威厳すら残っている。


 だが、その言葉に反発する声が一つ。


「ふふふ……生かす価値なんて、どこに? この世にしがみついたところで、待ってるのは餓えか刃。それなら、綺麗に死なせてあげた方が――ずっと楽ですよ」


 言葉の主は、狐目で口元をローブで隠した男、ゾアン・アーク。首をかしげながら喋るその様は、どこか人形めいている。全身を覆う黒衣の下からは、まるで霧のような瘴気が立ちのぼっている。


「……ゾアン。俺の下にいる限りは、俺のやり方に従え」


「えぇ、もちろん。ただ……レオスさんが“やり損なった”ら、次は是非とも私にお任せいただきたいですねぇ」


 にやりと笑うゾアンの顔は、影に溶けるように薄暗く、だがその奥にぎらつく野心が確かに覗いていた。



 その正午過ぎ、峠から東へ下った谷あいの農村――タルゴポリ村。


 一人の少女が村外れの野山を走っていた。黒髪のセミロング、可愛らしい顔つきの黒い瞳目、年の頃は十四。

 名はフィン・ジャメル。

 タルゴポリ村で“神子”と呼ばれる身でありながら、特別扱いを嫌い、村人と同じく土を耕し、水を汲み、家畜の世話までこなす。慎ましくも真っ直ぐなその姿勢は、年寄りからも子どもたちからも慕われていた。


 本来であれば、村の外へ出る際には守人が付き添うのが決まりだった。だが今日は、護衛役の青年が急病で倒れ、代わりが見つからないまま、フィンは自ら「一人で行ってきます」と名乗り出た。


 「神子なんて肩書きに甘えてたら、何もできないまま終わっちゃうから」


 そう笑って、少女は峠道を一人で歩いた――薬草採りの籠を抱えて。


 訪れたのは、村の近くにある山道のひとつ。森の奥に薬草の群生地があり、村人たちも時折足を運ぶ場所だ。

 だが、その群生地の近く――ごく一部の区画だけは、誰ともなく“近づかない”という暗黙の風習があった。


 理由ははっきりしない。ただ、「草木が育たない」「動物の骨がよく見つかる」「音が吸い込まれるような静けさ」……そんな曖昧な噂が、代々語り継がれているだけ。


 フィンはあまり気にしていなかった。そして今日は、ほんの出来心だった。

 いつもの守人は今日はいない。常日頃から神子としての立ち振る舞いを意識していた彼女。今だけはちょっとした決まりを破ってみたかった。禁じられた場所を、少しだけ覗いてみたくなった。

