第12話:大鎌の顕現化
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そして、レオスは過去自分虐げてきた暴虐の巨人・エレゴレラを打ち倒した後、謎の妖しき女性に招かれた…
屍人たちが、一斉に吠え――襲いかかってきた。
そして――
ドオオオンッ!!
ロアスが、大鎌を薙ぐ。
その一振りで、十体以上の屍人が弾け飛び、肉塊となって壁に叩きつけられた。
刃は、赤黒く輝き、血を吸うように輝きを増していく。
ギャアアアアアアアアアアアア!!!
肉の破裂音。骨の砕ける音。
“死者”たちの断末魔が、部屋中に響く。
ロアスは止まらない。
次々と現れる屍人を、迷いもなく薙ぎ払う。
「こ、こいつ……」
レオスが我を忘れそうになる。
“こいつは、人間なのか?”
自分の剣技とは次元が違う。“ただの殺戮”ではない。命の密度そのものを断つ刃――
それが、ロアスの“力”。
ゼラは、しっとりと目を細める。
「いいわ……いい子。とってもいい子。
この反応、この圧力……やっぱり、あなたは“器”じゃない。――“抗う者”なのね」
部屋が、血の霧で満たされていく。
それでもロアスは止まらない。
フィンは、ただ呆然とその背を見つめていた。あのとき、自分を助けてくれた手。
それが今、命を喰らい尽くす鎌を振るっている。
「……ロアスさん……あなたは、いったい……」
ロアスの大鎌が、宙を舞う。
一撃ごとに血飛沫と骨の残響が壁を叩き、屍人たちの群れが音もなく崩れていく。
その刃は――まるで生きていた。
斬るたびに“喜んで”いるようだった。命を貪り、咀嚼し、深く満たされていく感覚。
ゼラの魔眼が、静かに脈打つ。
「……やっぱり、面白いわね……あなた」
部屋の天井に、血が飛び散る。
ロアスの大鎌が、壁に張り付いた屍人ごと、石材を一刀で断ち割る。
ゼラは、ソファに腰をかけたまま、その光景を恍惚と見上げた。
「どうしてそんな力があるの?
どうして、それを“自分のもの”として使いこなしているの?」
彼女は思わず唇を噛む。
理性では理解できない。だが――
“本能”が告げていた。
この男は、“器”ではない。使われる側ではない。
命令を受ける側ではない。
――抗う者。
「ねぇ……ロアス君」
ゼラが立ち上がった。魔眼が、脈動を止める。
空気がぴたりと止まる。
それはつまり――真実を見終えたということだった。
「あなたは、自分でも気づいていないのかもしれないけど……」
ゼラはロアスに一歩近づく。
「その力、ただの“魔術”や“武技”、ましてや“魔具”とも違う…。
もっと……原初的な、存在に近いの。
“喰らう”という概念そのものに近い」
ロアスは返事をしない。屍人たちの波が止んだわけではなかった。
だが彼の動きに、焦りはない。ただ、沈黙と殺意だけがあった。
――ズバァッ!!!
また一体、屍人が断たれる。その刃は、確かに“血”を喰っていた。命の情報を、刃が取り込んでいるように見えた。
「……合格よ」
ゼラの唇から、静かにその言葉が零れる。
「あなたには、“資格”があるわ。ゾディと対峙するに値する、力と意志を持っている。私が探していたのは、まさにそういう存在だったのよ……!」
魔眼が、静かに閉じる。ゼラの唇から、静かにその言葉が零れる。
「これで、情報を渡す価値ができた。あなたたちは、“ただの逃亡者”じゃない。
“このウェイシェムの深淵に触れる資格”を持つ者たち――」
ゼラの口元が歪む。
「“抗う者”……。ゾディにとって、もっとも都合の悪い存在……ふふふふふふ」
ゼラの唇がゆっくりと吊り上がる。その笑みは、炎に照らされた仮面のように妖しく、美しかった。
「……ああ、なんて……魅力的……」
目元に指を添え、うっとりとした声で呟く。笑いは弾けず、くすくすと胸の奥で転がるような笑み。だがその気配は、背筋を凍らせるほど艶やかで――底知れなかった。
「本当に素晴らしいわ。ようやく、“面白く”なってきた……。私、もっと知りたくなってしまったの……あなたたちのことも、この街の未来も……そして、ロアス君。あなたの“中身”もね」
床には、まだ息絶えた屍人たちの破片が転がっている。血の海に、大鎌を構えたロアスが立ち尽くす。
その背中を、フィンが見つめていた。恐怖でも憧れでもなく、ただ“見失いそうな何か”に手を伸ばすように。
「ロアスさん……」
だが、ロアスの金色の瞳に、光はなかった。
血飛沫が空気を染め、屍人たちの断末魔が完全に途絶えた。
静寂。
ロアスはなおも、大鎌を手にしていた。
異形の武器は赤黒く濁り、刃先が蠢くように微かに震えている。刃は“満ち足りたように”空気中の血を吸い上げているかのように、じゅるじゅると音を立てていた。
「ねぇ!……ロアスさん!」
フィンの声がした。
彼女は恐怖ではなく、まっすぐな思いを込めた目でロアスを見つめていた。
「その力……確かに、命を守るためには必要かもしれません。でも……生きている人間に向けるものじゃない。
――あなたは、そんなふうに誰かを殺すために、生まれたんじゃない」
その声に、ロアスの指がぴくりと動く。
刃先がうねり、まるで満腹になった獣が身を委ねるように、大鎌がじゅわりと黒煙へと変化していく。
赤黒い濁りがゆっくりと消え、刃が溶けていく。
ギュゥゥ……ジュゥ……シュウウ……
最後の一片がロアスの右腕へ吸い込まれ、武器は完全に消えた。
「…ねぇ、ロアスさん。…大丈夫、ですか?」
フィンが、そっと呟いた。
「ああ、問題ない…」
現状を把握するためなのか、辺りを見渡してから、ロアスは答えた。
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