第9話:夜の屋敷と禁忌の瞳
〜前回までのあらすじ〜
記憶を失った最強の男・ロアス。
少女フィンと戦士レオスと共に、記憶の手がかりを求め旅立つ。
辿り着いたのは、法なき犯罪都市ウェイシェム。
そして、レオスは過去自分虐げてきた暴虐の巨人・エレゴレラを打ち倒した後、謎の妖しき女性に招かれた…
ゼラの案内で、三人は裏路地を進んだ。迷路のような細道をいくつも抜け、辿り着いたのは古びた屋敷だった。
「ここよ」
軋む扉が開くと、中からふわりと甘い香りが漂ってきた。
一歩足を踏み入れると、内装は外観とは裏腹に華美で、赤い絨毯に金細工の装飾が光っていた。
「まるで別世界だな……」
レオスがぽつりと呟く。
「情報屋ってのは、そんなに儲かるのか?」
「ふふ、さあね。でも、貰い物も多いわ」
通されたのは、赤い絨毯と紫のカーテンが印象的な応接間。
フィンは警戒しつつ、少し遠慮気味に入る。
「し、失礼します…」
そんなフィンも、ふかふかのソファに腰を下ろした瞬間、疲労のせいか、ドッと疲れを感じ息をついた。
「ふぅ……このソファ、気持ちいいです」
「お飲み物はどう? 毒なんて入ってないから安心して」
ゼラが笑みを浮かべ、指を鳴らすと、無言の召使いらしき存在が湯気を立てるカップを運んできた。
「お気遣いいただいたところ申し訳ねぇが、俺等はアンタを信用したわけじゃねぇ。口はつけねぇよ」
「ふふ、それは残念ね。お好きになさるといいわ……。さて――」
ゼラがロアスたちを見回す。艶やかな唇が吊り上がった。
「じゃあ、あなたたちのこと、全部教えて?」
一瞬、沈黙が落ちた。
(ここで本当のことを話せば、どうなる? こいつ……ただの興味本位には見えねぇ。こいつが誰とどう繋がるかもわからねぇ……)
レオスは視線を伏せ、一瞬だけロアスとフィンを盗み見る。
(……危険に晒されるのは、自分だけじゃねぇ)
そして、平然を装い口を開い
「……俺たちは冒険者だ。依頼を受けてこの街に……」
「嘘」
レオスの言葉を遮るように、ゼラが囁いた。
「……っ」
「ごめんなさい。そうよね、いきなり質問するより、まずは私の方から自己紹介しないとね」
ゼラはそう言うと、脚を組み、微笑みながら自分の右目に手を添える。
「私はゼラ・フィアラス。情報屋、これは本当。で、私には趣味――いえ、生き甲斐にしてることがあるの……ふふふ、ねぇ、あなた、何だと思う?」
それはロアスに向けられた。右手を広げながらロアスの頬に触れかかる。
その仕草に、フィンは少しムッと眉間にシワを寄せる。
「…興味ない」
と、ロアスが一言。それにレオスが続く。
「勿体ぶんな。何が言いてぇんだ」
「ふふふ、つまらないわねぇ……そういうんじゃモテないわよ?もっと会話を楽しみましょう?」
レオスは面倒臭いと言わんばかりに、肩をすくめ、ドサッとソファにもたれかかる。
「もしかして、その、私詳しくないんですけど…危険な魔術…とかですか?」
フィンがポツリと呟く。
ゼラはニヤリと美しい口元を歪ませ笑みをこぼす。
「あら、可愛いお嬢ちゃん……もう大正解!答えは、禁忌魔術。とくに“死”に関するものが好きなの。骨、腐肉、魂、そして……真実」
そう言った瞬間、彼女の長い前髪の下――隠されていた左目が、ぐにゃりと蠢き、まるで肉塊のように脈打ち、意志を持ってこちらを睨んできた。
「……見せてあげる。これが私の“生き甲斐”の一つ。〈真実を暴く魔眼〉よ」
髪を払うと、そこには巨大でグロテスクな眼球が覗いていた。瞳孔は縦に割れ、周囲には血管が脈打っている。
フィンが息を呑む。ロアスは無反応だが、レオスはは身体をわずかに前に出し、警戒の構えを取った。
「安心して。見てるだけじゃ何も起きない。ただ――あなたの言葉が“嘘”だったときだけ、疼くのよ」
「禁忌魔術とはなんだ?」
ロアスの問いに、フィンが答える。
「禁忌魔術……村長さんから聞いたことがあります。普通の魔術と違って、命とか魂とか、人が触れちゃいけない領域を扱う魔術のこと……だったと思います。
使用者は、神様に背いた罪人として、最後には重い罰が降るって……。
セラフィトラ神政国ではもちろんのこと、大抵の国では使用も、習学も、それに関する書籍の執筆や保持もすべて法的に禁止としているはずです」
ゼラは感心したように手を静かに叩き称賛する。
「まだ若いのにすごぉい!よくお勉強してるのね………。ねぇ、可愛いあなた、なんで″危険な魔術″だと思ったの?」
フィンは、おずおずと、指で示す。
「……?」
ロアスとレオスはその指の向こうに視線を向けた。その先は、さっきカップを運んできた召使いだ。
「…その人、ちょっと臭ったの……。で、どんな人だろうと思って、顔をよく見たの…そしたら、なんか腐ってて…」
ゼラは髪を戻し、いつもの妖艶な笑みに戻る。
「ふふふ。そんな言い方しちゃイヤよ。私にとっては可愛い可愛いペットよ」
青ざめるフィン。それとは裏腹に息を吐きながら、天を仰ぐレオス。
「ま、知ってたさ。この街を平気な顔して暮らしてるヤツに″普通な人″がいるわけねぇよな」
ゼラは妖艶の笑みのまま、少し声色を低くする。
「私の眼は嘘がわかる……だから、質問の仕方を変えるわね。“包み隠さず偽りなく”、あなたたちのことを教えて」
「……取引ってわけか」
レオスが低く唸るように言った。
「ええ。あなたたちがすべてを話せば――あなたたちが欲しがってる情報を、私があげる。それでどう?」
ゼラは手のひらを上にして差し出すように広げた。まるで舞台上の女王のように。
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※7/22 ゼラからの問いにレオスの思考を巡らせる文章を挿入