第16話:腐臭の中での問答
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そこで出逢った妖しき女性ゼラにゾディ討伐の誘いを受け…。
「屍人どもは“香り”に敏感。私のこの香水で少しは誤魔化せるけれど……あとは頑張ってね、坊や?」
横目でレオスを見て、くすりと笑う。
「その屍人どもはお前の手先じゃねぇのか?」
「そう。この辺に放置されているのはゾディの実験の失敗作。私のお利口な子達とは違うわ」
「……ま、こっから先は俺に任せろ」
レオスが背中の大剣に手をかけ、先頭に立った。
「ロアス、お前は下がってろ。あいつら相手に、毎回お前が出てたら意味ねえんだ。俺は――強くならなきゃなんねぇ」
ロアスはそれ以上何も言わず、静かに頷く。
その眼は、ただ前を見つめるレオスを――試すように見ていた。
フィンが少し心配そうに後ろから小声で声をかける。
「……でも、無理しないで。レオス、あなただってまだ……」
「大丈夫だ。死にかけて強くなるのが、俺の流儀だ」
その言葉に、ゼラが楽しげに目を細める。
「ふふ……いいわね。死んだら私の下で雇ってあげるから安心して逝ってね」
奥の通路から、呻き声が響いてきた。
「グゥ……アア……グルルル……」
屍人たちが、暗闇の中から這い出してくる。肉が腐ったまま形を保ち、腕の代わりに鉄管や骨を突き刺された個体もいた。
レオスは一歩踏み出す。
手にした大剣を、構える。
「……いいか、俺が全部やる。誰も手ぇ出すなよ」
次の瞬間――レオスは駆けた。
獣のようなスピードで屍人に接近し、その一体を真横から叩き伏せる。血飛沫が石壁を染め、後続の屍人たちが次々と唸り声を上げて突っ込んでくる。
「まとめて来やがれぇッ!」
回転するような剣撃。
数体を薙ぎ払い、内臓を撒き散らしながら崩れ落ちる。
「――数が多いな。だが、それだけだ」
肩に傷を負い、足を掴まれ、首筋をかすめられても、レオスは止まらなかった。
少しずつ、確かに“戦士”の動きに近づいていく。
後方でそれを見ていたフィンが、胸を押さえて呟いた。
「……すごい。さっきまでより、ずっと速い」
ロアスは黙って見つめていた。
ゼラは、うっとりとした表情でささやく。
「うふふ……荒削りだけど、捨て身覚悟の戦い方ね。あなたたち、本当に愉しいわ」
やがて、屍人たちがすべて沈黙し、血と腐臭が満ちた空間に、荒い息遣いだけが残った。
レオスは剣を引きずるように戻りながら、ぼそりと漏らす。
「……ああ、クソ……まだまだだな。今ので、あのゾディとやり合えるわけがねえ」
ロアスがレオスを見つめて言う。
「なら、もっと戦えばいい。ここはそういう場所だ」
ゼラがぱちんと指を鳴らすと、壁際の隠し扉がゆっくりと開いた。
「ふふ……お通しするわ。次の層へ、どうぞ。そろそろ……本番よ」
地下深く、黒鉄の扉が閉じると同時に、空気の密度が変わった。
壁に刻まれた魔法陣が淡く脈動し、奥の玉座のような椅子に一人の男が座っている。
薔薇色の髪、氷のように冷たい瞳。漆黒の衣を纏った男――ゾディ・アーク。
彼は立ち上がることなく、彼らを一瞥した。
そして、ゼラにだけ目を細める。
「……なるほど。やはりお前か。数日前、監視の魔法陣に映った“影”が……どうにも見覚えのある腰つきだった」
ゼラはくすくすと笑った。
「あら、そんなに私の腰つき、忘れられなかったのかしら…。ならもっと歓迎してくれても良かったのに」
「そろそろ仕掛けてくる頃合いだとは思っていたが……まさか君が“正面から”来るとはな」
ゼラ・フィアラスは扇子をくるりと回し、笑みを浮かべる。
