第10話:取引の代償は、真実の告白
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そして、レオスは過去自分虐げてきた暴虐の巨人・エレゴレラを打ち倒した後、謎の妖しき女性に招かれた…
「……ロアス、どうする?」
レオスが問う。ロアスは黙ったままゼラを見つめ返す。彼の目に浮かぶのは、警戒……ではなく、なにか別の、深い迷い。
「ロアス……?」
フィンが心配そうに覗き込む。
ロアスは、小さく頷いた。
「話そう。俺達のことを」
ゼラは静かにソファに身を預けた。
左目の魔眼が脈打ち、部屋の空気がぴんと張り詰める。
「じゃあ……まず、私から話します」
フィンが静かに口を開いた。小さな手を膝の上で組み、俯くようにして言葉を紡ぐ。
「私は、フィン・ジャミル。〈タルゴポリ村〉っていうここから、徒歩1日半ほど山奥の村で育ちました。生まれた時から“神子”だって言われて……みんなから、特別な存在として扱われてきたんです」
ゼラが興味深げに頷く。
「神子……ね」
「はい。大人たちから“選ばれし存在”って教えられて。だから、神様に捧げる祈りの言葉や、儀式の作法ばかり学んで……。
二年後の成人の年、十六歳になると、“聖堂に仕える日が来る”って言われてました。聖杯教団の、聖杯騎士団という方々が迎えにくるって」
「それで逃げたの?」
「……ううん。成人を迎えたら、その役目は果たすつもりでした。大好きだった村長さんに言われるまま生きてきて、それに何の疑問も持たなかったから……。
でも先日、村が襲われて、道標だった村長さんが亡くなって……とても悲しかったです。
それからです。私、すごく迷いました。神子としてどう生きればいいのか。誰にも、もう聞けなくなって……」
そして少し声を落とし、柔らかく続けた。
「でも今は違います。自分で決めました。
あの日、ロアスさんが村を救ってくれた夜……命を奪うことに、何の迷いもない姿を見て、私は衝撃を受けたんです」
「“誰かを導く神子”じゃなく、“命の意味を伝える私”になりたいって思いました。
そのためには、ロアスさんと旅をして、自分の目で世界を見なくちゃいけない。
ロアスさんの記憶の手がかりを探す旅でもあるけど――これは、私自身の答えを見つける旅でもあるんです」
フィンは、そっとロアスを見る。まっすぐに。
「……ロアスさんに出会って思ったんです。この人は、私の命の恩人なのに――命の重さを知らなかった。
だから、“この人に伝えたい”って思いました。命って、なんで大切なのかを。
神様の言葉じゃなく、“わたしの言葉”で、ちゃんと。初めて、自分の意思でやりたいことを見つけたんです」
ゼラの魔眼は動かない。
嘘は――ない。
「うふふ。しっかりしててかわいらしい動機ね。素直でよろしいわ」
ゼラが薄く笑った。
「……じゃあ次は、俺か」
レオスが肩を回して、ソファにもたれながら続ける。
「俺はレオス・リオ。この街、ウェイシェムの生まれだ。ガキの頃からこの腐った街のルールを叩き込まれて、クソみてぇな日々を送ってた。
でも十四の時に、やっと抜け出した。二度と戻らねぇって、思ってたんだがな……」
「で、なんやかんやあって、山賊してたんだが、その時連れてた連中がフィンの村人を何人か殺しちまって……そいつらの贖罪のために生きてるって感じだな」
ゼラの魔眼が少しだけ脈打つ。
「ふーん……贖罪のために生きてる。
……本当にそれだけ?」
レオスは少し眉をひそめ、声を張り上げた。
「そうだ!今の俺の中にはそれしかねぇ」
ゼラの魔眼が、大きく脈打つ
「あなた、本当に嘘付きね……。私にどれだけ嘘を付くつもり?
