第18話:ただ、終わらせるだけ
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そこで出逢った妖しき女性ゼラにゾディ討伐の誘いを受けた。そして、ゾディが鎮座する地下に辿りつき…!?
「こいつは、俺が片付ける」
ロアスの声は、まるで凪いだ湖面のように穏やかだった。
それだけに、誰よりも重く、深く、響いた。
ゆっくりと歩み出るその姿に、ケルベクの三つの頭が同時に反応する。
咆哮を上げ、巨大な爪がロアスめがけて叩きつけられた。
だが。
ロアスは避けない。
ドンッ!
ただ、片手で真正面から止めた。直立のまま。
地鳴りのような衝撃が走る。砂塵が巻き上がり、空気が凍りつく。
「……止めた……?」
レオスが息を呑む。
その場の誰もが、目を疑った。巨体であるケルベクの一撃を、抵抗もなく受け止めたというのか。
ロアスは動かない。
受け止めた方の反対の腕をゆっくりと、胸の前に掲げる。
黒い靄が現れ、空気がねじ曲がる。
靄の色は濃くなり、それはまるで漆黒が凝縮されていくような、異質な力の集束だった。
「……また、あれを……」
レオスが思わず呟く。
その声には、恐怖ではなく、何か別の――戦慄にも似た敬意が混じっていた。
フィンは、言葉を失ったままロアスの背中を見つめていた。
ゼラの唇に、緩やかな弧が浮かぶ。
「ふふ……ええ、また見せて。あなたのその……黒くて、冷たい力を」
そして、ロアスが呟く。
「……出でよ」
刹那。
漆黒が裂け、大気がひずみ――
禍々しき“大鎌”が顕現した。
それを見た瞬間――ゾディの目が見開かれた。
「……!」
長年の魔術研究で培った理性が、警鐘を鳴らす。
直感が、怒号のように頭の中で響き渡る。
(あれは……違う。魔術でも、召喚でも、具現化でもない……)
大鎌に纏う“死”の気配――それは術式による力ではない。
もっと原初的な、理屈を拒む力だった。
(……理解できん。だが――危険だ)
ゾディのこめかみに、一筋の汗が這う。
長年、無表情を貫いてきた男の顔に、わずかな“焦り”が浮かぶ。
「その力……何だ? お前、何者だ?」
ロアスは答えなかった。
ただ、一歩踏み出す。
そして、刃が振るわれた。
神速を超えた、その一閃。
時間すら追いつけぬ斬撃に、ケルベクの首の一本が虚空を舞った。
巨体が揺れ、地面が揺れ、血が噴き上がる。
ケルベクが悲鳴のような呻きを上げた。
ロアスは歩みを止めない。
次の瞬間、二閃目。
唸りを上げる大鎌が、まるで風すら斬り裂いて――
ズバァッ!!
もう一つの首が、斜めに切断される。
三つの頭のうち、残るはひとつ。
ケルベクが呻き、のたうつように後退する――だが、遅い。
三閃目。
最後の一頭が、まるで時間差で斬られたかのように、遅れて落ちた。
巨大な首三つが、地面に転がり、血を噴き出しながら仰向けに沈黙する。
「やった……のか?」
レオスが、息を呑んで呟いた。
だが――その時。
ボタリ、と。
落ちた首の一つが、微かに蠢いた。
肉が――筋が――骨が――
再び、結びつこうと這い寄っていく。
「無駄だ」
ゾディが、静かに言った。
まるで、当然だというように。
「ケルベクは死なない。再生する。何度でも」
首が、ズズ……と音を立てて動き出す。
切断面が泡立ち、肉が接合し、目がゆっくりと開いていく。
「だったら――止まるまでやるだけだ」
ロアスはそう呟いた。
次の瞬間――大鎌が、再び唸る。
シュゥン……ズシャッ! ズシャッ! ズシャアッ!
その巨大な肉体が、瞬く間に“細切れ”になっていく。
脚を、尾を、胴体を、無慈悲に、無造作に、断ち切っていく。
肉片が飛び、臓腑が飛散し、骨ごと叩き斬られた巨獣は、
もはや形を保つことすらできなかった。
「……なっ……!」
ゾディが低く呻く。
その目には、紛れもなく驚愕の色があった。
「これほどの速度かつ継続的な重大損傷……そのような条件での実験は行っていなかったが……まさか……」
ロアスは止まらない。
まるで、自分の中に湧き上がる「殺意」に従っているだけのように。
まるで、ケルベクが「死」を許されるまで、永遠に終わらない儀式のように。
まだ微かに蠢く肉の塊を、
まだ神経の残る断面を、
何度も、何度も、何度も――
斬った。
血が乾き、臓物はもう動かず、悪臭さえも冷たく沈んでいく。
やがて。
肉の山は、完全に沈黙した。
――終わった。
「…………」
一同は、声を失っていた。
ゼラの頬がほんのり紅潮し、唇がわずかに歪んだ。
瞳には、渇望と狂気――そして、噛み殺すような欲望が渦巻いている。
「ああ……壊して、飼いならして、私だけの玩具にしたい……ふふふ……」
レオスは畏敬の念を抱きながら、口元を引きつらせた。
「……やっぱり、アイツ、最強だ……」
フィンだけが、わずかに声を震わせながら、ロアスの背中を見つめていた。
「ロアス……?」
ロアスは、振り返らない。
ただ、静かに言葉を落とした。
「――ただ、終わらせただけだ」
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