 ――それに、他の場所より人目がなく、静かに薬草を採れそうだ。そう、自分に言い訳しながら。


 「……誰か、倒れてる……?」


 草むらの奥。朽ちかけた倒木のそばに、頭から2本の角が生えた緑の髪を持つ男が横たわっていた。

 服はぼろぼろで、体の半分は泥と血に染まっている。


 その場所だけ、まるで風が止まったように、空気が妙に重い。


 恐る恐る近づいたフィンに、その男はわずかに目を開けた。


 ――金色の瞳。人のものとは思えない、異質な光がそこに宿っていた。


「……だいじょうぶ、ですか?」


 フィンがその身体にゆっくり手を伸ばし始めた瞬間、突然男が咳き込んだ。肺に溜まった血を吐き出すように、ガフッと声を漏らす。


 「っ……!」

 「……ぁ……ぉ……」


 言葉にならない呻き。それでもフィンは怯まず、手を伸ばした。


 「大丈夫、私が村まで連れてくから……がんばって……!」



 その夕暮れ、太陽が沈み始める頃、山道の中、150㎝ほどの小柄な身体で彼女は戸板に縛って190㎝はあろう男を運んでいた。ようやく麓の村が見え始めていた。


 「はあっ……はあっ……もう少し……もう少しっ……ですよ…」


 が、そこに現れたのは数人の影だった。


 「おいおい、こりゃどんな状況だ?ガキは帰って乳でも吸ってな。嬢ちゃん」

 「……なんだこれ。お持ち帰りか?」


 言葉遣い、装備、雰囲気。間違いない。

 軍を逃れ、山賊化した元兵士どもだ。


 「なぁにしてんだ、こんなところで。怪我人とお散歩か?」

 「うひひ、この子可愛いなぁ!味見して売り飛ばしてやろう!ふひっ」


 「ひっ……やめて……っ!」


 フィンが後退り、転倒したその瞬間だった。

 一人の山賊が緑髪の男に手を伸ばす。


 「へへへ!おい、こいつ等どうしてやろうk──」


 ――バキィ。


 鈍く、肉が裂け骨が砕ける音。

 緑髪の男の手が、無言で山賊の首を握り潰していた。


 「なっ……!」


 他の山賊が武器を構えた瞬間、そのボロを纏った男が立ち上がる。

 異様な静けさ。男が一歩踏み出すたび、関節がゴキ、ゴキと鳴った。まるで壊れかけの人形のように。


 「うわっ、殺れっ!」


 斧が振り下ろされ、こめかみを裂く。血飛沫を上げるがロアスは微動だにせず、腕を振るった。

 ただの一撃で、一人は空中を舞い、木に叩きつけられ、動かなくなった。


 「ば、化け物……ッ!」


 残る者たちが逃げようとしたとき、別の声が割って入った。


 「やめろ!! おまえたち、退けッ!」


 現れたのは銀髪の男。2mほどの鉛のような大剣を肩に担ぎ、鋭い三白眼で男達を刺すように睨んでいた。その男に残りの山賊たちはすぐに頭を下げた。


 「レ、レオスの兄貴……!」

 「……すまねぇ、ちょっとした遊びのつもりで……」


 「こんな所で、村娘を攫おうと? 恥を知れ!恥をよ」


 そのレオスが、ボロを纏った緑髪の男と対峙した。


 「おい、おまえ……」


 その男は無言のまま立っていた。全身から立ちのぼる気配が異様だ。

 剣を持つ手が、咄嗟に震えた。


 (──この男……何かが違う)


 気配だけで、全身が警告を発する。まるで、死が迫っているかのように。

 剣を振るえば、自分が死ぬ。戦士の直感がそう告げた。


 「……くそっ、こいつは無理だ…」


 レオスはその大剣を引いた。


 「退け。……今は、引くぞ」


 山賊たちは逃げ出すように森へ消えた。

 ボロを纏ったその男はその背を、何の興味もなさそうに見送っていた。


森を抜ける頃には、夕靄が木々の梢を紫に染めていた。

 フィンは戸板の縄を握り直し、黒髪を汗で頬に貼りつかせながら、小さく息を吐く。すぐ後ろを歩く――というより、ふらふらと付いて来るだけの男は、まだ意識の底を揺らしているようだった。


 (村門までもう少し……この人、倒れないで……)


 そう祈るように歩を進めるフィンの耳に、やがて小川のせせらぎと鶏の鳴き声が重なった。タルゴポリの夕餉が始まる合図だ。木塀の向こうには、灯ったばかりのランタンが橙色に揺れている。



「フィンか? ……遅かったな。って……そいつ、誰だよ」


 村の入口、粗末な柵のそばに立っていたのはアリムだった。

 成人を迎えたばかりの青年で、村長の孫。父は幼い頃、不慮の事故で亡くし、それ以来、祖父とフィンとの三人で暮らしてきた。

 フィンにとっては兄のような存在であり、この村で“神子様”と崇められている彼女を、唯一対等に扱う相手でもあった。


 茜色の空の下、フィンはアリムに事情を説明した。


「……なあフィン、頼むから冗談だって言ってくれよ。まず、1人で山に入って、山賊に襲われたってだけでも驚きなんだけど!?しかも…」


アリムの視線がフィンの背にくくりつけられた血まみれの大男へと注がれる。


「こいつ……本気で山から拾ってきたって言うのか?」


「うん。でも、まだ生きてたの。死にかけだったけど」


 フィンの手は、縄を強く握りしめていた。小柄な肩越しにくくりつけられた男の身体は重そうで、息も浅い。だが、フィンの表情に後悔はなかった。


「……おまえなぁ……小犬とかじゃないんだから…魔物に追われてた盗賊かもしれないし、正体不明の何かかもしれないんだぞ。わかってるのか?」


 アリムの声には、怒りと不安、そして諦めが滲んでいた。それはフィンに対しての心配から来るものに他ならない。

 彼は拳を握り、しばらく何かを飲み込むように黙り込む。


「それでも……放っておけなかったの」


 フィンの声はかすかに震えていたが、瞳は澄んでいた。

 恐れも迷いもある。それでも見捨てなかった――フィンならその選択をする。アリムは痛いほど理解していた。


「お願い。今夜だけでいい。ちゃんと治ったら、すぐに出て行ってもらうから……」


 アリムは小さく舌打ちし、乱れた前髪をかきあげる。

 目の前のフィンが、どれほど思い詰めてここまで運んできたか、想像はついた。


「……まったく、おまえは……。どこまでお人好しなんだよ」


 言葉とは裏腹に、アリムの声には、どこか呆れたような、兄らしい優しさが滲んでいた。


「……わかったよ。俺からおじいちゃん…村長に話を通す。厩の小屋を使え。干し藁くらいは残ってるはずだ」


「ありがとうアリム……!ほんとに……!」


 フィンはぱっと笑みを咲かせた。その笑顔が、アリムの胸を突く。


「でもな……これ、神子様としてじゃなく、フィンとしての判断だ。自分で責任取れよ」


「うん……ちゃんと、わかってる」


 二人の間に言葉以上の信頼が流れた。

 アリムは最後にもう一度ロアスの姿を見て、低くつぶやいた。


「……夕暮れ時に厄介ごと運び込むとか……勘弁してくれよ、マジで」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら♡やコメントをいただけると、とても励みになります。

皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします。


※7/22 フィン・ジャメルの紹介文言加筆

※7/24 ″村の門番″とのやりとりを″村長の孫アリム″に変更

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