第13話:ゾディ討伐の誘い
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そこで出逢った謎の妖しき女性の前でロアスは″力″を見せつけるのであった。
静寂の中、ぱちぱちぱちと称賛をしながら、ゼラが立ち上がり、足元に転がる肉片を避けながら、優雅に歩き出す。
「お疲れ様〜…合格よ。あなたたちに情報を渡す価値があることがわかったわ。あなたたちは“ただの流れ者”じゃない。“このスラムの深淵”に踏み込む資格を持つ者たち」
ゼラの口元が艶やかに歪む。
「ゾディにとって最も厄介で、最も恐れる存在。ふふ……ふふふっ」
声が次第に熱を帯び、笑いへと変わっていく。
「さぁ、報酬を。ゾディの情報よ」
ゼラは壁の隠し棚から、数枚の手書きの文書を取り出して机に広げた。
「ちょっと待て、ゾディの情報と俺等になんの関係がある?俺等は、安全にこの街を出られればそれでいい」
屍人によって負傷した肩を抑えながらレオスが言う。
「あら……、言わなければわからないかしら……あなたたちに選択肢はないってことに」
ゼラは少し面倒臭さそうに、指を立てて言った。
「あなたたちはすでに“掟”を破った。“ゾディにだけは逆らうな”というこの街の唯一のルールを」
「……」
レオスは言葉を失う。
「エレゴレラ…あの豚ちゃんを倒した時点で、もうゾディの監視下に入ってる。もう報告も行ってる頃だと思うわ」
「このまま逃げても、必ず刺客が来る。彼がこの街で張り巡らせた網は、あなたたちを逃がしはしない。例え街の外に逃れてもずっと付き纏われるでしょうね。彼、そういうところは徹底しているから…」
ゼラの魔眼がぴくりと脈打つ。
「でも逆に言えば、“抗う”しかないの。抗って、潰して、そこから這い上がるしかない。
これは“選択”じゃなくて、“必然”なのよ」
「……クソッ」
レオスが拳を握りしめる。
「避けられねぇ戦い。追われるくらいなら、根源を潰しに行くしかねぇってわけか」
「ええ。そういうこと」
ゼラはひときわ艶やかな笑みを浮かべた。
「あなたたち運がいいわぁ…。この街で彼の潜伏地を知っているのは彼と取引を頻繁にしている私だけ」
「…あのクソ豚や部下の連中もすらも知らないってことかよ」
「彼は誰も信用しないから……でも私には、この″眼″がある…」
紫髪の下の魔眼が蠢く。
「ヤツらの間に信頼関係はない…。つまり、ゾディさえ討てば、仇を討とうってやつは出てこないってことか」
「そう言うことよ。しかも、彼は人を追い詰めることはあっても追い詰められることはなかったんじゃないかしら。気取られる前に急襲をすれば勝気はあるわ」
血飛沫と肉塊の残る部屋の中で、ゼラはひとつ大きく息をついた。
彼女の表情は、あれほど熱に浮かされたものから一転、冷静さと知性の仮面を取り戻していた。
「ふう……舞踏会の余韻に酔うのも結構だけれど。そろそろ“次の宴の作戦準備”をしましょうか」
ゆるやかに両手を打ち鳴らすと、壁際からゼラの、今度は小綺麗な屍人らしき女が静かに現れ、部屋の血に塗れたテーブルに白布を被せた。
その上に湯気の立つ茶器と、香の漂うランプが置かれていく。
「どうぞ、座って。落ち着いて話したいの。あ、同じく毒は入ってないわ」
軽く微笑みながら、ゼラは自らも椅子に腰を下ろす。
その背筋は美術品のように真っすぐで、対照的に視線だけが艶めいていた。
ロアスは無言のまま、一拍遅れて椅子に腰を下ろす。
フィンも、慎重に彼の隣へ。レオスは肩を抑えつつ、油断なく向かいの席についた。
ゼラは軽やかに指を鳴らすと、先ほど棚から取り出した文書の束をテーブルに広げた。
ゼラは、文書を机に広げたまま、ひとつ息をついた。
「……ねぇ、あなたたち……この街に、どれだけの人間が“行き場を失って”流れ込んでくるか知ってる?」
突然の問いに、レオスとフィンがわずかに目を見張る。
「ウェイシェムって、お隣のイーラディア帝国とは国境に隣接してるじゃない?
