第21話:vsドラコ・オムニア
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そこで出逢った妖しき女性ゼラにゾディ討伐の誘いを受けた。そして、遂にウェイシェムの支配者ゾディ・アークと衝突!ゾディの″最強の生命体″が目覚める…!!
ロアスは、竜の巨体を前に――ただ、歩いた。
剣も、大鎌もない。
握られた拳は、ただの肉体。
だが、その歩みは、嵐の前触れのように、静かで、確かな破滅の鼓動を宿していた。
咆哮とともに、大気が焼かれる。
地を割る紅蓮の奔流――灼熱のブレスが吐き出された瞬間、ロアスは跳んでいた。
刹那を裂く跳躍。
灼熱をかすめ、影が滑るように竜の懐へ潜り込む。
拳が、唸る。
「……っ!」
その一撃が、ドラコ・オムニアの前脚に突き立った。
――ゴウン。
金属の悲鳴のような鈍い衝撃音。
頑強な装甲が抉れ、血肉が潰れ、地を震わせるような痛みが竜の全身を駆けた。
レオスが、絶句する。
「あの拳……装甲を……!?」
だがロアスは止まらない。
拳が側頭部へ。肩へ。尾の付け根へ。
破壊が、連打となって竜の身を削る。
砕ける鱗。飛び散る肉片。
響く音はすべて、死を刻むための詩。
それは、まるで命を剥ぎ取る旋律。
この世界に存在してはならないはずの“純粋な暴力”が、今ここに具現していた。
だが――竜も、また異常だった。
潰れた肉が蠢く。骨が再生する。
ケルベク戦でも見せた再生力が、今や目視で追えるほどの速度で蘇りを果たしている。
「……再生速度、上がってる……」
レオスの呟きは、誰にも届かない。
ロアスは拳を打ち続け、ドラコ・オムニアは咆哮を重ねる。
尾が襲い、爪が振り下ろされる。
咄嗟の防御、あるいは跳躍。
紙一重の間合いで、ロアスはすべてを受け流していく。
まるで、自身が風であるかのように――
“破壊されることを拒む者”と、“破壊を告げる者”。
その衝突は、もはやただの戦いではなかった。
それは――
命の理と死の真理が交わる場所。
だが、奇妙なことに。
ロアスの表情には、一切の焦りがなかった。
切迫も、激情もない。
彼の瞳に映っていたのは、ただ冷徹な分析、そして――
どこか満足げな光。
まるで言葉にせずとも、こう言っていた。
「――確認できた」
拳では、足りない。
破壊と再生の循環を、断ち切るには――
もっと深い“終わり”が必要だと。
そして――
竜は、再び甦る。
砕けた鱗はうねり、焼けた肉は潤い、血の雨が逆巻くように傷を閉じる。
死を拒むように、ドラコ・オムニアの身体は再生し続けていた。
それでも――ロアスの眼差しは、まったく揺るがなかった。
焦りも、憐れみもない。
ただ、静かに。
終焉を見据える者の瞳。
右手が、前へ。
闇が滲み出す。指先から零れるように、大気が黒く染まり始めた。
「……出でよ」
低く、息を吐くような呼びかけ。
その一言が、世界の法則を書き換える。
空気が振動し、重力が軋む。
何かが、裂けた。
黒煙、冷気、呪詛――それらが混ざり合い、現実を捻じ曲げていく。
闇が渦を巻き、ひとつのかたちを結んだ。
漆黒の大鎌。
その姿は、理に背く。
刃は闇を纏い、柄は死の冷たさを湛え、周囲の温度さえ奪っていく。
ただ持つだけで、この世の理が一歩退くようだった。
ロアスが、それを握りしめる――その刹那、
ドラコ・オムニアが吼えた。
だがそれは威嚇ではなかった――恐怖。
かつてこの竜が誰かに恐れを抱いたことがあっただろうか?
だが今、その本能が、目の前の男を「死をもたらす者」と認識していた。
翼が打たれる。巨大な体が空へ逃れる。
「逃げた?」
咆哮とともに、竜の巨体が空高く舞い上がる。
瘴気と血煙を撒きながら、瓦礫の街を見下ろし――その中心に立つ、死神を恐れた。
だが、遅い。
ロアスは、跳んだ。
爆ぜるような脚力。
踏み切った瞬間、地面がめり込み、石畳が砕け散る。
黒き影が空を裂く。
跳躍ではない、もはや弾道。
その身は、空へ逃げる竜の心核へ――一直線に駆けた。
空中、身を翻しながら鎌を構える。
その時――
ドラコ・オムニアの喉奥に、紅蓮の光が集まった。
それは第二の灼熱。かつて街を焼き尽くした地獄の吐息。
核から引き上げられた魔力が、牙の奥に膨れ上がっていく。
竜の頭部全体が、赤熱し始める。
その瞬間、ロアスの瞳がわずかに細まった。
刹那、宙を斬る。
「吼えるな」
――その声と同時に、黒刃が閃いた。
一閃。
ズバァァッ――!!
竜の首が、ない。
紅蓮の光を宿したままの頭部が、空中を滑り、
巨大な肉塊として地に墜ちる。
咆哮は届かなかった。
ブレスも解き放たれなかった。
「……終わりだ」
ロアスは空中でさらに加速。
暴風のように舞い、今度は胸部へ――
露わになった黒き心核に、刃を突き立てる。
ゴゥン――!!
衝撃が宙を裂く。
肉が破れ、骨がひしゃげ、内部構造が露出する。
そして――
「貴様の命、刈り取る」
ロアスは一閃。
世界を断ち切るように、真横に薙ぎ払った。
黒い心核が、二つに割れた。
硬質な音。
深淵のような黒光り。
それが裂け、崩れ、砕け、粉々になる。
瞬間、竜の身体が――止まる。
動きが凍り、翼が力を失い、崩れ落ちるように空を泳ぐ。
ロアスは竜の背を蹴って離脱。
地上へ、すでに崩れた屋根に着地する。
その背後で――
ズゥゥゥゥン……!!!!
崩れ落ちた巨体が、街を割る。
骨が砕け、肉が潰れ、地面が崩れ、粉塵が舞い上がる。
轟音が響く。街全体を貫くほどの衝撃音。
地が揺れる。塔が傾く。
空も地も、死の衝撃を刻むかのように、黙した。
ロアスは、静かに立っていた。
深く息を吐き、肩の力を抜く。
風が吹く。血煙と共に。
戦いは、終わった。
そして、そこに横たわるのは――
″最強の生命体″と呼ばれたものの、最後の瞬きだった。
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