「なんだと……?」
レオス自身、少し驚いたように言葉を漏らす。
「……いや、その反応。もしかしてあなた、自身自分にも嘘を付こうとしてるの?」
ゼラはレオスの顔を凝視――珍しいものを発見したかのように、興味の眼差しを向ける。
レオスは額に脂汗を浮かべ、たじろぐ。
そして、フィンとロアスの顔を窺う。
「レオス……さん?」
フィンは心配そうにレオスを見つめた。
レオスは諦めたと言わんばかりに肩をすくめた。
「いや、別に隠すほどのことじゃないんだがな……」
そして、視線をわずかに落とす。その目に、わずかな陰がさす。
「この街の外に出て、俺は冒険者として信頼のできる奴等とパーティを組んだ。順調に依頼をこなし、俺自身も仲間達も強くなった。名前も売れてきて、稼ぎもよくなってよ……少しはまともな人生になるかと思ったんだよ」
するとゼラが閃いたかのように指をパチンと鳴らす。
「あらぁ?あなた、もしかして″暁鋼の牙″のレオス?名前だけなら私の情報網にも入ってきてたわ。二、三年前からぱったり聞かなくなったけれど」
レオスは顔を悔しそうに歪め、続けた。
「でもな、二年半ほど前のある日……ある男と遭遇して、俺のすべては終わった。ローブを深く被っていたせいで、顔はハッキリ見えなかった。
何が起きたのかもわからない。ただ突然、攻撃を仕掛けられて……交戦した結果、パーティは壊滅。仲間は――俺の目の前で、次々と殺された」
ロアスが少しだけ目を細めてレオスを見る。
「今の俺がここにいるのは、そいつを殺すためだ。そいつが誰かはまだわかんねぇ。でも、力をつけて――必ず殺す。それだけのために、生きてる」
ゼラの表情が変わる。魔眼の脈動も止まっていた。
「復讐者ね。そういう人、嫌いじゃないわ」
「褒められても嬉しかねぇが…あんた、そいつに関する情報は何かねぇのか?」
レオスは少し興奮気味にゼラに詰め寄る。
「早まらないで?まだ、私が情報を美味しくいただいてるところでしょう?」
レオスは深呼吸をし、「ああ、そうだな」と少し頭を冷やすかのように深く座った。
「……そして、最後は俺か」
ロアスの声は静かで、どこか低く、凪いだ水面のようだった。
「俺は“ロアス”と名乗っているが、それが本当に俺の名前かは、わからない。……何も、思い出せない。自分が誰なのか。どこから来たのか。なぜこんな力を持っているのか――」
「記憶喪失、ってこと?」
ゼラが楽しげに頬杖をつく。魔眼が、ピクリと反応する気配はない。
「そうだ。目を覚ました時、俺は森の中に倒れていた。意識が戻った時には、すでに異常な“力”を持っていた。……人を一瞬で殺せる力を」
レオスが少し顔をしかめ、フィンは黙って聞いていた。
「俺には何の記憶もない。ただ、感覚だけがある。“俺は強い”ってことだけは、なぜか理解していた。……だが、どうして強いのか。なぜこんな力があるのか――それが、わからない」
言葉を切って、ロアスはフィンを見る。
「俺は本能的に命の奪い方を知っていた。そんな俺を、フィンが止めた。命の意味を教えるって言ってくれた。……俺には、わからない感情だったが、興味はあった。知りたいと、思った」
そして、ゼラに向き直る。
「だから俺は、自分のことを知りたい。“俺が何者なのか”。“なぜこんな力があるのか”。……その手がかりがあるなら、欲しい」
その言葉を聞いた瞬間、ゼラの魔眼はピクリとも動かなかった。
部屋に、静寂が落ちる。
そして――ゼラの艶やかな唇が、にやりと吊り上がる。
「……ふふふ、とっても素敵。とっても面白い、有意義な情報だったわ」
そう言って、ゼラは髪をかきあげ、魔眼を隠した。