数年前まではこのセラフィトラ神政国とだって、ここで市街戦をしていたけれど……」
ゼラは紅茶のカップをゆっくりと傾けた。
「最近は特に、お隣のイーラディア帝国による他国の侵略が激しいのもあって、
日々この街には、罪人、捨て子、逃亡者、敗残兵……いろんな人間が流れてくる。
だけどその多くが、ろくに仕事も得られず、飢えて、病んで、死んでいく。
……それが、この街の“現実”よ」
ゼラは、唇の端に皮肉な笑みを浮かべた。
「でもね――その“死んだはずの人間たち”、本当に土に還っていると思う?」
「……!」
フィンが小さく息を呑む。
「ゾディが極秘で行っている“人造魔竜計画”……それは、そういう“不要になった命”の上に成り立ってる」
ゼラは話しながら一行の目を順番に見ていく。
「死体。瀕死の人間。まだ息のある者まで。……それらは全部、魔竜の一部とするため地下へ運ばれていくのよ」
ゼラの声は、静かだった。
その分、言葉の温度は冷たく――そして確かな怒りを孕んでいた。
「筋繊維。臓器。脳組織。魂の残滓……使えるものはすべて、切り取って継ぎ接ぎして、魔術と錬金術を掛け合わせて、無理やり形にする。
そうして生まれようとしているのが、不死で、強靭で、感情を持たない完全な生命体“人造魔竜”――彼が生涯を賭けた、理想の怪物よ」
ロアスの目が、微かに光を宿す。
ゼラは机の上に地図のような古びた紙を広げ、指を添えた。
「ここ。“グリフ”と呼ばれる旧工業区域の地下が、研究の拠点。
死体収集、分解、再構築。全部、そこで行われてる。今も、極秘でね」
「それで、“人造魔竜”のパーツに成り損ねた屍たちを、私が引き取ってあげるってわけ。可愛いペットとしてね」
レオスが唇をかみしめる。
「クソッ……予想はしていたが、あの連中は――全部、“人間だった”ってわけか……胸糞悪りぃ」
「ええ。正確には、“人間だった何か”。
あなたが倒した屍人の中にも、かつて名前を持っていた者がいたかもしれないわね。冒険者も、兵士も、一般市民も。例外はない」
ゼラは微笑みながらも、魔眼は鋭く光っていた。レオスの目を見つめる。
「レオス君、あなたの人生を支配してきた“不条理”――それを、打ち倒したくはない?」
今度は首を傾け、フィンの顔を覗くようにして見る。
「フィンちゃん、神子として真に世界を思うならこの″巨悪″を打ち滅ぼしたくはないかしら?」
次に、ロアスの耳元に吐息がかかるほどの距離まで顔を近づける。
「ロアス君、降りかかる″火の粉″は払わなければならないでしょう?あなたの力ならそれができるわ……なら、止まる理由はもう、ないでしょう?」
一行はしばし黙ったまま、机の地図を見つめていたが――やがて、ロアスは静かに頷いた。
「行こう。どちらにしても俺には何もわからない。フィン、こいつは殺していいのか?」
フィンは戸惑いながらもロアスを見つめて言葉にする。
「人を殺すことって……やっぱり、間違ってると思います……。直接話し合って、分かり合えるのであれば、それが1番…なんですが…」
レオスは、肩をすくめながら言う。
「へ、ならやってみろよ。俺はフィンがヤツを説得する様、見届けてやるぜ。で、学ぶんだな……どうにならねぇ″不条理″ってのをよ」
フィンは頬を膨らまし何か言いたげにそうにレオスを睨みつける。
レオスは気にせず、ゼラの魔眼を見つめた。
「俺等一同、お前の口車に乗ってやる前に、一つだけ確認しておきてぇ…お前の企みはなんだ?」
レオスは、黒い血に染まり、肉塊が散らばる絨毯を一瞥して続ける。
「キモいペットやらをお裾分けしてもらってるような関係のクセに随分ヤツをぶっ殺したがるじゃねぇか。俺等がヤツを倒したら、お前は一体何を得られるんだ?」
ゼラは少しだけ目を細めた。
「ふふふふふ…お客様、――その情報は“高値”なの。あなたたちから頂いた“対価”では全然足りないの。ごめんなさいね」
「チッ……そうかよ。つまんねぇ女だな」
「今日は疲れてるでしょう?今は充分に休みなさい。少ししたら″宴″を開始するのだから」
フィンはゼラの笑みに寒気を覚えながらも、そっとロアスの背中を見つめた。
「どうか……ロアスさんが、この闇に呑まれませんように――」
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