プロローグ:神子様は蛮行を許さない!
――これは、第1話より先の話
鬱蒼とした森に、イーラディア帝国軍の旗が揺れた。
兵士たちがひとりの少女を押さえつけ、縄で縛り上げる。
「放してください! 私は抵抗しません……でも!」
黒髪を肩まで下ろし、ぱっちりとした瞳が可愛らしいその少女――フィンは必死に声を張り上げた。
「あなたたち、ここまで育ててくれた親御さんが、そんな姿を見たらきっと悲しみます! 考え直してください!」
兵士たちは鼻で笑い、乱暴に彼女を引きずる。
「ははっ、命乞いかよ」
「お優しい神子様だこと。けどな、戦場じゃ祈りも説教も無意味だ」
その時、兵士の列の奥から、一人の将が前へ出た。
青い髪を後ろで束ねた長身の男。鋼鉄のような眼差しをフィンに突きつけ、低く笑った。
「何が聖杯教団の“神子”だ!」
怒号が森を揺るがす。
「イーラディア国人の俺だって知ってんぞ? 得体の知れねぇヤツと、元賊を連れた犯罪者集団の神子様ってな! 少し前、セラフィトラ国で事件ばっか起こしてるらしいじゃねぇか!」
その口元に、嘲るような笑みが浮かぶ。
「どうだ? 何なら今からでも俺たちと組んで、セラフィトラ国ぶっ潰さねぇか?」
「……っ」
フィンは震えながらも首を振った。
「そんな安い挑発や誘いに乗るような私たちではありませんし、私は他国を侵略して回るあなたたちを絶対に許しません!」
「ケッ……!いい度胸じゃねぇかよ。糞国の″神子様″」
青髪のその将軍がフィンの胸元を掴み、自身の身体に引き寄せガンを飛ばす。
「フィンが捕まってる!」
その瞬間、白髪で目付きの悪い三白眼の青年ーーレオスの声が森を裂いた。身長以上の長さの二メートルの斬馬刀を構え、怒りに満ちた眼差しで前に躍り出る。
「くそっ、このままじゃ連れ去られる! ロアス!」
「そうですわ!」紫の長髪を靡かせ凛とした整った顔立ちの女性ーーアテネが声を張る。氷結の魔力を編み、地を這う霜が瞬く間に木々を覆っていく。
「この森を抜けられたら、私たちの手では追いつけませんわ! ロアス、今こそ……!」
緑髪の二メートル近くある長身の男ーーこの物語の主人公であるロアスが、一歩、前へ出た。
背に担いだ漆黒の大鎌を地面に引きずると、鈍い音が森を震わせる。
「ああ、問題ない」
闇を裂くように刃が煌めいた。
「フィン。お前は俺が助ける――こいつらを殺す」
「や、やめてください!」
縄に縛られながらも、フィンは必死に叫ぶ。
「皆さん! 蛮行は許しません! 憎しみに命を奪わせないで!」
「「言ってる場合かーー!」」
レオスとアテネの声が重なり、森に響いた。
次の瞬間、漆黒の大鎌が振り抜かれ、兵士たちを薙ぎ払う。
レオスの斬馬刀が唸りを上げ、大地ごと敵を断ち割る。
アテネの氷の鎖が兵の足を絡め取り、逃げ場を奪った。
「ひぃ……な、なんだこの連中は!」
帝国兵の絶望が広がる。
ロアスは血に濡れた大鎌を肩に担ぎ、冷ややかに告げた。
「刻んでおけ……俺はロアス。フィンを奪う者は、一人残らず斬り伏せる……が」
一拍の沈黙。静寂を切り裂くように続ける。
「フィンがそれを許さないのなら、いい具合に手加減をして斬る。殺しはせん」
「ええ! ロアス!」
「全く、コイツら状況わかってんのかよ……仕方ねぇな」
仲間の声に応えるように、森全体がざわめいた。
帝国兵の列に怯えが走る――ただ一人、その中で青髪の将軍だけは口角を吊り上げていた。
絶望と希望が交錯する戦場に、仲間たちの運命が飲み込まれていく――。