「わかったわ。あなたたちの真実、確かに受け取った。でも、ごめんなさいね。″暁鋼の牙″を壊滅させた男の情報はないわね…。まさか、2年半前にそんな終わりを迎えてたなんてことすら初耳情報だったわ」
「……そうか」
レオスは少し、残念そうにしたのと同時に安堵しているように見えた。その心情はこの時誰にもわからなかった。
「そうね…。あなた達の情報の対価として、こちらから与えられる情報は一つ…″記憶″に関する情報をあげる」
「ロアスさんの記憶について、心当たりがあるのですか!?」
フィンが思わず前のめりになる。
「直接関わりがあるかはわからないわ…。ただ、私の中のテーブルにある情報を対価として与えるだけ。″記憶を喰らう魔具″の情報を」
「魔具……本で読んだことがあります。魔術の心得が無いものでも、魔術のような力を行使することのできる非常にレアな魔術道具」
「そう。文字通り、人の記憶を消すことができる魔具。この先、南東に数日歩いた先にノクティアという交易が盛んな都市があるのだけど、そこを拠点とする盗賊団″ブラックペリル″が持っているらしいわ」
「魔具自体は、冒険者やってりゃいくつか見たことはあるが、記憶を喰らう魔具……。
そんな禁忌魔術に該当しそうなものはお目にかかったことねぇな」
「記憶を喰らう…。もしかしたらあなたもその魔具に記憶を喰われたのかもしれないわ。でも、喰らうことができるのなら、吐き出させる方法もあるかもしれない。どう?有力な情報だとは思わない?」
「はい……!ありがとうございます」
フィンは、ぺこりで頭を下げた。
ゼラは、ゆっくり立ち上がり、一歩前に出て、続ける。
「でも……最後にもうひとつ。ゾディについて、“とっておき”の情報を渡す前に――あなたたちがそれを知る“資格”があるか、確かめさせてもらうわ」
レオスが眉をひそめた。
ゼラは微笑んだまま、片手を軽く掲げた。
部屋の空気が――変わる。
「実はね。これは、ただの私の勘なのだけれど──あなたたちの中の誰かが、この街に変革をもたらすかもしれない、と私は見ているの。とても興味深いわ。ゾディもまた、あなたたちに強い興味を抱く……かもしれないわね♪」
「どういうことだ?」
ロアスの問いに、ゼラはくすりと笑った。
「彼の興味を引く存在……つまり、“使える器”かもしれないってこと。
それが、ロアスなのか。ゾディが創った“魔竜”の器なのか――もしかしたら、レオスかフィンちゃんかもしれない」
「……ふざけんなよ。どういう意味だ?わかるように話せよ」
レオスが身を乗り出す。
「ふふ、そう焦らないで。情報っていうのは“試す価値”のある者にしか与える意味がないの。
だから……試してみましょう? あなたたちが“ゾディの器”に抗うだけの存在なのかを」
ゼラが指を鳴らした。
「――出てきなさい、“私の子たち”」
バンッ!
地下の床のどこかで重たい音が響いた。直後、腐肉の焼けるような臭気が室内に満ち始める。
その気配に、ロアスたちはすぐに戦闘態勢に入る。
「何だ、この臭い……っ!死臭!?」
「……“屍人”……こんな数……まさか……!」
フィンの声が震える。
「そう、これは私が趣味で保管していたペットたち。数はそうね、ざっと……百」
ゼラが愉しげに言う。
「あなたたちの“資格”を、証明してみせて。
ゾディに抗い、あの“禁断の魔竜”に立ち向かえる力があるか――ここで、見せて」
ゼラの瞳が妖しく光る。
「さぁ、皆さん!“死者の舞踏会”、楽しみましょう!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたならいいねやフォロー、コメントをいただけると、とても励みになります。
皆様の応援が次のお話を書く力になりますので、よろしくお願いいたします