第14話:無法街の支配者
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そこで出逢った妖しき女性ゼラにゾディ討伐の誘いを受け…
地下深く、冷気に包まれた石室に、ひときわ異質な存在がいた。
ウェイシェムの支配者――ゾディ。
肩に金の刺繍をあしらった漆黒の長衣。腰に巻かれた赤い帯。そして、薄い顔色に映える長い薔薇色の髪。
その静かな佇まいは、むしろ死者のような冷たさを帯びていた。
彼は骨細工の台座に浮かぶ魔法陣を見つめながら、短い詠唱を終える。
魔術の波動に呼応して、魔陣の中に淡く揺れる幻影が浮かび上がった。
『ゾ、ゾディ様……ッス……エレゴレラです……』
幻影の中で、大柄な男が息を乱しながら平伏している。
『あのぉ……荷運び中に、妙な三人組に襲われまして……銀髪の若造……あれ、レオスって言うですね、昔俺が教育してやってた野郎なんですが…そいつがちょいと力をつけて帰ってきやがりまして、飼い犬に噛まれたってやつでして……!』
ゾディのまぶたがわずかに動いた。
「……レオス……」
低く繰り返すが、その声音に感情はなかった。
「知らん名だな……で?」
ただそれだけ。ゾディはすぐに興味を失ったように、手を軽く振る。
魔陣が再び光を帯び、複雑な発光をした後、街角にエレゴレラが″銀髪の若造″に斬られる場面の映像を映し出す。
「は、は!そ、そいつ!俺のことを斬りやがって!荷運びの邪魔をしたんスよ!」
「斬られてることは確認した。で、こいつと俺に何の関係がある?」
エレゴレラ、焦ったのか、瞬きの量が多くなる。
「うぇ?ぇ…あ、そそ、それはッスね!アイツ、言ってたんスよ!″正義のため、ゾディの仕事をしてるヤツは邪魔する″って、″そのためにこの街帰ってきた″って!」
「そうか…」
ゾディは興味なさげに呟く。
『そそ、それでっスね!ゾディ様……あの若造、なんか……妙な雰囲気がありまして……ただの若造じゃないかと……』
聞くのが面倒臭くなったのかゾディはその言葉を遮って答える
「ただものかどうかなぞ関係ない。“ゾディに逆らうな”――それがこの街の秩序だ。
冷たい声音が、魔法陣を通じて響く。
「掟を破った者……こいつの姿、特徴は記録しておく。反逆者は、死体にして、例の場所に運んどけ。それだけだ。オークハーフ」
『は、はい……!』
ゾディは軽く手を挙げ、鈍く光る魔法陣を展開する。
「俺だ。ゾディ・アークだ。今からいうヤツを見つけしだい始末しろ。……通報対象は3人組だ。まず、身長180㎝前後、大剣を持った銀髪の三白眼の若い男。次、身長140㎝前後、黒髪セミロングの成人を迎えていない少女。最後、身長200㎝弱、緑髪の男、頭に2本の角を持つ。ヤツらの死体を持ってきたものは報酬をやる。繰り返す…」
魔法陣がかき消え、室内に静寂が戻る。
よく見ると部屋には両手両足を縛られ、横たわる男がいた。ゾディはその男の前に立つ。
「た、助けてくれ!頼む!逃してくれ!」
その男の顔に手をかざし、手の周りに黒い魔法陣が鈍く光る。
「ぎゃあああああああああ、あああ、ああ、あああ……あ……あ……」
男は、苦悶の表情で叫び、目玉がひっくり返り、手がだらりと垂れる。そして、そのまま動かなくなった。
「ふむ…遂に負の力が満ちてきた。その時は近いか……」
その言葉は淡々としていた。
ゾディは、死体となった男の顔をじっと見下ろした。
やがて、右手をそっとかざすと――黒煙が、男の胸から立ち上る。
「……魂の残滓、濃度は中程度。脳は損傷、臓器は劣化……だが――筋繊維の強度、悪くない」
彼は死体の髪を掴んで持ち上げると、背後の暗がりに向かって無言で手を振る。
ズズ……と、暗闇の奥から、ゆっくりと動く影が現れた。
それはまるで、数体の死体を縫い合わせたような醜悪な“肉塊”だった。
四つん這いの姿勢で、無数の手足が地を這い、脈動するような吐息を漏らす。
「新たなパーツだ。こいつに繋げ。適合すれば、次の群体型へ移行しろ」
「……あ゛い、ゾディ様」
不気味な声が返る。影の中から現れたのは、人間の形を辛うじて保った白衣の者たち――
かつての“研究仲間”の成れの果て。ゾディが手ずから再構成した、忠実な屍人研究者たちだった。
彼らは無言で死体を受け取り、肉塊の奥へと運んでいく。
ゾディは再び骨細工の台座の前へ戻ると、指先で一枚の札を空中に浮かべた。
それは古びた、だが強力な禁呪の封印札だった。
「まもなく……“器の完成”だ」
彼の背後に広がる壁には、巨大な魔法陣と、鎖に繋がれた“竜の骨格”がそびえ立っていた。
骸は黒い結晶に覆われ、時折ひび割れた部位から、生温い赤い液体が滴っている。
「ドラコ・オムニア……お前の目覚めは近い。私の生涯の結晶…」
ゾディはそう呟くと、再び薔薇色の髪を揺らし、奥の闇へと消えていった。
残されたのは、冷気と血の匂い。
そして、刻一刻と“災厄”が完成に近づく、不穏な空気だけだった。
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