「ふふふ…その方が″上手く″いくと思ったの」
「君は人間の中では珍しく利口な方だと思っていたのだがな」
レオスが背中の大剣に手をかけ、ロアスが前へ出ようとする。だがその時――
「待って!」
フィンが二人の前に立ち塞がった。
「戦うのは……本当に、もうやめて。話し合えないの? ゾディって人、あなたにも理由があるんでしょう?」
ゾディは目を細める。フィンを見下ろすように、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……ふむ。貴様が、“あの娘”か。なるほど、哀れな思考をしている……」
「話を聞いて。私たち、ただ暴れに来たんじゃない。ゾディさん……この街の人たちは皆苦しんでいるのは知ってる?あんな目に遭わせて、どうして――」
その言葉に、ゾディの表情が初めて変わった。
笑った。
しかしそれは、軽蔑を含んだ、冷ややかな微笑だった。
「どうして、か。ああ……愚かな人間は、そうやって自分の行為を正当化する生き物だったな」
彼は指を鳴らした。
壁際の棺が音を立てて開き、中から繋ぎ合わされた屍人たちが這い出してくる。
「そうだな。この街の民も、貴様も、死ぬことに″理由″や“理屈”などない。それは、ただの事象であり、物事の結果だ」
「……悲しいよ。そんな風にしか人を見られないなんて……!」
フィンの声が震えた。
「″苦しみ″や″死″という結果に対しての意味などはいくらでも後づけできる」
ゾディはゆっくりと魔法陣を編み出す。
「例えば……“それ”は、この街を守るための“秩序”だとでも言えば納得するか? 私に逆らう者すべては実験材料となり、そして“歴史的大魔術”の礎となる」
「命って、ただ材料にしていいような……そんな軽いものじゃない!」
ゾディは黙ってフィンを見下ろし、ゆっくりと口を開く。
「では、貴様のその“重い”命で、私が弄ぶ″死″から逃れてみせよ」
目の前で、血の通わぬ者たちが呻きながら立ち上がる。
ゾディはまるで慈しむように、彼らを見つめた。
「……もういいな?」
レオスが、静かに前に出た。
フィンが振り返る。
「レオス……やめて……お願い、まだ……!」
だがその瞳に迷いはなかった。
「話す余地があるなら、もうとっくに終わってる。あんたの言葉は、誰にも届かねえよ」
「…………」
フィンは唇を噛みしめた。
震える拳を握っても、届かない相手がいる。
どうしても、踏みにじられてしまう願いがある。
――それが、「現実」だった。
レオスが大剣を構えた。
屍人――つきはぎだらけの3mほどある肉塊は呻き声を上げながら距離を詰めてくる。
ロアスが徐に言葉を発する。
「俺からも一つ問おう。お前はまるで自分が″人間″ではないような言い方をしている。お前は何者だ?」
ゾディは笑みをこぼす。
「ああ、貴様…見た目は人間だが、その角、その気配、何か同類と誤解を与えてしまったかな?ただ、私は″愚かな人間″等の中に生まれ落ちた″高尚な人間″というだけの話だ」
ゾディが、漆黒の指輪に触れる。
周囲の魔法陣が、一斉に起動した。
「お前たちの死は、すべて解析しよう。何一つ、無駄にはしない……!」
屍人たちが咆哮を上げ、一行に向かい走り始めた。
「俺がやる。ロアスは下がってな。こんな奴等、俺にとっちゃただの“通過儀礼”だ」
ロアスは無言で頷く。
ゼラが、まるで観客のように後ろで扇子を鳴らす。
「うふふ……さあ、楽しい楽しい“宴”の始まりよ」
そして、レオスが床を大きく蹴り、一気に突き進んだ。
※8/7誤字修正
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