第23話:死の街からの脱出
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィン、戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅に出る。
辿り着いた先は、法なき犯罪都市ウェイシェム。
ロアスはこの街を支配する男――ゾディ・アークを打ち倒す。
しかし、ゾディの創り出した完全なる人造魔竜の死と共に、瘴気が噴き出す。
その瘴気は瞬く間に街を覆い――
この街はすでに瘴気が蔓延していた。倒れた建物の陰から、屍人と化した住人たちが呻き声を上げ始める気配もあった。
地上に出た瞬間、三人を包んだのは――悪夢そのものだった。
かつて犯罪と貧困に満ちていたウェイシェムの街並みは、今やその地獄の本性をあらわにしていた。
路地の奥で、血まみれの子どもが泣き叫ぶ。その頭に覆い被さるのは、顔半分を失った女の屍人。噛み付くたびに、骨が折れる音と、肉を裂く濁った音が響いた。
傾いた建物の影から、手足のない男が這い出し、誰とも知れぬ死体の腹を喰らっている。
崩れた広場では、数十体の屍人が踊るようにうごめいていた。首が逆さまについた者。脊椎が露出したまま地を這う者。泣き声を上げながら、笑っている者。
空は瘴気に染まり、太陽の光すら薄闇の帳となっていた。
「……こんな……嘘、でしょ……」
フィンが震える声で呟いた。
祈りの光は、今も彼女の体から広がっていた。だがそれは、不安定に揺れ、今にも途切れそうだった。
その光がなければ、ロアスも、レオスも、瘴気に蝕まれる。だが――その光は、他者に与えるにはあまりにも脆弱すぎた。
少女の目に、倒れた少女が映った。瘴気に染まりながらも、まだ生きている。だがその傍らには、唇を失い、肘だけで這い寄ってくる老婆の屍人がいた。
「だめ……助けなきゃ……!」
フィンが駆け寄ろうとした、その肩を、ロアスが掴んだ。
「無理だ。今は、まずお前が生き延びることを考えろ」
「でも……!」
光の揺らぎが強くなった。
「お前の光がなければ、皆はここで死ぬ。少なくともお前とレオスは……頼む、フィン」
ロアスの声は静かだった。しかし、その言葉には切実さと、重みがあった。
フィンは唇を噛みしめた。涙が溢れそうになるのを、喉の奥で飲み込む。
「……うん……ごめん……」
再び三人は走り出す。崩れた路地を越え、建物の陰を駆け抜け、かろうじて残された橋を渡る。
そのたびに、屍人たちが襲いかかってくる。
「ガァァアア!」
血を吐きながら飛びかかる屍人を、レオスの大剣が迎え撃った。頭部が崩れ、倒れたかと思えば、すぐに次が来る。
「ハァッ……ハァッ……終わらねえな……!」
「切り拓くしかねえだろ!」
ロアスが黒い刃を振るう。その斬撃が屍人たちを斬り裂き、肉片が空を舞った。瓦礫の壁を登り、再び屍人が現れる。歯をむき出しにし、呻きながら走ってくる。
「こんな時に、聞く話じゃねぇかもだけどよ……お前、竜とやり合う時、なんですぐにその鎌使わなかったんだ?」
ロアスの振るう大鎌を見ながらレオスは訊く。
「ただ…素手でどこまでやれるのか、試したかったから…」
一振りで4,5体を屠らながら淡々と答えるロアス。
それを聞いたレオスは肩をすくめただけだった。
しばらくすると、フィンの光が弱まってきたように感じる。
「フィン、光を絶やすな……!」
ロアスの叫びに、フィンは叫び返すように祈った。
「お願い……お願いだから、もう少しだけ……!」
光が瞬き、また少しだけ強くなる。その薄明かりの中を、三人は駆ける。崩れた通りを、燃え上がる建物を、食いちぎられる人々を横目に。
だが――遠くの高所から、その混沌を見下ろす者がいた。
崩れた時計塔の先端。かつて時を刻んだ鐘の真上に、風に髪を揺らす女の姿。
ゼラ。
「ふふ……いい眺めねぇ。計画から少しズレたけど……今回は“大収穫”だわ」
街に溢れる屍人たちを見下ろし、ゼラはうっとりと目を細める。
「これだけ玩具があれば、いくはでも遊べる。ねえ、可愛いペットちゃんたち?」
その瞳が、ふとロアスの姿を捉えた。黒き刃を振るい、戦いながら逃げる男。
「貴方は……また、今度ね。ロアス君」
艶やかな声で呟き、ゼラは闇の中へと姿を溶かした。
――そのさらに高み、街を囲む山の尾根。その陰に、隻腕の男の姿があった。
漆黒のローブ。細身の体。まだ若さを残した声が、誰に語るでもなく洩れる。
「……父さんも、″母さんだったモノ″でも、ヤツを止められなかったんですねぇ」
ゾアン・アーク。かつてレオスの配下として、ロアスたちと相対した、闇魔術を行使する少年。
その表情には、もはや尊敬も忠誠もない。ただ、静かな笑みだけが浮かんでいた。
「ククク……クヒッ…面白い。さあ、“メツレンノツカイ”――今度はどんな地獄を見せてくれるんですかねぇ?ヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ―」
風が吹いた。瘴気の臭いを含んだ冷たい風が、ローブを揺らした。
そしてゾアンは、背を向け、闇の中へと消えていった。
――ロアスとレオスが血と灰の道を切り拓いていた。
その後ろに、今にも倒れそうなフィンが、光を手に走っている。
その光が――三人を、まだ繋いでいた。
崩れゆく街、ウェイシェム。死と再生が歪に交わる、終末の都市。
大剣を振る度、重さに持っていかれ、重心がふらつくレオス。
「立てるかレオス!」
「……ああ、大丈夫だ……道はわかる…俺に着いてきてくれ」
ロアスが限界に近いフィンを支え、レオスが死角に警戒しながら、先導をする。三人は崩れた街並みを行く。もはや言葉は要らなかった。背後には滅びた街、そして屍者たちの呻きが微かに響いていた。
――風が吹いた。
戦いの終わりを告げるように、静かに吹いた風だった。
そして、三人の影は、燃え残る瓦礫の向こうへと消えていった。
しばらくして。
街の外れ、小高い丘に辿り着いた三人は、ようやく歩みを止めた。
空はまだ暗く、濃密な死の名残が空を覆っている。それでも、ここには瘴気は届いていなかった。
「……フィン」
ロアスが呼びかけるように声をかけた。
フィンが、ふらついた足取りのまま、ぽつりとその場に膝をついたのだ。
「だ……いじょうぶ……私は……」
言い終えるより早く、彼女はそのまま、ロアスの腕の中に崩れ落ちた。
「フィン……!」
ロアスは強く彼女を抱きしめた。彼女の鼓動はまだある――だが、限界だったのだ。
レオスはそっとフィンの身体に触れる。
「……大丈夫。気を失ってるだけみたいだ。無理もない。随分負担掛けさせちまったみたいだからな……」
レオスが、ポツリと言う。
そして――ウェイシェムの夜は、深く、沈んでいく。
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