第20話:最強の生命体、ドラコ・オムニア
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そこで出逢った妖しき女性ゼラにゾディ討伐の誘いを受けた。そして、遂にウェイシェムの支配者ゾディ・アークと衝突!ゾディの擁する異形の前にレオスが苦戦…そのままロアスがその力で屠ることとなり…!?
ゾディの足元が、静かに歪む。
影が――滲み、裂け、広がっていく。
その中心で、彼が低く、儀式のように詠唱を始めた。
『視界を歪め、記憶を穿ち、心の芯を抉れ。
精神を破壊してやる。
――“精神の断章″』
詠唱の最後と同時に、ロアスの足元から靄のような黒い霧が噴き上がり、世界が塗り替えられた。
――焔に包まれた荒野。
黒煙が空を覆い、無数の影が、血に塗れた大地を這いずり回る。
その中心に立っていたのは、フィンだった。
彼女の髪は焼け、腕は折れ、皮膚は焦げつき……それでも、ロアスを見上げていた。
『どうして……ロアス……助けてくれなかったの……?』
声はかすれ、目は涙で濡れていた。
次の瞬間、彼女の体は崩れ、風に溶けるように消えていく。
――それは幻。だが、恐ろしく精密な“真実味”を持っていた。
誰もが心を折られる。見た者の精神を砕く、禁忌級の幻影魔術。
だが――
「……くだらん」
ロアスは、ただ一言だけ呟いた。
その声には怒りも悲しみもない。ただの冷えた真実として、幻を拒絶する。
幻影が砕け散る音と共に、視界が戻る。
ゾディの目に、わずかに笑みが浮かんだ。
「……なるほど。実に面白い。我が攻撃魔術に耐え、我が魔障壁を破り拳を入れ、さらには卓越した精神力を持つ貴様のような存在にならば、使ってやる価値がある!最終幕を――始めようか」
彼が指を鳴らすと、地鳴りが走った。
床が盛り上がり、重々しい鉄と岩の音が響き渡る。
地下から這い出す、漆黒の巨影。
火の粉を纏い、空気を焼きながら、それは――姿を現した。
「な、なにあれ……っ」
フィンの声が震える。
レオスは言葉を失い、ただ硬直したまま、目を見開いていた。
「あらら、もう完成してたの。もう潮時ねぇ…」
ゼラは誰にも聞こえない低い声量で呟く。
″完全なる人造魔竜″。
それは、竜のような異形。だが竜ではない。
あまりに規則的な鱗の構造、金属のような質感、感情の一切を持たぬ死んだ目――それは明らかに自然の摂理で存在する生命体ではないことがわかる。
「私の傑作だ。二十年を費やした、完全無欠の人造魔竜。
――これぞ、″最強の生命体″だ」
ゾディの無表情だったその顔は、今やまるで少年のように目を輝かせ、誇らしげに、興奮気味に、そして丁寧に、解説を始めた。まるで宝物を紹介するように。
「一切の物理を通さぬ絶対硬度。
魔術に対する高い耐性と分解力。
命令に絶対服従する完全な制御性。
感情も自我も持たぬ、兵器としての純粋性。
破壊されても即座に修復される超再生能力。
全てを溶かし尽くす灼熱のブレス――《劫火熾炎》。
そして、あらゆる肉体を粉砕する物理的攻撃力。
空をも自在に翔ける、飛行機能付きだ
さらに、これ等の能力は体力による制限はなく、無尽蔵に活動が可能!――それが、我が″完全なる人造魔竜″だ」
ドゴォン――!
ドラコ・オムニアが、咆哮と共に跳ね上がった。
翼を広げ、天井を突き破り、瓦礫と煙を巻き上げて――地上へと突き抜けていく。
吹き抜けた天井からは、見事な満月が見え、地下室に月光が差した。
外の空気に触れた瞬間、その口元が灼けたように紅蓮に輝き――
「伏せてッ!」
誰かが叫んだ。
次の瞬間、世界が焼かれた。
放たれたブレスは、直線状に全てを焼き尽くす。
石壁は崩れ、鉄扉は溶け、ゾディの召使いや異形の研究体たちは、一瞬で灰になった。
断末魔すら許されぬ、無慈悲な破壊。
「ひっ……!」
フィンが、思わず後ずさる。
「逃げろ……ここにいたら……!」
レオスがフィンの手を引いた。二人は瓦礫の影へと転がり込む。
焼けた空気が肺を焼き、目も開けていられない。
「ゼラさんは……どこ……?」
フィンが振り返る。
だが、ゼラの姿はもうなかった。
気づかぬうちに、気配すら残さず、まるで初めから存在しなかったかのように。
「……消えた?」
呟いた声は、誰にも届かなかった。
一方、ロアス。
直撃の中――灼熱のブレスの中心に、なお立ち続けていた。
全身でブレスを受け止めながら、ゆっくりと煙の中から歩み出る。
――その肉体は、上半身の衣服をすべて焼き尽くされていた。
皮膚の一部には火傷のような痕が走り、肌は赤くただれている。
しかし、立っている。
息を切らすこともなく、沈黙のまま、敵を見据えていた。
ゾディの目が、微かに見開かれる。
「……まだ立つのか」
火の海の中心、灼熱の世界の中で、ロアスの右手にあった大鎌は、黒き霧となって霧散していた。
再び現れる気配はない。だがロアスは、焦りも、困惑も見せなかった。
ただ静かに、一歩、そしてまた一歩と、竜へと歩みを進めていく。
ロアスのその金色の瞳は、ただ静かに、竜を見上げていた。
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